💡この記事のポイント
☑事業を継続するためには「人」への投資が重要になることを理解する。
☑中小企業向けの「賃上げ促進税制」の要点を確認する。
☑上乗せ要件にある「くるみん」「えるぼし」について確認する。
☑賃上げを支援する補助金・助成金等を確認する。
☑賃上げの原資となる利益を確保するための考え方を確認する。
1.利益を従業員に還元することの重要性
企業が営業活動等で確保した利益をどのように活かしていくのかは、経営者の重要な経営判断の1つです。そのなかで、近年では、企業を持続させていくために「人」、いわゆる従業員へ投資することの重要性が高まっています。従業員の賃上げやスキルアップ支援などに積極的に投資(取り組む)することで、「離職率低下」「モチベーションアップ」だけでなく「優秀な人材獲得」などの効果が期待できるとされています。今後、人材不足はますます厳しくなることが予測されています。そのなかで、「人」への投資はとても大事な視点といえます。その結果、企業の生産性や付加価値向上にもつながります。
2.「人」への投資を支援する「賃上げ促進税制」をご存じですか?
(1) 「賃上げ促進税制」の概要
「人」への投資に積極的に取り組む企業や個人事業主を支援する制度として、「賃上げ促進税制」があることをご存じでしょうか。
この「賃上げ促進税制」とは、端的にいうと、従業員への給与等の支給額を前年度よりも一定割合以上増加させた場合に、賃上げ額の一部が法人税額から控除される制度です。対象は、賃金台帳に記載のある国内雇用者(パート・アルバイト、日雇い労働者も含みますが、使用人兼務役員を含む役員とその親族等、個人事業主とその親族等は含まれません)に対する給与・賞与等の支給額の合計(雇用者給与等支給額)となっています。また、教育訓練費の増加などにより税額控除率の上乗せ措置が受けられる仕組みとなっています。
令和6年度税制改正で、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度を対象に、未控除額が最長5年間繰り越すことが可能になり、赤字の企業なども利用しやすくなりました。
ここでは「中小企業向け(青色申告書を提出する中小企業者等<資本金1億円以下の法人、農業協同組合等>または従業員数1,000人以下の個人事業主)」について解説します。他に「全企業向け」「中堅企業向け」があり、必要要件や控除率等が異なりますので注意が必要です。
図表:中小企業向け「賃上げ促進税制」の概要
必須要件(賃上げ要件) | |
雇用者給与等支給額 (前年度比) | 税額控除率※1 |
+1.5% | 15% |
+2.5% | 30% |
上乗せ要件① 教育訓練費※2 |
前年度比+5%→税額控除率を10%上乗せ |
上乗せ要件② 子育てとの両立・女性活躍支援※3 |
くるみん以上orえるぼし2段階目以上→税額控除率を5%上乗せ |
※1 税額控除額の計算は、前事業年度から適用事業年度の雇用者給与等支給額の増加額に税額控除率を乗じて計算します。ただし、控除上限額は法人税額等の20%です。
※2 教育訓練費の上乗せ要件は、適用事業年度の教育訓練費の額が適用事業年度の雇用者給与等支給額の0.05%以上である場合に限り、適用可能です。
※3 くるみん認定、えるぼし認定(2段階目~3段階目)については、適用事業年度中に認定を取得した場合が対象です。ただし、くるみん認定については、令和4年4月1日以降の基準を満たしたくるみん認定を取得した場合に限り、適用可能です。
詳しくは、中小企業庁「中小企業向け『賃上げ促進税制』」をご参照ください。
(2) 「上乗せ要件」にある「くるみん」「えるぼし」って何?

