退職金制度をどう整えるか|中小企業が知っておきたい退職金制度の基本

退職金制度は、社員に将来への安心感を与え、採用や定着にも役立つ制度です。一方で、会社にとっては長期的な費用負担や規程整備が必要になります。本稿では、中小企業の退職金制度の実態や相場感、主な制度の種類、中退共を活用する場合のメリットと注意点、導入前に確認すべきポイントを整理します。 💡この記事のポイント  ☑退職金制度は、社員の安心感や採用・定着につながる  ☑中退共などを活用すれば、退職金原資を計画的に準備しやすい  ☑導入前に、費用負担・対象者などを検討し、規程を整備することが重要 目次 閉じる 開く 1.退職金制度は中小企業にも必要か (1) 退職金制度は必須ではないが、検討する価値がある (2) 制度内容を明確にすることで、社員にも伝えやすくなる 2.中小企業の退職金制度の実態と相場感 (1) 退職金制度の導入状況 (2) モデル退職金から見る水準感 (3) 相場は自社に合わせて考える 3.退職金制度にはどのような選択肢があるか (1) 退職金制度には複数の選択肢がある (2) 主な制度を比較する (3) 企業型DC・iDeCo+は性質が異なる 4.中退共を活用する場合のメリットと注意点 (1) 中退共は中小企業が使いやすい外部制度 (2) 掛金は損金・必要経費として扱える (3) 掛金負担と減額制限に注意する 5.導入前に確認しておきたいポイント (1) 掛金負担と対象者を決める (2) 退職金規程を整備する (3) 導入後も見直しと社員への説明が必要 1.退職金制度は中小企業にも必要か (1)退職金制度は必須ではないが、検討する価値がある  退職金制度は、すべての会社に義務付けられている制度ではありません。導入するかどうかは、会社の規模や業績、人材方針に応じて判断することになります。  一方で、人材の採用や定着が難しくなるなかで、退職金制度は福利厚生の一つとして検討する価値があります。給与や賞与だけでは伝えにくい、会社の長期的な人材方針を示す制度にもなります。 (2)制度内容を明確にすることで、社員にも伝えやすくなる  退職金制度は、社員にとって将来の生活設計に関わる制度です。制度があることで、「この会社で働き続けた先に一定の備えがある」と感じやすくなります。また、採用時にも、福利厚生の一つとして会社の姿勢を伝える材料になります。  ただし、退職金制度があるだけでは十分ではありません。導入にあたって「誰が対象になるのか」「どのような条件で支給されるのか」「退職時にどのように受け取るのか」といった制度内容を明確にしておけば、社員にとっても実感のある安心感につながり、採用活動でも応募者へスムーズに説明できるようになります。 2.中小企業の退職金制度の実態と相場感 (1)退職金制度の導入状況  退職金制度を検討する際、多くの経営者が気になるのは「他社はどうしているのか」という点です。  厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付(一時金・年金)制度がある企業割合は74.9%です。企業規模別に見ると、30~99人規模では70.1%となっています。  また、東京都産業労働局の「中小企業の賃金・退職金事情(令和6年版)」では、従業員10人~299人の都内中小企業のうち、退職金制度「あり」と回答した企業は64.2%でした。東京都の調査であるため全国平均とはいえませんが、中小企業の退職金制度を考える際の参考になります。 退職金制度の導入状況の例 調査 対象 退職金制度あり 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」 常用労働者30人以上の企業 74.9% 30~99人規模の企業 70.1% 東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和6年版)」 都内従業員10~299人の中小企業 64.2% (2)モデル退職金から見る水準感  退職金の水準を考える際には、統計を基にした水準が参考になります。東京都産業労働局の調査では、定年時の会社都合退職におけるモデル退職金として、高校卒が974万1,000円、高専・短大卒が992万円、大学卒が1,149万5,000円とされています。  こうした数字を見ると、退職金制度は会社にとって一定の負担を伴う制度であることが分かります。制度を導入する場合は、現在の資金繰りだけでなく、将来の支給額も見据えておく必要があります。 (3)相場は自社に合わせて考える  実際の退職金は、業種、地域、企業規模、勤続年数、賃金水準、退職理由、制度設計によって変わります。  そのため、相場をそのまま自社に当てはめるのではなく、自社の資金力や人材方針に合わせて水準を検討します。退職金制度は社員の安心感につながる一方で、会社にとっては長期的な支払い責任を伴う制度です。将来も無理なく続けられる設計にしておく必要があります。 3.