従業員持株制度は、企業が従業員に自社株式の取得・保有を促す制度です。従業員の福利厚生の増進および経営の参加意識の向上を図ることができるほか、オーナー経営者の所有する自社株式を従業員に譲渡することでオーナー経営者の相続対策にもなります。
💡この記事のポイント
☑従業員持株会を利用したオーナー経営者の株式の移転は事業承継時の相続対策となる。
☑従業員持株会へ第三者割増増資を行えば株式の純資産価額の引き下げ効果が見込める。
☑事業承継対策以外の効果と、運営における留意点を理解した上で、従業員持株会の設立を検討することが重要。
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- 1.従業員持株会を活用した事業承継対策
- 2.従業員持株会が経営者にもたらす効果とは
- (1) 福利厚生の増進を図ることができる
- (2) 従業員のモチベーションが向上する
- (3) 株主構成が改善する
- (4) 資金調達の一手法となる
- (5) 事業承継対策に効果的
- 3.従業員持株制度の利用における留意点
- (1) 従業員に十分な説明が必要
- (2) 買戻し対応が必要
- (3) 株主の関係が悪化すれば経営にも影響あり
- 4.従業員持株会の運営のポイント
- 5.おわりに
1.従業員持株会を活用した事業承継対策
従業員持株制度の導入企業は年々増加傾向にあり、非上場会社においては導入を決める大きな理由の1つとして、オーナー経営者の相続対策ということが考えられます。
相続に際し、自社株式の相続税評価額が非常に高く、オーナー経営者がその大部分を所有していた場合、非常に高額な相続税が予想されます。しかし、その相続税を支払うための資金を確保するにも、取引相場のない株式は上場株式のような市場性がなく、相続税評価額で売却することは不可能に近いです。また、経営権の問題から考えても、無制限に他人へ譲渡することもできません。
そこで、自社株式の相続対策の一つとして、経営権に影響のない範囲の株数を従業員持株会に譲渡、もしくは贈与することにより、株式を社外に流出させずにオーナーの相続財産を減らす手法が「従業員持株制度」です。自社株式のうち、経営する上で必要不可欠な議決権数はオーナー一族が所有し、経営権に影響がなく、オーナーが所有していると相続税の課税上負担が重い部分を、従業員持株会に渡してしまおうという方法です。
また、新株を割り当てて行う第三者割増増資を従業員持株会へ実施することにより、株式数を増やして自社株式1株当たりの純資産価額を引き下げる方法もあります。
いずれの方法も、事業承継する上での自社株式の生前移転において、非常に効果的な相続対策となります。従業員持株会設立による効果と留意点をよく理解した上で実行することが大切です。
2.従業員持株会が経営者にもたらす効果とは
従業員持株会の設立によって期待できる主な効果は以下の5点です。
(1) 福利厚生の増進を図ることができる
(2) 従業員のモチベーションが向上する
(3) 株主構成が改善する
(4) 資金調達の一手法となる
(5) 事業承継対策に効果的
(1) 福利厚生の増進を図ることができる
1つ目は、従業員の財産形成という福利厚生対策としての効果です。従業員一人ひとりの自社株式の持分に応じた配当が継続して実施されることにより財産形成の援助となります。
ただし、株式の取得頻度は従業員持株会の運営方法によって定期的なものと不定期なものがあります。上場株式等では定期的に給与から天引きして拠出を行っている場合が多いですが、非上場企業においては定期的な拠出はなく、株式の供給が行われた際にのみ取得とするのが原則です。そのため財産形成の効果は運営方針による差が大きいといえるでしょう。
(2) 従業員のモチベーションが向上する
2つ目は、従業員のモチベーションへの効果です。業績が好調であれば配当金額にしっかり反映する、という企業の姿勢を示すことで、従業員のやる気アップにつながります。非上場企業では株価の上昇度を従業員が逐次把握することは難しいものの、株式を保有してもらうというだけでも従業員と経営陣との距離が縮まって共同体意識が高まり、従業員が自主性を発揮してくれることもあるでしょう。
(3) 株主構成が改善する
3つ目は、株主構成への効果です。後述するように、従業員持株会の取得する株式は「配当優先・議決権制限株式」に転換しておくことで、企業支配に影響のない長期安定株主となります。また、退職する従業員の株式は従業員持株会に所属するほかの従業員に移転するなど、従業員の入退社時の対応が定められていれば、混乱なく従業員持株会を永続的に運営させることが可能です。社外に分散した株式を、配当還元方式を適用させ比較的安く買い戻す手段として活用することもできます。
(4) 資金調達の一手法となる
