労働人口の減少に加え、採用コストの上昇が続くなか、「辞めたら採ればいい」という時代は終わりを迎えている。いかに「社員が辞めない会社」をつくることができるかが勝負となる。
瀬戸山孝之氏
- 日本オンボーディング研究所代表 組織定着コンサルタント 瀬戸山孝之氏
- せとやま・たかゆき●1970年宮崎県生まれ。国立豊橋技術科学大学大学院工学研究科修了。人材派遣会社(パーソルテンプスタッフ株式会社)にて営業職18年(うちマネージャー職14年)を経験。これまでに1万5,000人以上の派遣スタッフの転職支援、800社以上の企業の定着支援を行う。同社にて「スタッフコンシェルデスク」の立ち上げにかかわり、現在は年間2万人以上の新人の就業支援を行う傍ら、そのトラブル防止や職場定着に向けた育成研修やセミナーを社内外で実施している。
「せっかく採用した社員がすぐ辞めてしまう」
そんな悩みを抱える中小企業経営者は多い。採用難が深刻化するなか、人材確保に苦労してようやく迎え入れた社員が数日、数週間、あるいは数カ月で退職してしまうケースも珍しくない。採用コストの上昇に加え、労働人口の減少が続くなか、「辞めたらまた採ればいい」という時代は終わりを迎えている。
こうした状況のなか、注目されているのが「オンボーディング」という考え方である。オンボーディングとは、新人社員が組織に早くなじみ、能力を発揮できるよう支援する取り組みだ。近年は大企業を中心に導入が進んでいるが、中小企業にとっても重要性は高まっている。
私は、社員が辞める原因の多くは入社初日に現れると考えている。なぜ入社初日がそれほど重要なのか。そして中小企業は何を準備すべきなのか。
1.離職防止のカギは入社初日
私は、長年、人材会社に勤務し、多くの派遣社員や新入社員の定着支援に携わってきた。現在は入社後のフォローを専門に行う部署の立ち上げにかかわり、現場の声を集め続けている。
その経験から見えてきたのが、「入社初日」の重要性である。
新人は入社初日に会社の空気を敏感に感じ取っている。社員の人たちに歓迎されているか、期待されているか、自分に興味を持ってくれているか――。そうしたことを驚くほど細かく見ている。
企業側から見れば些細なことでも、新人にとっては重大な意味を持つ。
例えば、誰も声を掛けてくれない、何をしてよいか分からない、説明する人が曖昧な指示しか出さない――そうした状況は、「自分は必要とされていないのではないか」という不安につながる。
とくに『とりあえずこれ読んどいて』『すぐに慣れるよ』『(誰に聞けばいいですかとの問いに対して)誰でもいいよ』といった曖昧な言葉は、離職の引き金となる「悪魔の言葉」だ。
もちろん全員が、こうした言葉を気にするわけではない。しかし一定数の人はそうした言葉に敏感に反応し、会社への不信感を募らせる。特に若い世代ほど、その傾向は強い。
ちなみに、その逆の離職を防ぐ「魔法の言葉」としては、『〇〇さん、待っていました』『私が責任を持ってフォローします』『疑問点はすぐに私に聞いてください』などだ。

また、定着率の高い企業には共通点がある。
それは、経営者自身が新人のために時間を確保していることだ。受け入れが上手な会社ほど、社長が入社初日に、時間を取って会社の歴史や理念、仕事への思いを直接語る。その行為自体が「あなたを歓迎しています」という強いメッセージになる。
中小企業では経営者と従業員の距離が近い。だからこそ社長の言葉が持つ影響力は大きい。アルバイトであっても「社長が直接話をしてくれた」と喜ぶ人は多い。正社員ならなおさらだ。社員は給与のためにのみ働くわけではない。自分が必要とされているという実感を求めている。
2.「職場のトリセツ」が効果的
さらに、「職場のトリセツ(取扱説明書)」の作成も、新人の離職防止に効果が高い。
業務マニュアルは多くの企業に存在する。しかし職場にはマニュアル化されていないルールや慣習が数多くある。遅刻時の連絡方法、休暇取得の考え方、上司の価値観、歓迎会の雰囲気、服装に関する暗黙のルール……こうした「目に見えないルール(職場のトリセツ)」が新人を戸惑わせる。
新人は聞きたくても聞けない。怒られたくないし、「こんなことも分からないのか」と思われたくないからである。既存社員にとっては当たり前でも、新人には分からないことばかりだ。
例えば部署によって「ジーンズ可」という認識だったとしても、上司は好ましく思っていないかもしれない。そのズレが混乱を招く。だからこそ価値観や職場ルールを言語化し、共有することが大切なのである。
実際に「職場のトリセツ」を作る過程では、「そんなルールだったのですか」と既存社員同士驚くことも少なくない。新人だけでなく、組織全体の認識統一にもつながるのである。