退職金制度にはどのような選択肢があるか (1)退職金制度には複数の選択肢がある  退職金制度には、いくつかの選択肢があります。 ・会社が独自に退職金を支給する方法 ・外部の共済制度を活用する方法 ・企業年金や老後資産形成支援の制度を活用する方法  ここで注意したいのは、制度によって性質が異なることです。自社の退職一時金制度や中小企業退職金共済制度、特定退職金共済制度は、退職時にまとまった資金(一時金)を支給するための制度です。一方で、企業型DCやiDeCo+(イデコプラス)は、退職金制度とあわせて検討されることはありますが、性質としては社員の老後資産形成を支援する制度です。  そのため、制度を比較するときは、「退職時にまとまった金額を支給する制度にしたいのか」「社員の老後資産形成の支援まで含めて考えたいのか」を分けて整理することが大切です。 ●DCとは DCは「確定拠出年金」のことで、拠出された掛金とその運用益をもとに、将来の給付額が決まる年金制度です。DCには会社が掛金を拠出する「企業型DC」と、加入者自身が掛金を拠出する「iDeCo」があります。 ●iDeCoとは iDeCoは「個人型確定拠出年金」で、公的年金とは別に任意で加入する私的年金制度です。iDeCo+は、iDeCoに加入している社員の掛金に、企業年金を実施していない中小企業の事業主が上乗せして拠出できる仕組みです。 (2)主な制度を比較する 主な退職金制度・関連制度の比較 制度 性質 主な仕組み メリット 注意点 自社の退職一時金制度 退職金制度 会社が退職金規程を作り、退職時に自社資金から支給する 自社の人材方針に合わせて設計しやすい 退職時にまとまった資金負担が生じやすい 中小企業退職金共済制度(中退共) 退職金共済制度 会社が毎月掛金を納付し、退職時に中退共から本人へ支払われる 外部制度で計画的に準備でき、掛金は損金または必要経費として扱える 掛金は全額事業主負担。減額には制限がある 特定退職金共済制度 退職金共済制度 商工会議所などの団体が運営する共済制度に加入する 地域や団体の制度を活用できる 制度内容、掛金、給付内容は団体ごとに確認が必要 企業型DC 企業年金・老後資産形成支援 会社が掛金を拠出し、社員自身が運用する 老後資産形成を支援できる 退職一時金とは性質が異なり、投資教育や制度説明が必要 iDeCo+ 老後資産形成支援 社員本人のiDeCoに、会社が掛金を上乗せする 企業年金を設けていない中小企業でも検討しやすい 退職金制度そのものではなく、社員本人のiDeCo加入が前提  自社の退職一時金制度は、柔軟に設計しやすい一方で、退職時の資金負担に注意が必要です。中退共などの共済制度は、外部制度を使って退職金原資を計画的に準備しやすい点が特徴です。 (3)企業型DC・iDeCo+は性質が異なる  企業型DCやiDeCo+は、退職金制度と一緒に検討されることがありますが、退職時の一時金を約束する制度とは性質が異なります。iDeCo+は、企業年金を実施していない従業員300人以下の事業主が、iDeCoに加入している従業員の掛金に上乗せして拠出する仕組みです。  老後資産形成支援としては有力ですが、「退職時に会社からいくら支給されるか」を示す制度ではありません。退職一時金の準備なのか、老後資産形成の支援なのかを分けて見ると、制度の違いを理解しやすくなります。 4.中退共を活用する場合のメリットと注意点 (1)中退共は中小企業が使いやすい外部制度  中退共(中小企業退職金共済制度)は、中小企業退職金共済法に基づいて設けられた中小企業のための国の退職金制度です。事業主が中退共と契約し、毎月の掛金を納付し、社員が退職したときは中退共から本人へ退職金が直接支払われます。外部制度で計画的に原資を積み上げられるため、自社で一時金原資を抱える場合より資金計画を立てやすい点が特徴です。  また、中退共には国の助成制度があります。新規加入時には、掛金月額の一部について一定期間助成が受けられます。短時間労働者の特例掛金に対する上乗せ助成や、一定の掛金増額に対する助成も用意されています。  なお、中退共で支払われる退職金額は、掛金月額と納付月数などに基づいて決まります。自社で独自に細かな支給ルールを設けたい場合は、自社の退職一時金制度との違いも確認しておく必要があります。 (2)掛金は損金・必要経費として扱える  税務上の取扱いも重要です。中退共の掛金は、法人企業の場合は損金、個人企業の場合は必要経費として扱われます。また、社員の給与所得にもなりません。会社にとっては、退職金の原資を毎月計画的に積み立てながら、税務上は経費として処理できる形になります。  この点は、中小企業が退職金制度を検討するうえで大きな判断材料になります。ただし、税務上のメリットだけで制度を選ぶのは危険です。掛金は損金または必要経費として扱えるとしても、実際に資金が出ていくことに変わりはありません。 (3)掛金負担と減額制限に注意する  中退共の掛金は全額事業主負担で、社員に一部でも負担させることはできません。