2025年12月15日

介護事業者の生産性向上の取り組みは必須~人手不足の時代に対応したマネジメントモデルの構築に向けて~

介護事業者の生産性向上の取り組みは必須~人手不足の時代に対応したマネジメントモデルの構築に向けて~

💡この記事のポイント
 ☑介護分野における生産性向上とは、介護の価値を高めることであり、介護の質の向上であることを理解する
 ☑生産性向上による介護職員の負担軽減とテクノロジーの導入やタスクシフト/シェアが一層重要になっている
 ☑人手不足時代に対応したマネジメントシステムという視点から取り組む
 ☑ガイドラインや手引き、研修動画、活用できる各種ツール等が整備され、介護報酬や補助支援などの支援を介護事業者が活用できる
 ☑国・自治体・関係団体・介護事業者が一体となって、生産性向上に取り組んでいることを知る

1.介護分野における「生産性向上」とは

 少子高齢化が進行する日本において、介護分野は今後ますます重要性を増す一方で、慢性的な人手不足や業務の属人化、職員の負担増加といった課題を抱えています。こうした状況を打開し、持続可能であり続けるためには、介護サービスの質を維持・向上させながら、生産性の向上を図ることが不可欠となっています。
 生産性向上といった場合、一般的には従業員及び労働時間数あたりの付加価値額を設備投資や労働の効率化などによって向上させるものとされます。しかし、介護サービスにおける生産性向上では、人が人にケアを提供するといった特性を十分に考慮して、「介護の価値を高めること」と定義(「生産性向上ガイドライン」厚生労働省老健局)しています。そして、人材育成とチームケアの質の向上、情報共有の円滑化に取り組むことによって、介護サービスの質の向上と人材定着・確保へつなげることと、同ガイドラインではとりまとめています。
 介護現場の生産性の向上によって、介護職員の負担軽減、利用者満足度の向上、経営の安定化など、さまざまなメリットが期待されます。

2.生産性向上が注目される背景

(1) 高齢男性の単独世帯化が大きく進む

 「日本の世帯数の将来推計(令和6年推計)」(国立社会保障・人口問題研究所)によると、世帯総数は2030年の5,773万世帯をピークに減少します。平均世帯人員については世帯の単独化が進み、2033年に初めて2人を割り込んで1.99人となります。世帯主が65歳以上の高齢世帯数のピークは2045年の2,431万世帯ですが、高齢単独世帯の状況として、65歳以上男性の独居率が2020年-2050年の間に16.4%-26.1%へと大きく増加(女性は23.6%-29.3%)し、男性の単独世帯化が大きく進むと推計しています。
 また、高齢化率は令和2(2020)年の 28.6%(3.5人に1人が65歳以上)から、出生高位推計では、2039 年に 33.7%と、3人に1人以上が 65 歳以上になるとし、今後は加速的な人口減少と世界に類を見ない高齢化という事態に直面していく(「日本の将来推計人口(令和5年4月公表)国立社会保障・人口問題研究所)としています。
 これらが示すのは、介護の現場においても単独世帯が増え、QOLの低下や認知症の進行、孤立などのほか、生活上のさまざまな問題を抱えている高齢者の介護を行うケースが増えていくということです。
 そして、高齢化や人口減少のスピードには地域によって大きな差があり、高齢者の介護サービス需要やその変化にも地域差があります。すると、隣県ではどのような高齢化の状況で、どのようなニーズが高いかなどの情報が、参考にならなくなります。

(2) 増える介護需要 人材は2040年度までに約57万人が不足

増える介護需要 人材は2040年度までに約57万人が不足

 高齢化が進展する一方で、介護人材については、令和4(2022)年度の約215万人に対し、2040年度までに約57万人の新たな介護職員の確保が必要と試算しています。介護人材確保が重要な課題としてあるなか、処遇改善をはじめ、人材確保の取り組みの充実とともに、雇用管理の改善による人材の定着、テクノロジー導入やタスクシフト/シェア、経営改善に向けた支援の充実が求められています。
 介護現場の生産性向上においては、前述したように、人材育成とチームケアの質の向上、情報共有の円滑化についての業務改善の取り組みを実施することで、職員の業務負担の軽減につなげ、働きやすい職場環境とすることで、働く人のモチベーションを高め、人材の定着・確保へつなげていくものなので、業務改善の取り組みが整理され、実践しやすくなっています。
 また、将来の介護現場を取り巻く社会情勢を踏まえると、さらに労働制約が高まり、現在の人員配置よりも少ない配置でのサービス提供が必要となることも想定され、タスクシフト/シェア、テクノロジー等の活用はより一層重要となっています。
 介護報酬においても、生産性の向上に資する取り組みの促進を図る観点から、施設系サービス、短期入所系サービス、居住系サービス、多機能系サービス等において生産性向上推進体制加算の新設や、生産性向上に先進的に取り組む特定施設における人員配置基準の特例的な基準の新設(柔軟化)など、介護事業者が生産性向上に取り組むことを報酬面から後押ししています。