3.初日のスケジュールを見える化
とはいえ、中小企業がいきなり大掛かりな制度を整えるのは難しい。まずできることから始めればよい。その代表例が、入社初日のスケジュール表だ。
何時から何を行うのか。誰が説明するのか。パソコンやアカウントは準備されているか。こうした内容を用紙1枚でもよいので整理しておく。受け入れる側は頭の中で理解していても、新人には伝わらない。また、準備漏れの防止にも役立つ。
スケジュールを共有することで新人は安心でき、受け入れ側も役割を明確にできる。小さな工夫だが、その効果は大きい。
新人とのコミュニケーションにも工夫が求められる。
多くの上司が使う『何か質問ありますか』という問い掛け。しかし、その聞き方では質問はまず出ない。新人は遠慮しているのが普通なので、何を聞いてよいかも分からない。
そのため、『午前中の業務で分かりにくかったことはありますか』『今日不安に感じたことはありますか』と具体的に聞くほうがよい。一つ質問が出ると、その後に二つ、三つと続くことも多い。
逆に疑問や不満を抱えたまま帰宅すると、そのモヤモヤが翌日以降に積み重なっていく。「その日の違和感は、その日のうちに解消する」。これが定着支援の基本姿勢だ。
4.最初の3カ月が勝負
オンボーディングの期間について、3カ月を一つの目安とするとよいだろう。特に重要なのは最初の1週間だ。入社して1週間は毎日でも面談したほうがいい。昨日は眠れたか、困っていることはないか、職場に違和感はないか……わずか15分でもよい。継続的に話を聞くことで、新人は安心感を得られる。
その後は週1回程度に頻度を落としても構わないが、3カ月間はフォローを続けるべきだろう。また、担当者は必ずしもメンターである必要はない。中小企業であれば課長やリーダーが兼任してもよい。重要なのは「一対一で話せる場」を設けることだ。
入社後1週間は毎日15分、その後3週間までは週1回程度の面談が望ましい。ただし、『何か質問ありますか?』では駄目。それだと新人は遠慮して質問しない。『昨日一番不安だったことは?』『仕事以外で困っていることはある?』『誰か相談しやすい人は見つかった?』と具体的に聞くことが大切だ。
また、この時期にはメンターや上司との信頼関係づくりも欠かせない。歓迎会は、大げさなものよりも、気軽なランチ会のほうが効果的なケースもある。大人数の飲み会より、少人数で会話できる機会のほうが新人は本音を話しやすいからだ。
そして2~3週間の段階では、「できるようになったこと」を振り返ることも重要である。
ほとんどの新人は、自分の「不足している部分」ばかり見ている。「本当にこの会社に貢献できるのだろうか」という不安が先に立つのだ。しかし企業側は、プラスの面を強調すべきである。「ここまで覚えられた」「先週より成長した」ということを言葉で伝えるとよい。
近年、世代間ギャップに悩む企業も多い。昔はもっと大変だったという言葉も「悪魔の言葉」の一つ。ベテラン世代には何げない一言でも、若手には悩みを否定されたように聞こえる場合がある。一方で若手世代はITリテラシーが高く、新しいツールへの適応力も高い。そのため、上司側が「教えてほしい」と素直に伝える姿勢も世代間の距離を縮めるためには必要だろう。組織は一方的に教える場ではなく、互いに学び合う場になりつつある。
オンボーディングとは新人を甘やかすことではない。居心地の良さと成長機会の両立である。成長できる実感がなければ、人は離れていく。だから過去の自分と比べてどれだけ成長したかを見せてあげることが大切なのである。あるいは、スキル向上に応じた評価や報酬体系を示すことも、成長へのモチベーションを高めるための一つの方法だ。

5.人を大切にする会社が選ばれる
現在、日本では深刻な人手不足が進行している。人材確保が難しくなる一方で、離職による損失はますます大きくなっている。採用費、教育費、現場の負担。それらを考えれば、1人の早期離職が企業に与えるダメージは決して小さくない。だからこそ重要なのは、「辞めない仕組み」をつくることだ。
オンボーディングは新人を引き留めるためだけの仕組みではない。会社の文化や職場のあり方を見直す取り組みなのである。新人を大切にする会社は、既存社員も大切にしている。その姿勢が組織風土となり、結果として定着率向上や採用力強化につながる。
(インタビュー・構成/本誌・髙根文隆)
掲載:『戦略経営者』2026年10月号
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