右は笹川由美取締役 左は岡村健作巡回監査士(燕三条税理士法人)
新潟県燕市に本拠を置き、居酒屋など11店舗をチェーン展開するいかの墨。“うまい新潟を全国に発信する”をミッションとし、コロナ禍を無休で切り抜け、ここ数年、爆発的な成長を遂げつつある。中島敬二社長は、積極果敢な事業展開で年商100億を目指す。
現在、新潟県と首都圏に11(よね蔵グループ18)もの飲食店舗を抱える株式会社いかの墨。売上高は30億円(よね蔵グループ42億円)に届かんとする優良企業だが、ご多分に漏れずコロナ禍の時期には大苦戦。「いつ潰れるかヒヤヒヤしていた」と、中島敬二社長は述懐する。当時、売り上げは半分に減り、1,000万円単位の赤字決算が数年続いた。
そうした厳しい状態のなか、「雇用調整助成金は使わず、あえて店は閉めませんでした。従業員たちと一丸となってコロナと“戦った”という感じです。それがコロナ明けの快進撃につながったのかもしれません」

中島敬二社長
コロナ対策として、他店と同じく総菜や弁当といったテイクアウト事業での“日銭稼ぎ”も実施したが、とくに出色だったのは大規模投資による新事業進出である。感染症の蔓延で意気阻喪しがちな世相のなか、積極的に前に出る戦略は、中島社長ならではのもの。ベーカリー事業をオープンしたのをはじめ、燕市分水地区にある「道の駅国上」の指定管理者に名乗りを上げたのである。
1.“道の駅”が絶好調
道の駅国上は越後最古の名刹といわれる「国上寺」や曹洞宗の僧侶である良寛が過ごした「五合庵」など、多くの史跡が散在する国上山のふもとに位置し、観光客などの車通りも多い。また、桜並木、初夏の稲穂、秋の紅葉、酒吞童子神社の五重塔にうっすらと積もる雪模様など、自然をベースにした観光資源も豊富だ。
そこに目を付けた中島社長は、思い切った投資で既存の道の駅に大規模な改装を施し2022年春に「SORAIRO国上」としてリニューアルスタートさせたのである。
「この地域の魅力を味わっていただくために、“自然と遊ぶ”をコンセプトに、これまでの道の駅にとらわれない施設づくりを目指しました」という中島社長。バーベキューやデイキャンプ、公園(遊具)を整備し、日帰り天然温泉、足湯なども併設。店舗においても新潟の酒や素材をはじめ、多彩な商品を取り揃えた。結果、集客人数が大幅に増え、売り上げも従来の施設に比べて約4倍増、24年度は約5億円を売り上げ、「道の駅大賞」(月刊『田舎暮らしの本』主催)全国10位に選ばれたというからすごい。

バーベキューやデイキャンプなどアウトドアを意識した道の駅『SORAIRO国上』
コロナ禍で産業界が沈み込むなか、こうしたプロジェクトを成功させることができた秘訣は、「中島社長の明るさと思い切りの良さ」ではないかと笹川由美取締役は言う。
「中島は“まずやってみる”という雰囲気づくりを大切にしています。それが社内からの活発な意見を誘発し、良い企画につながっているのでは……」
新規事業には必須の投資資金については、自己資金にプラスして約2億円をメインバンクから資本性劣後ローンとして借り入れた。これも常識外の施策といえよう。
「今考えるとよく貸してくれたと思う」と笑う中島社長。毎月の支払いが大幅に減る資本性劣後ローンは、中小企業にとってはハードルの高い資金調達手法と言われている。それだけに、いかの墨の経営が、金融機関からいかに信頼されているかが分かる。
「運も良かったと思います。道の駅を始めた頃に、コロナの分類が5類となり、居酒屋にも一気に人が戻ってきたのです。当社は休まず営業していましたから、他の飲食店に比べてスタートダッシュが効きました」
2.新潟の酒と素材に集中する
いかの墨の創業は1989年。もともとスナックを経営していた中島社長の母親が割烹「日本料理島」をスタート。母親に頼まれて中島社長も店舗を手伝うこととなる。
ぼちぼちの経営状況だったが、97年に転機が訪れる。ゴルフ場のテナントとしてレストランを開かないかという話が店の常連客から持ち上がったのだ。お世辞にも「儲かっている」とは言えなかっただけに、中島社長は「チャンス」とばかりにその話に乗った。ところが、春から秋にかけては安定した業績を上げられたが、場所が日本海側の寒冷地だけに冬場は客足がぱったり。つまり、オフシーズン対策が必要となったのである。
中島社長は言う。
「正直、困りました。仕方がないので緊急措置として自宅を改装して居酒屋(よね蔵吉田店)を、やり始めたのです」
99年のことだ。レストラン用に材料を仕込み、それを夜は居酒屋の料理用に援用したわけだが、これが思いのほか受けた。
「当時は創作料理が流行っていて、和洋中、何でも出しました。また、個室居酒屋という形態も当時は珍しかったようです」
一見、雑駁な動きのようにも思えるが、中島社長の決断力と行動力は当時から抜けており、ビジネス的な「勘」も優れていた。東京での修行も含めた飲食店経営の経験が、顧客のニーズを正確に探し当てる力となった。
さて、ここからが、中島社長の真骨頂である。多店舗化に舵をとり、「いかの墨」「海老の髭」などの出店を重ねながら、自らが進むべき方向性を、徐々に明確にしていく。
「07年に出店した“いかの墨”新潟駅前店から新潟のお酒と食材に振り切りました。扱う素材を狭めたのです。あとは、かまどで炊いたご飯、炭火焼きなど、いわゆる“素材系居酒屋”のスタイルを貫きました」
“うまい新潟”を全国に発信するため、県内の生産者とのつながりを大事にした。26蔵(全43種)もの日本酒メーカー、食材では、漁港直送のズワイガニ、佐渡の鮮魚、佐渡コシヒカリ、黒埼茶豆、村上牛、へぎそばなど、生産者のもとに日参して、安定的な供給を実現していった。
こうした「新潟集中型」の居酒屋はありそうでなかった。「選択と集中」との言葉がもてはやされて久しいが、すべての顧客の要望に応えようとするのではなく、経営資源を集中する一点突破型の経営は、同社にとっての有力な生き残り策だった。
こうして、いかの墨が展開する居酒屋は、地元のビジネスパーソンや家族連れはもちろん、県外の出張者からの評判も高まり、中島社長は、「首都圏進出」を意識するようになる。
16年、満を持して“いかの墨”新宿駅南口店をオープンする。「新潟・佐渡の旬と地酒」というキャッチーなフレーズが都会のビジネスパーソンに受けた。
「東京進出では、“佐渡”の色を濃くしました。“魚イコール佐渡”という一般の人のイメージは強いので、そこに訴求したわけです」
新宿駅南口店を足がかりに、東京に2店舗、大宮と横浜にそれぞれ1店舗をオープン。現在では、年商の約半分を首都圏の店舗で稼ぎ出している。さらに26年の春には大宮に2店舗目をオープンする予定だ。