(3) 「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方検討会」でも「職場環境改善・生産性向上」を

 このようななか、厚生労働省「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」検討会のとりまとめ(令和7年7月25日)では、「時間軸」・「地域軸」の両視点から、地域における人口減少・サービス需要の変化に応じ、全国を「中山間・人口減少地域」「大都市部」「一般市等」と主に3つの地域に分類して、テクノロジー等も活用し、その地域の状況に応じたサービス提供体制や支援体制を構築していくことが重要としています。そして、人手不足のなかでカギを握る「職場環境改善・生産性向上の取組」についての方向性を次のようにまとめ、生産性の向上によって人材確保につなげていくように促しています。

 ■「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関するとりまとめ」(抜粋)

 介護現場における職場環境の改善・生産性の向上として、
 ・テクノロジーの活用(※)や、いわゆる介護助手等への業務のタスクシフト/シェアを図ることで、業務の改善や効率化等をすすめること、
 ・それにより、職員の業務負担の軽減を図るとともに、業務の改善や効率化により生み出した時間を直接的な介護ケアの業務に充て、利用者と職員が接する時間を増やすとともに、職員の残業削減や休暇の確実な取得、教育・研修機会の付与など職員への投資を充実すること、
 ・これらの点を通じ、介護サービスの質の向上にもつなげるとともに、介護人材の定着や人材確保についてもあわせて推進することが必要である。

 ※デジタル行財政改革で決定(令和5(2023)年12月)した介護分野におけるKPIでは、2023年度時点における介護テクノロジー導入率が約32%のところ、2029年までにテクノロジー導入率90%を目標とし、2040年までに施設系サービス等において約3割の効率化を目指すこととされている。

3.生産性向上の取り組み

生産性向上の取り組み

 人手不足のなかでも介護サービスの質の維持・向上を実現するには、介護サービス事業所の課題を明確にしたうえで、業務改善活動等に継続的に取り組むことが欠かせません。また、今後、ますます複雑化・多様化する高齢者のニーズに伴い、介護現場では高度な専門性がより一層求められます。このような状況にあって、業務を見直し質の高いケアをする、自立を支援するサービス提供の体制を整備する取り組みは重要です。また、改善活動においては現場の職員が共感できる「目標・目的」の改善活動であることが重要です。それによって、ひとり1人が主体的に取り組めるようになります。
 改善活動というと、難しい印象を持つかもしれませんが、「生産性向上ガイドライン」(厚生労働省「介護分野における生産性向上ポータルサイト」参照)では、生産性向上の目的を「仕事の価値が見えてくること」「仕事の負担と負担感を減らすこと」等々、介護事業者にとって共感しやすい言葉に置き換え、「事業所の目線でみる生産性向上の目的」に読み砕いていますのでわかりやすくなっています。そして、どのような取り組みを行うのか、業務改善の取り組みについて7つに分類し、場面ごとに事例を用いて解説しています。

 ■「生産性向上ガイドライン」

 (1)事業所の目線でみる生産性向上の目的
 ・専門性を高めること
 ・仕事の価値が見えてくること
 ・仕事の負担と負担感を減らすこと
 ・適切な作業をより省力化すること
 ・チーム意識を高めること
 ・働くモチベーションが向上すること
 ・仕事に向き合う姿勢を改善すること
 ・利用者の存在を支える仕事であることに気づくこと
 ・役に立っているという実感を高めること

 (2)介護サービスにおける生産性向上のための7つの取組
 ① 職場環境の整備
 ② 業務の明確化と役割分担
 ③ 手順書の作成
 ④ 記録・報告様式の工夫
 ⑤ 情報共有の工夫
 ⑥ OJTの仕組みづくり
 ⑦ 理念・行動指針の徹底

厚生労働省老健局「介護サービス事業における生産性向上(業務改善)に資するガイドライン」(令和6年度改訂版)

4.生産性向上に取り組む際のポイントと留意点

(1) 業務改善活動における留意点

 現場の介護従事者が前向きに取り組めることが重要です。それによって、実効性の高い業務改善活動となります。また、人手不足時代に対応したマネジメントシステムという視点から業務を見直すことが大事です。次の点に留意しましょう。

① ICT・デジタル技術の活用

ICT・デジタル技術の活用

 介護記録の電子化、見守りセンサー、業務支援アプリなどの導入により、業務の効率化と情報の可視化が可能になります。これにより、職員の作業負担が軽減され、利用者への対応時間を確保できます。ICT等の機器の導入にあたっては、業務の課題の解決につながること、実機での検証により操作性や安全性等に問題ないかを確認します。

② 業務プロセスの見直し

 業務の標準化・マニュアル化を進めることで、属人化を防ぎ、誰でも一定の品質でサービスを提供できる体制を整えます。ムダ・ムラの排除とともに、業務プロセスの習慣化にもつながります。業務の標準化・マニュアル化においては、まず業務の洗い出しをしたうえで、業務の切り分け・役割分担の明確化を行い、標準化・マニュアル化を進めます。前提として、「介護サービスの質の向上」につながる改善であることが重要です。