4つ目は、資金調達面での効果です。新たに株式を発行したいときの買い手候補の一つとなり、資金調達が比較的容易となります。
(5) 事業承継対策に効果的
5つ目は事業承継対策としての効果です。「1.従業員持株会を活用した事業承継対策」で前述したように、従業員持株会にオーナー経営者が持つ自社株式を譲渡等することで、オーナー経営者の相続財産を減らすことができるほか、増資を実施する場合には1株当たりの純資産額の引き下げにつながるため、相続対策となります。どちらも実行できれば即効果が見込める短期的対策となります。
ただし、従業員が納得した上での株式移転等であることが第一です。例えば、従業員に同族関係者がいない企業において、従業員持株会を設立してオーナー経営者の株式を議決権制限株式に転換して移転する場合、移転先である従業員は経営支配権を持たない少数株主に該当し、原則的な評価方法である「純資産価額方式」よりも安くなる「配当還元方式」による評価額で移転することができます。このとき、従業員持株会へ株式を移転する方法としては贈与という手法もありますが、贈与ではほかの株主がいるならばその株主から不公平感を指摘される可能性があるほか、従業員に株主としての自覚を持ってほしいということであれば、贈与は適当ではないかもしれません。したがって、形としては、オーナー経営者の保有する株式を配当還元方式の評価額で譲渡するのが望ましいでしょう。配当率を5%とすれば、通常の市場金利は1%にも満たないことを考えると、従業員にとっては非常に高利回りです。企業が健全である限り、退職時や解散時に元本が戻ってくるのですから、効果のある福利厚生策ともいえます。従業員と経営者がともに納得し運営できれば、持株会は安定株主として企業を支えてくれる存在になります。従業員の立場に立ってしくみや運営方法を検討する姿勢は欠かせないでしょう。
3.従業員持株制度の利用における留意点
ここでは、従業員持株会を運営する上で押さえておくべき留意点として以下の3点を挙げます。
(1) 従業員に十分な説明が必要
(2) 買戻し対応が必要
(3) 株主の関係が悪化すれば経営にも影響あり
(1) 従業員に十分な説明が必要
1つ目は、従業員にとってのメリットやリスクを、企業が従業員に説明する必要がある点です。従業員にとって、従業員持株会には配当というわかりやすいメリットがありますが、昨今、政府が打ち出す個人投資を促進させる政策により、確定拠出年金制度やNISAなど、個人投資の優遇策が増えています。そんな中で、従業員持株会を通じて取得する株式は、NISA枠を利用できず、分散投資でもないため、これらのメリットを上回らなければ従業員持株会は歓迎されません。もともと、従業員の給与・賞与・株価はともに業績に連動する可能性が高く、従業員が持株会に過度に出資を行えば、財産形成に関して企業への依存度が大きくなりリスクの集中となります。また、換金しにくいという特徴もあります。従業員にメリットとリスクを十分に周知した上で持株会への加入や拠出を促すことが必要となるでしょう。もしメリットが十分でなく、拠出時に企業が「奨励金」を補助するなどメリットを増大させることができるのであれば、実行するのも一案でしょう。
(2) 買戻し対応が必要
2つ目は、従業員の退職時に自社株式を誰がいくらで買い取るかを決める必要が出てくる点です(従業員が直接株主でなく従業員持株会の持分を持っている場合は、株式の買戻しでなく持分の払戻しとなります。後述4.(2)参照)。株式を持ってもらうときは発行価額で取引を行ったものの、買い取るときには配当還元価額なのか取得価額なのか、また、オーナー経営者の一族で保有するのか、企業が保有するのか、従業員持株会のほかの従業員が保有するのか。それぞれ方法、費用は異なります。
いくらで買い取るかについては、従業員株主に納得してもらうことが第一です。従業員持株会の規約の中で買取価額の基準が明記されていればトラブルを避けられる場合もありますが、曖昧な表現であったり合理的でなかったりすれば、従業員株主が合意するまで時間と労力がかかることになります。例えば、買取価額は取得価額と同額であると規約に明記すれば、株価は取得時の額のまま固定され、キャピタルゲインでの利益はなく、配当でのみ利益を得られる長期継続保有前提の株式であることが従業員に伝わります。
なお、オーナー経営者の一族が株式を買い取る場合は、税務上の時価は原則的評価方法による評価とされていますので、評価額は非常に高くなります。この評価額より低い金額で買おうとすれば、場合によっては贈与とみなされ贈与税が買取側のオーナー経営者一族にかかることとなります。オーナー経営者一族による保有が必要なく、ほかの従業員株主に売却してもよいと考えるのであれば、まず退職する従業員株主から従業員持株会が買取りを行い、ほかの従業員に売却すれば、税務上の時価は原則的評価方法ではなく特例的評価方法である配当還元方式による評価となりますので評価額は低く抑えることができます。