一般の中小企業退職金共済制度では、掛金月額は5,000円から30,000円の範囲で選択でき、短時間労働者については2,000円、3,000円、4,000円の特例掛金月額も設けられています。  また、掛金を減額する場合には、社員の同意が必要になるなど、一定の制限があります。そのため、導入時に高い掛金を設定すると、後からその掛金が負担になる可能性があります。  加入対象についても確認が必要です。一般の中退共では従業員は原則として全員加入とされますが、期間を定めて雇われている人や試用期間中の人など、一定の場合は加入させなくてもよいとされています。導入時には、正社員、短時間労働者、契約社員などをどのように扱うかを整理しておきましょう。 中退共を検討するときの主な確認点 確認項目 見るべきポイント 掛金水準 毎月の掛金を無理なく負担できるか 加入対象 正社員、短時間労働者など、誰を対象にするか 助成制度 新規加入時や掛金増額時の助成を確認する 税務上の扱い 法人は損金、個人企業は必要経費として扱える 減額の制限 後から簡単に掛金を下げられない点に注意する 社員への説明 制度の仕組みや退職時の受取方法を説明できるか  中退共は、税務面や管理面で検討しやすい制度ですが、実際に資金が出ていく制度でもあります。税務上の扱いだけで判断せず、会社の利益水準、資金繰り、社員数の見通しを踏まえて、継続できる掛金水準を考えておきましょう。 5.導入前に確認しておきたいポイント (1)掛金負担と対象者を決める  退職金制度を導入する際には、制度の種類だけでなく、導入後の運用まで見据えておきます。  まず確認したいのは、会社がどの程度の費用を継続して負担できるかです。共済制度であれば毎月の掛金、自社制度であれば将来の支給額が負担になります。社員数や勤続年数の変化によって負担が増えることも想定しておく必要があります。  あわせて、対象者や支給条件も整理します。正社員だけを対象にするのか、パートタイマーや契約社員を含めるのか、勤続何年以上を対象にするのか。ここがあいまいだと、後から不公平感やトラブルにつながる可能性があります。 (2)退職金規程を整備する  退職金規程の整備も欠かせません。退職金制度を設ける場合は、対象者、支給要件、計算方法、支払方法、支払時期などを明確にしておく必要があります。厚生労働省の「モデル就業規則」には退職金に関する規定例も示されているため、自社で退職金制度を整える際の参考になります。  ただし、モデル就業規則はあくまで一般的なひな形です。そのまま使うのではなく、自社の制度内容、社員構成、退職金の支給方法に合わせて修正することが大切です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・届出も必要です。制度そのものと規程整備、社員への説明はセットで考えるべきです。 導入前に気を付けたい確認事項 項目 確認内容 目的 採用強化、定着促進、長期勤務への報奨など目的は明確か 制度の種類 自社制度、共済制度、企業年金型のどれが合うか 費用負担 毎月の掛金や将来の支給額を負担できるか 対象者 正社員、短時間労働者、契約社員などの扱いを決めているか 支給条件 勤続年数、退職理由、支給時期を明確にしているか 税務 掛金や退職金の税務上の取扱いを確認しているか 規程整備 厚生労働省のモデル就業規則も参考にしながら、就業規則・退職金規程に反映できているか 社員説明 制度内容を社員に分かりやすく説明できるか (3)導入後も見直しと社員への説明が必要  退職金制度は、導入して終わりではありません。会社の規模、社員構成、賃金水準、業績、人材方針が変われば、制度の見直しが必要になることもあります。  また、制度があっても、社員が内容を知らなければ安心感や定着効果にはつながりません。対象者、支給条件、受取方法、退職時の手続きなどを分かりやすく伝えることで、退職金制度を福利厚生として活かしやすくなります。  退職金制度は、社員の将来への安心感や採用・定着に役立つ一方で、会社にとっては長期的な負担管理の仕組みでもあります。他社の導入状況やモデル退職金の金額は参考になりますが、それだけで判断するのではなく、自社の資金力、社員構成、人材方針に合った制度を検討しましょう。 参考 厚生労働省「就労条件総合調査」 東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和6年版)」 厚生労働省「中小企業退職金共済制度(中退共制度)」 中小企業退職金共済事業本部 厚生労働省「モデル就業規則について」 厚生労働省「iDeCo+(イデコプラス)のご案内」 記事提供 株式会社TKC出版  1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。  税理士の4大業務(税務・会計・保証・経営助言)の完遂を支援するため、月刊誌や映像、デジタル・コンテンツ等を制作・提供しています。

2026.09.16

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