③ 情報共有

 共有する情報を整理することから始めます。そして情報共有の目的を明確にします。ICTを用いて転記作業の削減、一斉同時配信による効率化等で、情報共有のタイムラグを解消することができます。チームケアの観点からも情報共有はとても重要です。

④ 人材育成とチームケアの推進

 職員のスキルアップを図るとともに、職種間の連携を強化することで、時間の効率化や職員の負担の軽減等となって、チームとしての生産性を高めることにつながります。

⑤ 外部資源の活用

 法人内・施設内だけの取り組みにとどまらず、外部資源を活用することも検討しましょう。ボランティアや地域住民との協働、外部サービスの活用などにより、施設内の業務負担を軽減することにつながります。周辺業務を地域の元気な高齢者などに担っていただくことも有効です。

(2) ベースとなる活動は「PDCAサイクルを回す」こと

 Plan(計画)→Do(改善)→Check(評価)→Action(課題・計画の練り直し)を繰り返し行うことが、PDCAサイクルを回すことです。初めは小さな改善かもしれませんが、何度も繰り返しPDCAサイクルを回すことで、やがて大きな改善につながります。大事なことは継続的な改善活動とすることです。
 標準的な改善活動の手順とポイントは下図のようになります。

PDCAサイクル

出典:厚生労働省Webサイト「介護分野における生産性向上の取組の進め方」より

5.多面的な促進策による支援を実施

 厚生労働省は「介護現場の生産性向上に向けた取組支援事業」などを通じて、ICT導入や業務改善の支援を行っています。補助金制度やモデル事業の活用により、現場の取り組みを後押ししています。主な促進策を見ていきましょう。

■多面的な促進策
〇投資・補助支援
 ・介護テクノロジーの導入費用に対する補助(令和6年度補正予算、令和7年当初予算)
 ・介護テクノロジーを活用した継続的な業務改善の取り組みを評価する加算の取得促進
 ・ケアプランデータ連携システムの1年間フリーパスの設定(令和7年6月~)
〇優良事例の横展開のための支援策
 ・最新の施策動向や介護テクノロジー活用の効果的な取り組み等「生産性向上ガイドライン」の改訂(令和7年度)
 ・優良事業者の表彰を通じた好事例の普及促進
〇規制・制度の見直し
 ・令和6年度介護報酬改定における生産性向上推進体制加算の新設等、特定施設における人員配置基準の特定的な柔軟化措置の実施
 ・ケアプランのデータ連携の本格運用(令和5年度より)、同システム活用によるケアマネジャーの取扱件数の上限緩和(令和6年度介護報酬改定)
 ・電子申請・届出システム使用の原則化による事務負担軽減(令和8年度から全自治体で利用開始)
〇サプライチェーン全体での標準化と協調領域の深堀
 ・経営の協働化・大規模の取り組みの支援(事例収載のガイドライン作成等・令和7年度)
 ・ケアプランデータの標準化
〇AI活用の促進
 ・AIを活用した介護記録ソフトの実証(令和7年度)、バックオフィス業務に資するICTソフトを補助対象として明確化する
〇ワンストップ窓口の設置による事業者支援
 ・必要に応じ適切な支援機関につなぐワンストップ型の相談窓口(介護生産性向上総合相談センター)の設置(令和8年度までに全都道府県に設置目標)
 ・相談窓口の機能強化(令和8年度からモデル事業を実施)

厚生労働省「省力化投資促進プラン-介護-」(令和7年6月13日)をもとに作成

 これまで見てきたように、国・自治体・関係団体等がさまざまなツールやガイドラインを整備して、「介護サービス事業所の生産性向上」に取り組んでいます。
 令和6年度の介護保険法の改正では、介護事業者における業務の効率化、介護サービスの質の向上その他の生産性の向上に資する取り組みが促進されるよう、助言および援助を行うことが地方自治体の努力義務となって、「介護生産性向上推進総合事業」を実施しています。具体的には、「介護現場革新会議」の開催、「介護生産性向上総合相談センター」(介護ロボット・ICT等に係る相談窓口事業)の設置、人材確保、生産性向上に係る各種支援業務との連携等により、適切な支援につなげることが事業の目的です。
 今後、働き手の確保が一層難しくなる一方で、高齢化に伴う介護ニーズが増大することが予想されるなか、生産性向上の取り組みは、介護事業者にとって必須となっています。

【参考文献】

・「介護事業における生産性向上に資するガイドライン」厚生労働省
・「日本の世帯数の将来推計(令和6年推計)」国立社会保障・人口問題研究所
・「日本の将来推計人口(令和5年4月公表)」国立社会保障・人口問題研究所
・「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関するとりまとめ」厚生労働省検討会
・「介護分野における生産性向上の取組の進め方」厚生労働省Webサイト
・「省力化投資促進プラン-介護-」(令和7年6月13日)厚生労働省

株式会社TKC出版

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株式会社TKC出版

 1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
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