「賃上げ促進税制」の「上乗せ要件」として、「くるみん認定」「えるぼし認定(2段階目~3段階目)」というキーワードが出てきます。ここでは、これらについて概要を説明します。
①「くるみん」とは?
「くるみん」とは、簡単にいうと、「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定を受けた証です。認定基準によって段階が定められており、「トライくるみん認定」「くるみん認定」「プラチナくるみん認定」があります。
そもそもこの「くるみん」は、「次世代育成支援対策推進法」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11367.html)に基づいたものです。同法に定められた「一般事業主行動計画」を策定した企業のうち、計画に定めた目標を達成し、一定の基準を満たした企業は、申請を行うことによって「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定(くるみん認定)を受けることができる仕組みになっています。この認定を受けた企業の証が、「くるみんマーク」です。
さらに、認定を受けた企業が、より高い水準の取り組みを行い一定の基準を満たした場合、申請を行うことによって優良な「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の特例認定(プラチナくるみん認定)を受けることができます。この認定を受けた企業の証が、「プラチナくるみんマーク」です。
加えて、令和4年4月1日からくるみん認定・プラチナくるみん認定の認定基準の引き上げに伴い、新たに「トライくるみん認定」が創設されました。
認定を受けた企業は、マークを広告等に表示し、「子育てサポート企業」であることをアピールできます。
なお、令和7年4月1日からは、くるみん認定・プラチナくるみん認定等の認定基準が改正されましたのでしっかり確認しましょう。また、令和7年4月1日からは、くるみん認定・トライくるみん認定等のマークが新しくなりました。
<「次世代育成支援対策推進法」とは>
日本の急激な少子化の進行に対応して、次代の社会を担う子どもたちの健全な育成を支援するため、企業のみなさま・国・地方公共団体は各種行動計画を策定することとされています。
詳細は、厚生労働省Webサイト「次世代育成支援対策推進法」をご参照ください。
②「えるぼし」とは?
「えるぼし」とは、端的にいうと、女性活躍への取り組みが優良な企業を認定する制度です。認定基準によって、「えるぼし認定(1段階目~3段階目)」「プラチナえるぼし認定」に分けられています。
職業⽣活において、⼥性の個性と能⼒が⼗分に発揮できる社会の実現は喫緊の課題といえます。そのなかで、国、地⽅公共団体、⺠間事業主(⼀般事業主)それぞれの⼥性の活躍推進に関する責務等を定めた「⼥性の職業⽣活における活躍の推進に関する法律」(⼥性活躍推進法)が、平成28年4月から全⾯施⾏されています。また、令和元年5月には改正⼥性活躍推進法が成⽴し、改正省令等とともに令和4年4月から全⾯施⾏されています。
この⼥性活躍推進法に基づき、事業主には、その規模等に応じて「⼀般事業主⾏動計画」の策定・届出や⼥性の活躍に関する情報公表などが求められています。こうした取り組みのなかで、一定の要件を満たした場合、「えるぼし認定」「プラチナえるぼし認定」を得られるという仕組みになっています。
詳しくは、厚生労働省Webサイト「女性活躍推進法特集ページ(えるぼし認定・プラチナえるぼし認定)」をご参照ください。
3.「賃上げ促進税制」だけではない!?賃上げを支援する補助金・助成金も!

従業員の賃上げに関する支援策としては、「賃上げ促進税制」だけではありません。例えば、下記のような助成金・補助金もあります。自社の取り組みが当てはまるかどうか、一度確認してみましょう。詳細な条件などは、各公式ウェブサイトをご確認ください。
(1) キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)
有期雇用労働者等の基本給の賃金規定等を「3%以上」増額改定した上で、その規定を適用させた場合に助成するものです。
詳しくは、厚生労働省Webサイト「キャリアアップ助成金」をご参照ください。
(2) 業務改善助成金
生産性向上に資する設備投資等(機械設備、コンサルティング導入や人材育成・教育訓練)を行うとともに、事業場内最低賃金を一定額(各コースに定める金額)以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部を助成するものです。
詳しくは、厚生労働省Webサイト「業務改善助成金」をご参照ください。
(3) ものづくり補助金
中小企業や小規模事業者が生産性向上に資する革新的な新製品・新サービスの開発や海外需要開拓を目的とした設備投資を支援するための補助金です。基本要件として以下を満たす3~5年の事業計画書の策定・実行が必要となっています。
①給与支給総額の増加
②事業場内最低賃金の引き上げ
③付加価値額の増加
詳しくは、全国中小企業団体中央会Webサイト「ものづくり補助事業公式ホームページ ものづくり補助金総合サイト」をご参照ください。
4.「人」への投資の原資となる「利益アップ」の考え方