また、従業員持株会ではなく企業が金庫株の買取り制度を利用して株式を取得する方法もあります。この場合においても従業員持株会に加入しているほかの従業員に売却すれば、配当還元方式による評価額で取引することができます。
(3) 株主との関係が悪化すれば経営にも影響あり
3つ目は、従業員株主との関係悪化のリスクです。配当の機会が少ない、配当額にうまみを感じないなど、従業員が持株会加入にメリットを感じなくなってしまった場合や、株式の買取価額に従業員の合意を得られず話し合いが難航している、または、持株会ではなく日々の業務や待遇などで従業員から経営者に対して不信感を持たれているなど、何らかを要因として従業員株主と経営者の関係が悪化すれば、円滑な経営が維持できず、業績に影響が出る可能性があります。規約に前もって配当頻度や買取価額が記され、納得した上で持株会に加入してもらうことで回避できるトラブルもありますが、定期的に従業員の声を聞く機会を持株会が設けて運営・管理に反映することも大切でしょう。業績悪化時でも、できる限り配当を継続することも必要です。
なお、企業と従業員持株会はそれぞれ独立した存在です。従業員持株会の運営や管理は経営者が自由にできるものではありませんし、経営者は現在の経営状況や今後の経営方針などの情報開示を従業員持株会に対して適切に行うことが重要です。
4.従業員持株会の運営のポイント
新規に従業員持株会を設立・運営する上で、以下の事項を押さえておきましょう。
(1) 従業員持株会には4種類の組織形態がある
従業員持株会の組織形態には、次の4つの組織形態があります。
〈従業員持株会の組織形態〉
① 法人組織になっている
② 代表者または管理人の定めがある社団としての形態を持っている
③ 民法上の組合になっている
④ 従業員がそれぞれ直接株主になっている
一般的には③の「民法上の組合」が最も多い形態ですが、小規模な同族会社の場合には従業員が直接参加する④の形態となっている場合が多いです。
(2) 同族会社の従業員持株会はどれがよいか
同族会社で従業員が株主になった場合、「退職するときに高額で買取りを要求される」「株主としての権利を乱用される」「関係のない第三者に譲渡される」という不安もあるかと思われます。
その場合、従業員持株会自体が株主になり、従業員がその持株会に対して持分を持つにすぎない③の「民法上の組合」が適しているでしょう。特に、民法上の組合による従業員持株会でも自社株式の引き出しができないようにしておくとよいでしょう。同族会社に適した従業員持株会のポイントは以下のとおりです。
■同族会社に適した従業員持株会のポイント
① 民法上の組合とする
② 持株会が株主になり、持株会に加入する社員が直接株主にならない
③ 持株会に加入する社員は、持株会から自社株式を引出しできない
④ 持株会に加入する社員が退職する場合には、持株会から持ち分の払戻しを受ける
⑤ 上記の払戻金額はあらかじめ規定に定めておき、納得した人だけ加入してもらう
(3) 従業員持株会には議決権制限株式を割り当てる
従業員持株会に割り当てる株式は議決権制限株式にすると、より安心できます。そうすることにより、株主関係が悪化したとしても、議決権がないので経営権に影響することはありません。比較的少ない株数で経営権を確保することが可能となります。
ただし、株主総会における種類株式に関する特別決議(原則として、議決権の過半数の出席かつ、出席株主の3分の2 以上の賛成)が必要となります。
(4) 規約はガイドラインを基に自社に合わせて作成する
非上場企業の従業員持株会は、証券会社に運営を委託しない限り、持株会の運営方法に上場企業ほどの制限はありません。上場企業は日本証券業協会が公表している「持株制度に関するガイドライン」を準拠しなければならないこととなっている一方で、非上場企業は民法や金融商品取引法に留意すれば、企業の実情に応じた自由な運営が可能です。持株会の規約を作成する際には、上記ガイドラインを参考にしつつ、自社の実情に合わせて独自の内容を組み込むようにするとよいでしょう。
5.おわりに
本記事では、従業員の持株会が経営者にもたらす効果と運営の留意点等について解説しました。非上場企業の従業員持株会のしくみは、既存株主の構成や規模等、実情に応じて異なるため、民法や会社法、税法等の専門知識が不可欠であり、税理士や弁護士等の専門家の存在が不可欠です。設立を検討する場合や従業員の保有株式の買戻しでお困りの場合は、顧問税理士にご相談ください。
参考文献
・「事業承継ニュース」vol.36(TKC出版)
・日本証券業協会「持株制度に関するガイドライン」
記事提供
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