後継者不在に悩む中小企業にとって事業承継は、「会社を誰に託すか」という重い決断を伴うものである。創業50年を超える電子部品メーカー・相栄電器は、東京都が出資するファンドを活用し、次世代経営者を外部から迎え入れる第三者承継を選択した。顧問税理士、譲り渡し側M&A支援機関、譲り受け側のファンドが連携し、個人へのオーナーシップ承継を目指す同社のプロセスは、これからの中小企業承継の一つの指針を示している。
(写真)左から山波学也税理士、瀬井裕太郎会長、中川敦司社長、山根孝代表取締役(ナショナルサーチファンド)
東京都品川区に本社を置く相栄電器は、1974年創業の電子部品メーカーだ。電気接点を中心とした電子部品、情報通信・電力設備関連製品、医療機器製品の電気部品製作とユニット製品の組み立てを手がける。福岡県北部の遠賀町に構える二つの工場(北九州第1・第2工場)では、配電盤や制御盤などの産業用函体配電製品、血中酸素濃度を測定する医療用パルスオキシメーターなどの量産も行っている。2代目の瀬井裕太郎会長は、同社の特長についてこう語る。
(左)多種多様な電気接点を生産、(右)医療用パルスオキシメーターの生産工程
「50年以上にわたり電気接点や電子部品分野で事業を続けてきた実績があり、多品種少量、個別仕様への柔軟な対応力が強みになっています。北九州工場で製造しているアイテムだけでも4,000品目にのぼり、材料調達から完成品まで一貫して対応できること、福岡県の医療機器製造業認可を取得しており、高度な品質管理体制を整えていることも特長になっています」
北九州第2工場(福岡県遠賀郡遠賀町)
瀬井会長が後継者について本格的に意識し始めたのは、63歳ごろのことだ。創業者である父の瀬井雅宣初代社長が引退した年齢に近づいたころである。
「私には息子がいるのですが、日ごろのコミュニケーションを通じ後を継ぐ意思がないことは分かっていました。ならば従業員承継ということで『役員になってくれないか』と社員に声をかけたのですが、手を挙げる者がいませんでした。親族と従業員から次期社長を探すのは難しいと判断し、社外の第三者承継の道を探ることにしました」
1.まずは顧問税理士に相談
瀬井会長は顧問税理士である税理士法人ヘルムズの山波学也代表社員税理士へ相談することにした。瀬井会長が「仕事の範ちゅうを超えるようなことでも何でも気軽に相談してきた」と話す山波税理士は、月次決算の実践を通じて長年にわたり同社の経営に伴走してきた税理士である。
事業承継について相談を受けた山波税理士は、譲り渡し企業の立場に立って支援できる専門家の関与が不可欠だと判断、TKC社員が常駐するTKCグループの親族外事業承継コンサルティング会社、TBCを推薦した。山波税理士は、第三者承継をきっかけにさらなる成長を遂げるためには、同社が推進するFA方式(図表参照)が適していると考えたからである。

「仲介方式のM&A支援企業を選択するメリットも確かに存在すると思いますが、関与先企業の発展と継続を支援する税理士の立場としては、FA方式を採用したほうが適当な場合が多いと考えています。いずれにしてもDD(デューデリジェンス=買収監査)は、単に定量的な評価をすることにとどまらず、最終的には企業の歴史や風土などの要素も含め総合的に判断されます。『顧問先の永続的な発展と継続』はオーナーが交代したとしても変わるものではないという意味で、M&Aにおけるパートナーは、売り手側の味方であることに加え、M&A後に経営を引き継ぐ経営者の味方であってもらわなければなりません。『売って終わりにしない』を実現するためにも、FA方式を採用することが最適であると考え、TBCさまを推薦しました」
山波税理士の薦めに賛同した瀬井会長は2024年、TBCの支援を受けM&Aの実現を目指すことを決めた。一方、メインバンクから譲り受け機関についての情報も入った。東京都が25年に立ち上げた「TOKYO 白馬の騎士ファンド」(以下、白馬の騎士ファンド)である。
2.東京都出資のファンドと交渉
白馬の騎士ファンドは、中小企業の事業承継を円滑に進めることを目的に設立された投資事業有限責任組合で、東京都が出資する20億円を筆頭に民間資金を加えファンド総額は40億円規模に達する。事業承継を専門とする独立系のファンド運営会社であるナショナルサーチファンド社が運営を担い、きらぼし銀行、横浜銀行、芝信用金庫、城南信用金庫、西武信用金庫、東京信用保証協会など、地域金融機関や公的機関が出資者として参画。自治体と金融機関が連携し、「サーチファンド型」と呼ばれる方式で後継者不足に悩む中小企業と次世代経営者候補を結び付ける点に特徴がある。