(1) 何もしなければ「利益」は減っていく時代
近年、さまざまなコストがアップしていることは周知の事実だと思います。企業間で取引される原材料費の価格は、令和2年(2020年)に比べて令和6年(2024年)では約20%も上昇しているのです。昨今ではさらに上がっているでしょう。その一方で、人手不足を背景とする人件費も上昇傾向にあります。
とはいえ、賃上げを進めなければ、離職者が増加したり、新規採用が難しくなり、さらなる人材不足を招くおそれもあります。
今後もこうした状況が続くことが想定されるなかでは、仮に現在の売上を維持できたとしても、利益は減っていくことになります。中小企業にとって、賃上げの原資になる利益のアップは最重要課題といえるのです。
(2) コスト削減よりも「売上アップ」を検討することが重要
そもそも「利益」とは何でしょうか。簡単にいうと、「売上」からさまざまな「コスト」(原材料費、燃料費、輸送費、人件費、その他固定費等)を引いた残りの額を指します(利益=売上-コスト)。つまり、利益を上げるためには、「売上を伸ばす」、もしくは「コストを削減する」しかありません。しかし、前述したように原材料費や人件費が高騰している現在の経営環境では、コストを抑えるのは簡単なことではありません。そのため、まずは「売上アップ」に焦点を当てることが重要になるということです。
では、売上アップを実現するためにはどうすればよいのでしょうか。そもそも売上を伸ばす方法としては、大きく「販売数量を増やす」と「単価を上げる」の2つに分けられます。販売数量を増やすことについては、すでにさまざまな営業努力を実践されていると思いますが、単価についてはどうでしょうか。「うちは下請けだから、得意先から言われた金額で売るしかないよ」という方もいるかもしれません。しかし単価の決定、すなわち値決めができるのは経営者だけなのです。つまり、適正な「値決め」が売上アップのポイントといえます。
5.「値決め」に不可欠な3つの視点をおさえよう!

(1) 「コスト」から適正価格を決める
1つ目の視点として、「コスト」から適正価格を導き出すということです。顧客に製品・サービス等を提供する上でかかっている原材料費や送料、人件費など、何に、いくらかかっているのかを正確に把握することが大切です。特に、「自社で負担するのが当然だ」と考えている「隠れコスト」は見落としがちです。この「隠れコスト」を加味した上で、値決めをすることが重要となります。
(2) 「自社製品・サービスの強み」から適正価格を決める
2つ目の視点として、自社製品・サービスの一番の強みは何か、顧客が感じている価値は何かを改めて考えた上で、それを加味して価格を決めることです。
そのためには、まず自社の商品・サービスの「強み」を明確にすることでしょう。他社と比べて、自社の商品にはどのような特長があるのか、その強みに対して、現状の販売価格が低いようであれば、適正価格に見直しましょう。価格を含めて同業他社の商品・サービスの分析を行うことで、自社の強みが見えてくるかもしれません。
(3) 「適正価格」への変更を実施する
コストを加味した、または自社の商品・サービスを加味した適正価格を決め、それできちんと利益が確保できることがわかったら、次は、顧客にその見直した価格を受け入れてもらう必要があります。多くの経営者はここに大きなハードルを感じているかもしれません。主な顧客が企業である「BtoB」の場合と、主な顧客が一般消費者である「BtoC」の場合に分けて、その方法をしっかり検討しましょう。
例えば、「BtoB」の場合は、コストの増加に関する具体的かつ客観的な資料を準備し、「なぜ値上げの必要性があるのか」を明確に提示して、得意先と交渉することが重要です。一方、「BtoC」の場合は、基本的に経営者の意思決定だけで販売価格を変更することができます。しかし、無策に値上げだけを行い、それに見合う価値を顧客に感じてもらえなければ客足は徐々に遠のき、結果、利益が減少するといった事態に陥るおそれもあります。ここでは、自社の商品サービスの強みを顧客にきちんと伝えるなど、極力、顧客離れが起こらないように慎重に実施することが大切です。
<「BtoB」「BtoC」とは?>
「BtoB」は、“Business to Business”の略称で、端的に言うと企業間のビジネスを指す言葉です。受注単価が比較的大きく、継続的な取引関係になることも多く、安定した収益が見込まれるのが特徴です。一方、「BtoC」は、“Business to Customer”の略で、企業が個人消費者に商品やサービスを提供することを指します。市場規模が大きく、 顧客が購買を決定するまでの期間が短いため、ビジネスの成長が期待できるといわれています。
(参考)
・厚生労働省Webサイト「次世代育成支援対策推進法」
・厚生労働省Webサイト「女性活躍推進法特集ページ(えるぼし認定・プラチナえるぼし認定)」
・厚生労働省Webサイト「キャリアアップ助成金」
・厚生労働省Webサイト「業務改善助成金」
・全国中小企業団体中央会Webサイト「ものづくり補助事業公式ホームページ ものづくり補助金総合サイト」
・「事務所通信 経営のきほん『値決め&賃上げ』特集号」

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