親族外承継(M&A)では、長年良好な関係を築いてきた取引先が譲り受け企業となるケースもある。小型油圧技術で存在感を示すJPNが、国内唯一の上場油圧専業メーカーである油研工業と歩んだ承継のプロセスを追った。
(写真)左から油研工業の水野浩司取締役管理本部長、JPNの日沖清弘社長、中野伸也税理士・公認会計士
1977年創業のJPNは、小型油圧技術を中核とした油圧機器の製造販売を行う企業である。創業者の日沖清弘社長は、製品の特長や自社の強みについて次のように語る。
「アクチュエーターの一種である油圧機器は、電動機器や空圧機器などに比べて小さなスペースで大きな力を生み出せる点が特徴です。顧客の要望に応じた特殊仕様の設計・製作に柔軟に対応できる点が当社の強みで、取引先の6〜7割は医療・介護分野です。工作機械、農業機械、建設機械など幅広い産業で当社製品が採用されています」
①ミニ油圧シリンダ〈標準品〉、②医療機器用油圧シリンダ
新製品開発にも積極的だ。油圧技術を応用して開発したトレーニングマシン向け製品「健康ダンパ」で、健康分野に進出。さらに、従来の削岩機のように騒音・粉塵を発生せず、コンクリートブロックを静かに破砕できる解体用機器の開発にも成功している。
健康ダンパ(左)
そんなJPNが親族外承継(M&A)による事業承継を検討し始めたのは約5年前である。もちろん最初からM&Aを目指したわけではない。
「親族内承継や従業員承継も検討しましたが、いずれも現実的に難しいと判断せざるを得ませんでした。私が70歳を超えたころのことです」(日沖社長)
社内での事業承継は難しいと判断した日沖社長は、資料収集やセミナーへの参加を通じてM&Aについて学び始めた。2年以上入念にリサーチした結果、ある結論に至る。
「商工会議所や金融機関、コンサルタントなど、M&Aを支援するさまざまな機関があることが分かりました。しかし当社にとってベストな方法は、会社の実情を最も理解してくれている顧問税理士の中野伸也先生に相談することだと判断しました」
1.きっかけはメールマガジン
TKC会員の中野税理士・公認会計士は、すぐにTKCグループのTBCを紹介した。TBCは、TKC会計システム利用企業の親族外承継を支援するM&Aコンサルティング専門会社で、依頼主として譲り渡し企業とのみ契約するのが特徴だ。譲り渡し企業の立場に立ち、助言、提案、交渉実務を担う。
第三者へのM&Aに進む前に、TBCと日沖社長は協働して、取引先などとの間で必要な調整や根回しを8カ月ほどかけて慎重に行った。その後TBCは候補先のリストアップに着手したが、提示された企業一覧を見ても日沖社長の心は動かなかった。油圧機器とは無関係の異業種の企業だったり、同業であってもこれまで取引のない見知らぬ会社だったり、相手先としてしっくりこない企業がほとんどであったからである。
そうした折、長年の取引先である油研工業から、日沖社長宛にメールマガジンが届いた。
「そのメールマガジンに、油研工業さんがM&Aを検討していると書かれていたのです。創業して2〜3年の頃からのお付き合いで、製品を購入してシステムを組んだり、逆に当社の小型油圧製品をOEMで販売していただいたりと、非常に身近な存在です。M&Aを検討していることを知り、『油研工業さんと交渉できないか』とTBCさんに伝えました」
油研工業は、東証スタンダード市場に上場する日本唯一の油圧機器専業メーカーである。油圧ポンプ、油圧バルブ、システム製品(油圧ユニット)などを幅広く手がけ、産業機械を中心に多様な用途で使われている。
メールマガジンには、3年×3段階で進める長期ビジョン「YUKEN GROUP VISION 2030」についての説明が記載されていた。ステップ1(ありたき姿への基盤づくり)、現在進行中のステップ2(成長戦略への実践)を経て、28年度から始まるステップ3では、「真のグローバル企業への進化」を掲げ、「挑戦による事業の拡大」を成長戦略の柱としていた。水野浩司取締役管理本部長はこう説明する。
「ステップ3では、航空宇宙や水圧、油圧ロボットなどの新領域とともに、『未開地への油圧技術の浸透に挑戦』を掲げています。これを実現するための手段として、M&Aを活用していくことが社内で以前から共有されていました」
2.会計参与導入で信頼性向上
日沖社長の要請を受けTBCは、提携している80社超の譲り受け側(買い手側)のファイナンシャル・アドバイザー(FA)の中から特に緊密に連携しているFAを通じて、油研工業と接触した。初回面談は、25年4月4日に設定された。TBCの会議室にJPNの日沖社長、油研工業の永久秀治社長(当時)、宮坂篤常務(当時・現社長)らが集まった。互いによく知る間柄だけに、和やかな雰囲気でミーティングが行われたという。
初回面談後、両社は正式な検討プロセスに入った。4月24日には、油研工業の宮坂常務らがJPNの本社工場および埼玉工場を訪問し、製造現場の設備や生産体制を確認。工場見学後、Q&Aによる質問・回答のやり取りを経て、油研工業側は前向きに検討を進める姿勢を示す意向表明書を6月13日に提出した。JPN側はこれを応諾し、財務・税務・法務・労務など多岐にわたる調査を行うデューデリジェンス(DD、買収監査)のステップに移行した。