サーチファンド型の第三者承継は、経営を志す個人(サーチャー)が投資家の支援を受けて承継先企業を探索し、企業の理念や文化を理解したうえで経営を引き継ぐ仕組み。外部から「社長となる人材」を迎え入れ、承継後も中長期的に経営に関与することを前提としている点が一般的なM&Aとは異なる。ナショナルサーチファンドの山根孝代表取締役はいう。
「一般的なファンドは買収した企業を3年後くらいに他社に売却し売却益を得ることを目的にしています。しかし当社は中小企業のM&Aにおいて、法人ではなく個人が買うのが最も適切であるという明確なスタンスをとっています。なぜなら中小企業は社長がオーナーシップをもって経営するからこそ面白いし、社員もまとまると考えているからです。事業承継を希望する会社の経営者に、当社に登録しているサーチャーを紹介し、最もふさわしい人物に経営を引き継ぎ、その後当社は資金繰り支援などを通じ長いスパンで両者を支援し続けます。最終的にはMBO(経営陣が参加する買収)かIPO(株式上場)を目標としています」
瀬井会長を通じ白馬の騎士ファンドの概要を知ったTBCは、同ファンドが交渉相手としてふさわしいと判断。両者の本格的な折衝が始まった。
ナショナルサーチファンドには、経営者を志すサーチャーが約300人登録している。書類選考や面接などを通じ同社が相栄電器の次期経営者候補として推薦したのが、中川敦司現社長である。瀬井会長は、中川社長と初めて会ったときのことをこう振り返る。
「中川さんからは、『パワー』と『前進力』を強く感じました。中川さんなら創業50年を超え、やや成長が止まっていた当社を、再び成長軌道に乗せることができる――こう強く感じたので、迷うことはありませんでした」
白羽の矢が立った中川氏は、1979年生まれの46歳。豊田通商に約20年在籍し海外現地法人の経営などを担った後退職し、ITベンチャーの経営幹部なども経験した人物である。幼いころから社長業に強い関心を持っており、知人を通じてナショナルサーチファンドの存在を認知。オーナーシップの承継にこだわる経営理念に共感し、サーチャーとして登録した。瀬井会長と面談した際の印象、その後8月に行われた工場見学の感想について中川氏は次のように話す。
「初回の面談では、製造業未経験の私に対しても同じ目線で接してくださるオープンなところ、分からないことは分からない、していないことはしていないと率直に話される誠実さをとても感じました。またその後に行った工場見学では、ITを積極的に製造現場に導入していること、TKCの会計システムを通じ工場ごとの業績を月次で緻密に管理されていることが非常に印象的でした」
3.準備万端でDDを乗り切る
こうしてM&Aのプロセスは、10月からDDに移った。山根氏によると、一般的なM&Aと比べ必要書類はかなり多くなったという。出資者が多数いることに加え、東京都という公的機関が関与するファンドであったため、説明責任や確認プロセスがより厳格に求められたからだ。瀬井会長は振り返る。
「TBCさんから、DDの専門家チームに提出を求められるであろう書類一覧を事前に提示され、準備を少しずつ進めました。しかしオンラインの打ち合わせで画面越しに弁護士の方が5人ずらりと並んでいたときはさすがに緊張しました。次々と質問される場面もありかなり大変でしたが、作成していただいていたインタビューの想定問答が大いに助けになり、問題なく乗り切ることができました」
社内文書の収集や整理などで社員の協力を得ていたことも大きかった。通常M&Aの交渉は成立まで極秘のまま進めるが、瀬井会長は工場長や営業部長などの幹部社員に対しては、次の社長を外部から迎え入れる形で承継準備を進めていることを事前に説明。瀬井会長は社内に動揺が広まることを懸念したが、交渉相手のファンドに東京都が出資していることで安心感が得られたのか、事前に説明を受けた経営幹部は一様に前向きな理解を示したという。
なお、本来であれば重点的に確認されることの多いDXに関する項目については、今回のDDでは詳細な検証が省略された。TKC方式による自計化がすでに浸透しており、会計データがクラウド上で適切に管理されていたことに加え、工場についてもMicrosoft365を活用した生産管理や業務のデジタル化が、一般の中小企業より抜きんでて浸透していたためである。
