斉藤信博社長
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有限会社エイチ・アイ・エフは、取引金融機関からの提案でクラウドファンディングの実施を決めた。プロジェクトは成功し植物性乳酸菌を使った希少な国産チーズを生産、人気メニューの一つになっている。
御嶽山の麓、標高約1,000メートルの高地に広がる長野県木曽町の開田高原。地元酪農家や農家、建設会社らが共同出資して1999年に設立されたのが、有限会社エイチ・アイ・エフが運営する「開田高原アイスクリーム工房」だ。設立当初のメンバーで、事業承継を経て2018年に社長に就任した4代目の斉藤信博社長は、看板商品のアイスクリームの味はどこにも負けないと話す。
「アイスクリームは地元でとれた牛乳と農産物だけでつくっています。一番人気は抜群の糖度を誇る開田高原のトウモロコシを使ったフレーバーで、これだけを買いに県外から当店舗に訪れる方もいる看板商品です」
好調な売れ行きで一躍人気スポットとなった同社は、次々に商品を拡充していく。地元産牛乳を使ったヨーグルト、バター、チーズの生産に乗り出だしたのである。コロナ禍に入る直前にはパン製造棟を新設し、冷凍パンの卸売り、小売りも始めた。そして現在、とくに力を入れている商品の一つが、チーズである。斉藤社長の名刺には「代表取締役社長」とともに「チーズ職人」の肩書が加えられている。それもそのはず、中央酪農会議が主催する「第10回ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」(2015年)で、「大きなチーズ」が農林水産大臣賞を受賞、NPO法人チーズプロフェッショナル協会が各年で開催している「ジャパンチーズアワード」でも受賞歴がある。斉藤社長は、カマンベールやモッツァレラなどの定番商品に加え、唯一無二のオリジナル商品として純国産チーズの開発を目指した。
「国内におけるチーズ消費量のうち、国産の割合はわずか15%。また国産チーズといっても、スターター(乳酸菌やカビ等の発酵微生物)のほとんどは輸入品です。そうした背景から、地元産原料にこだわり続けてきた当社で、地域活性化にもつながる純国産チーズづくりにチャレンジすることを決めました」
1.伝統の「すんき漬け」に注目
目を付けたのが、地元木曽地域に伝わる発酵食品「すんき漬け」である。すんき漬けとは、塩を使わずに在来種の赤カブの葉を乳酸菌発酵させた伝統的な保存食のこと。植物性乳酸菌だけで発酵させる希少性・地域性の高い食品として、長野県選択無形民俗文化財「長野県味の文化財」に指定されている。
「当社ではすでに、すんき菌を使ったヨーグルト『スンキーヨーグルト』の商品化に成功し、乳酸発酵できることは分かっていました。日本で初めて麴菌を使った国産チーズの製造に成功した日本獣医生命科学大学の佐藤薫教授と知り合う機会があり、『麴でできるならすんき菌でもやってみよう』と同大との産学連携で開発にトライすることが決まったのです」
調べてみるとすんき菌を使ったチーズの発酵プロセスや温度帯が通常とはかなり異なるため、特殊な機械が必要なことが分かった。やはり初期投資はそれなりにかかる。取引金融機関に相談したところ、思いがけない提案を受けた。
「長野県信用組合さんが、地域の魅力をプロデュースするために立ち上げたクラウドファンディングサイト『Show Boat』で資金を集めないかと提案されたのです。クラウドファンディングの活用は、前にも一度検討しましたが、通常業務で忙しく断念したことがありました。今回は長野県信用組合さんのご協力がいただけるということで決断できました」
募集期間は24年7月末から8月末までの約1カ月間。目標金額は50万円、リターンは麴すんきチーズ(約110グラム)1個とフランスパン2本入り1袋の「麴すんきチーズお試しセットA」(5,000円)、麴すんきチーズ2個とフランスパン2本入り1袋にソフトクリーム引換券5枚がついている「麴すんきチーズお試しセットB」(1万円)など最高金額10万円まで7種類を設定した。
「期間が1カ月と短かったので目標金額に達するかどうか不安だった」(斉藤社長)が、ふたを開ければ76名から64万5,000円を集め見事目標を達成。すぐに生産にとりかかり試行錯誤の末、製品化に成功した。「今までにない和の風味が広がるチーズで、後味の余韻が大きく、特に日本酒との相性がばっちり」(斉藤社長)という個性的な国産チーズが誕生したのである。その後デザインパッケージを決め、商品名を斉藤社長の実家の屋号にちなみ「一桝」とした。不定期ながら1個125グラム入り1,850円で店頭販売もしており、売れ行きは好調だという。

❶麴すんきチーズ ❷すんき漬け ❸アイスクリーム ❹店舗外観
2.会計事務所変更がCFのきっかけ
コロナ禍以降の同社の新たな取り組みの背景には、会計事務所を変更したことが少なからず影響している。19年、以前契約していた会計事務所の所長が亡くなり、新しい会計事務所と契約する必要性に迫られた。そして知り合いの経営者から推薦されたのが税理士法人mkパートナーズ松本事務所だった。監査部の寺田智浩巡回監査士はいう。
「TKCシステムによる自計化を進め、月次決算と月次巡回監査を実施するようになりました。巡回監査では『継続MASシステム』で作成した単年度計画に基づき、月ごとの予算の進ちょく率を確認しています。予算を達成するためにあとどれくらい売上高が必要か、ということを常に頭に入れていただけるようになり、新規顧客獲得のための行動をとる動機付けになっていると思います」
最近では近隣の道の駅でソフトクリームの卸販売を開始し、売り上げ拡大のための大きな足がかりを作ることに成功した。ほかにも飲食店や土産物店、道の駅などから「卸売りしてほしい」という要望が相次いでおり、斉藤社長は「なんとか人員増をはかり、さらなる成長につなげていきたい」と話している。
(協力・税理士法人mkパートナーズ松本事務所/本誌・植松啓介)
名称 | 有限会社エイチ・アイ・エフ |
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業種 | 乳製品製造業 |
設立 | 1999年3月 |
所在地 | 長野県木曽郡木曽町開田高原末川4411-9 |
従業員数 | 6名(パート含む) |
URL | https://www.hif.jp |
顧問税理士 |
税理士法人mkパートナーズ松本事務所
顧問税理士 草地紀文 長野県松本市渚2-9-51 URL: https://www.tkcnf.com/kusachizeirisi |
掲載:『戦略経営者』2025年9月号
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記事提供
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