①新潟店アプローチ ②マインズタワー店オープンキッチン ③新宿駅南口店フロア
④大宮店(上)とカジュアル割烹(下)
3.“楽しく働ける職場”を提供
さて、紆余曲折がありながらも、いかの墨が順調に成長してきた最大の理由は何か。中島社長がこう強調する。
「やはり“人”だと思います。われわれの売りである“おもてなし”と“和みの空間”を創出するのは、最終的には従業員ですから。それと、当社では、“楽しく働ける職場”を提供することを心掛けています」
“楽しく働ける職場”は、アルバイトの離職率の低さにもつながっている。
「社員はともかく、アルバイトは大学1~4年までまんべんなく来てくれていて、サークルのような雰囲気です」
もちろん、マニュアルや研修動画もそろえているが、基本はOJT。1年目が入ってくれば2年目が教えるというかっちりとした良い意味での体育会系ヒエラルキーが存在していて、“自治”の雰囲気があるのだという。社員は、独特の雰囲気に必要以上に立ち入らない。また、そうした雰囲気が忘れられず、卒業後、いったん就職してから、戻ってきて社員となる人も珍しくない。
一方、調理場は高齢化が進んでおり、外国人の採用に取り組んでいる。現在、ミャンマーとネパールから女性4名を受け入れており、いずれも「特定技能外国人材」か「高度外国人材」の在留資格を持つ幹部候補生だ。将来を見据えた人手不足対策にも余念がない。
「人が育って、良い物件が見つかればさらに店舗網を拡大することができます。また、道の駅のようなプロポーザル案件も、今回のノウハウを生かしながら人を育て、再度手掛けていきたいと考えています」
34年には年商100億円突破を目指すいかの墨。いまや、その目標を射程距離にとらえたといって良いだろう。
(取材協力・燕三条税理士法人/本誌・高根文隆)
| 名称 | 株式会社いかの墨(よね蔵グループ) |
|---|---|
| 業種 | 飲食業 |
| 創業 | 1989年4月 |
| 所在地 | 新潟県燕市大武新田字新町裏4952-6 |
| 売上高 | 約30億円 |
| 従業員数 | 80名 |
| 使用システム | FX4クラウド |
| URL | https://www.yonekura-group.jp/shop/ikanosumi/ |
| 顧問税理士 |
燕三条税理士法人
所長 真島一誠 江澤和彦 新潟県三条市一ノ門1-1-14(三条事務所) URL: https://www.tubame.bz |
掲載:『戦略経営者』2025年11月号
【関連記事】目指せ!100億企業
- 【OPENING INTERVIEW】中小企業庁長官官房企画調整室長 赤松寛明/右肩成長という経営者の本能、魂に火をつける
- 【CASE1】株式会社吉富運輸 様/高品質な設備と人材を原動力に難局に挑む
- 【CASE2】株式会社残間金属工業 様/技術力強みに道央圏進出し地元釧路の活性化目指す
- 【CASE3】株式会社いかの墨(よね蔵グループ)様/“うまい新潟”を発信する居酒屋チェーンの積極果敢
記事提供
戦略経営者 『戦略経営者』は、中堅・中小企業の経営者の皆さまの戦略思考と経営マインドを鼓舞し、応援する経営情報誌です。
「TKC全国会」に加盟する税理士・公認会計士の関与先企業の経営者を読者対象に、1986年9月に創刊されました。
発行部数13万超(2025年9月現在)。TKC会計人が現場で行う経営助言のノウハウをベースに、独自の切り口と徹底した取材で、真に有用な情報だけを厳選して提供しています。