約1カ月半でDDが終了した後、契約の最後の詰めの段階に入った。事業承継後も一定期間瀬井会長は会社に残り、技術やノウハウの継承に努めること、5カ年事業計画の進捗状況に応じMBOを目指すことなどの合意が成立し、26年4月1日、同社は新たな経営体制に移行した。代表取締役社長を務めてきた瀬井氏が取締役会長に就任し、新たに中川氏が代表取締役に就いたのである。瀬井会長の良き相談相手として日ごろからコミュニケーションをとってきた山波税理士は、事業承継のプロセスをこう振り返る。
「日本の中小企業は、世界に誇れる『宝』です。M&Aを支援する会社を選ぶときには、その宝の一つであり、税理士にとっては大切な関与先企業である企業の一番の味方になってもらえるところを選ばなければなりません。今回のケースでは、TBCさんの支援を通じ、志のあるサーチャーである中川社長への承継が実現し本当にうれしく思っています」
こうして同社は、新たな経営陣のもとで再スタートを切った。今後の事業戦略について中川社長はこう語る。
「いきなりジャンプアップするのではなく、①既存のお客さまに対し新しい商材やサービスを提供していく②既存の商材やサービスを新たなお客さまに提供していく――活動をさらにドライブさせていきたいですね。『お客さまの役に立つ』という基本を外すことなく、将来的には自社ブランド製品の製造販売も検討したいと考えています」
相栄電器の事例は、「会社をどこに売るか」ではなく、「誰に社長を託すか」を軸にした第三者承継の一つの形を示している。個人に対しオーナーシップを承継し、M&Aに関与した関係者が長いスパンで継続して支援を行っていく――日本でもまだ珍しい、サーチファンド型のM&Aの今後に注目したい。
譲渡側M&Aアドバイザーから一言
株式会社TKC 中小企業事業承継支援部 角園庸徳
本稿の承継事例は、サーチファンドに承継した当社初の事例として記憶に残るものになりました。一般的な事業会社への承継と異なり、入り口段階で次の承継経営者の人柄や覚悟が見えるサーチファンド承継という手法は、譲渡側にとっても築き上げてきた事業の独立性や社名が残せ、社長の価値観に合った相手を探せるといったメリットも多く、事業承継問題の解決策のひとつとして大きな可能性を感じました。
当社は、仲介と異なり譲渡側とだけ契約するFA(フィナンシャル・アドバイザー)方式を採用しており、ご成約まで一貫して譲渡側である顧問先企業さまの立場で伴走支援してきました。また、2代にわたり関与されている会社の内情に精通され、瀬井裕太郎会長が全幅の信頼を置く山波学也先生と連携した支援には、瀬井会長も安心感を持って当社にお任せいただけたのではないかと思います。
親族外承継を検討している経営者の方は、まずは顧問の会計事務所にご相談ください。
(協力・税理士法人ヘルムズ/本誌・植松啓介)
| 名称 | 相栄電器株式会社 |
|---|---|
| 業種 | 電子部品、情報通信・電力設備製品、医療機器製品の製造販売 |
| 設立 | 1974年12月 |
| 所在地 | 東京都品川区東五反田5-21-15 メタリオンOSビル |
| 売上高 | 約8億円 |
| 従業員数 | 75名 |
| 利用システム | FX2クラウド、PX2 |
| URL | https://sohei.co.jp |
| 顧問税理士 | 税理士法人ヘルムズ 代表社員税理士 山波学也 東京都品川区西五反田8-1-2 平森ビル9階 URL: https://www.yamanami.co.jp |
| 名称 | National Search Fund株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 2022年6月 |
| 所在地 | 東京都港区港南2-16-2 太陽生命品川ビル28階 |
| URL | https://ns-fund.jp |
掲載:『戦略経営者』2026年6月号
記事提供
戦略経営者 『戦略経営者』は、中堅・中小企業の経営者の皆さまの戦略思考と経営マインドを鼓舞し、応援する経営情報誌です。
「TKC全国会」に加盟する税理士・公認会計士の関与先企業の経営者を読者対象に、1986年9月に創刊されました。
発行部数13万超(2025年9月現在)。TKC会計人が現場で行う経営助言のノウハウをベースに、独自の切り口と徹底した取材で、真に有用な情報だけを厳選して提供しています。