油研工業は、財務・税務分野については専門の会計事務所に依頼し、法務・労務については弁護士による専門チームを編成するなど、適切なコストを投じて徹底した調査体制を構築した。この過程で水野取締役管理本部長は、JPNの財務管理が高く評価できると感じたという。
「公認会計士の資格を持つ顧問税理士の先生が会計参与として役員に入られており、財務管理が非常にしっかりしていました。特に税効果会計を適用している点には驚きました。この規模の会社では非常に珍しいことです」
一方日沖社長は、人知れぬ苦悩を抱えていた。M&Aの手続きは極秘で進めなければならず、DDに必要な資料の収集を1人で行わなければならなかったからである。
「通常業務に加えてのDD対応で、非常に多忙でした。従業員に知られないよう休日にオフィスに出社して作業を行うこともあり、本当に大変でしたね」
もう一つ苦労したのは、株式譲渡に関わる手続きだ。同社の株主は創業メンバー、親族、従業員、取引先など44名おり、株主総会や取締役会の議事録など、設立時からの株主の異動に関する資料一式をそろえる必要があったのである。日沖社長は株主全員に連絡を取り、期限までに譲渡への同意を取得した。
3.まずは顧問税理士に相談を
7月7日に開始したDDは、約2カ月を要し9月初旬に終了した。油研工業は長期ビジョンに合致していることや事業の親和性、業歴50年の堅実性などを評価し、買収を決断した。
「医療・介護、健康器具、コンクリート破砕など、当社がこれまで手がけてこなかった分野に挑戦されており、新たなお客さまとの接点を広げる絶好のチャンスだと考えました。安心感や堅実性、減損リスクの低さなども評価の決め手になりました」(水野取締役管理本部長)
最終契約締結は10月16日、株式譲渡は同28日に行われた。現在はシナジー創出に向けた検討が進んでおり、JPN製品を油研工業の国内外の販売網に載せる構想も動き出している。
株式譲渡は2025年10月28日に油研工業本社にて行われた(左は油研工業の宮坂篤社長)
日沖社長は、中小企業がM&Aを検討する時はまず顧問税理士に相談すべきと話す。
「最終的に頼りになるのは、なんといっても会社のことを一番理解してくれている顧問税理士の先生です。いち早く中野先生に相談したことで、TBCさんにすぐにつながり、結果的に最も早く、確実に事業承継を進める道をたどれたと思います」
また日沖社長は、「株主関連書類は日ごろから整理しておくこと」「譲渡先として意中の会社がある場合は、明確に支援機関に伝えること」も重要だと語る。信頼できる専門家に任せ、時間をかけてじっくり検討してきた粘り強い姿勢は、事業承継に悩む多くの中小企業の大きな示唆となるはずだ。
コンサルタントの眼
税理士・公認会計士 中野伸也
中野伸也税理士公認会計士事務所 千葉県千葉市緑区あすみが丘東2-1-3
https://nakano.tkcnf.com
JPN株式会社は、私が開業して間もなくからの関与先で『FX2』も1991年から導入しています。毎月の巡回監査時には、必ず日沖清弘社長と1時間程度をかけて限界利益率の変動要因、受注状況、会計処理方法などを話し合ってきました。書面添付も30年以上続け、会計参与制度ができるとすぐに会計参与に就任しています。日沖社長の経営で一番驚いたことは、バブル期に購入した本社事務所の含み損を2004年に表に出したことです。本社事務所を購入、保有する子会社を新設し損出ししたうえで、その子会社を8年後に吸収合併しました。このような処理により、現在は含み損が全くない、良好な財務管理が行われている会社になっています。
第三者への事業承継で一番大切なのは、事業を継続させたいという経営者の意思です。今回のケースでは、譲り受け企業の油研工業株式会社、M&Aコンサルティング会社のTBCともに、事業継続にかける日沖社長の思いをしっかりと共有していました。そのことが、成功裏にM&Aが完了した大きな要因になったと思います。
(協力・中野伸也税理士公認会計士事務所)
| 名称 | JPN株式会社 |
|---|---|
| 業種 | 油圧機器の製造販売 |
| 設立 | 1977年10月 |
| 所在地 | 東京都大田区矢口3-28-1 |
| 売上高 | 4億4,200万円 |
| 従業員数 | 39名 |
| 利用システム | FX2クラウド、PX2 |
| URL | https://www.j-p-n.co.jp |
| 名称 | 油研工業株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 1952年11月 |
| 所在地 | 神奈川県綾瀬市上土棚中4-4-34 |
| 売上高 | 334億9,600万円(2025年3月期) |
| 従業員数 | 連結1,398名(2025年3月31日時点) |
| URL | https://www.yuken.co.jp |
掲載:『戦略経営者』2026年4月号
記事提供
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