左から河村直樹巡回監査士、近重勉税理士、福田市子取締役、福田稔社長、坪倉孝山陰合同銀行浜田支店長
漁獲量や消費量の減少が取りざたされ、斜陽産業とも目される水産業界だが、島根県浜田市に拠点を置く福田水産が健闘している。冷凍冷蔵庫などの積極的な設備投資と海外市場の開拓で、業界の退潮に抗して堅調な業績を維持。その背景には、月次決算をベースにした緻密な計数管理がある。
建築関係のエンジニアだった先代が、一念発起して島根県江津市で魚屋を創業したのは1955年。
「最初はいわゆる行商です。それと養殖業への飼料加工。建築だとお金になるのは数カ月先だけど、魚は仕入れてすぐに驚くほどの売り上げがあがるというのが父の転身の理由だったようです」と言うのは、2代目社長の福田稔氏だ。

福田稔社長
1.トリプルパンチに見舞われる
50〜60年代にかけては、「面白いほど」魚が獲れた。しかも高度成長時代。先代は、行商からスタートしてビジネスを拡大していき、2つの工場と500トンの冷凍冷蔵庫を増設するまでに成長。拠点も大きな漁港がある浜田市に移した。
こうして、順調に会社が成長していくのだが、80年代に福岡で大学生活を送っていた福田社長は、あまりピンときていなかったという。
「実は、若いころの私は魚屋になるつもりはまったくなく、クルマ屋になりたかったのです。モータリゼーション全盛の時代ですからね。そっちの方が格好良いし、より儲かるかなと……」
しかし、学業の合間に帰省し、家業の手伝いをするうちに、次第にその面白さに目覚めていく。「クルマも魚もユーザーに販売して喜んでいただくという意味では同じ」というわけだ。
当時、山陰のみならず全国で魚は大量に獲れていた。しかし一方で、福田社長が「大漁貧乏」と表現するように、ビジネスとしてみれば思いのほか儲からない。つまり、単価が安いのである。そうしたなか、「質の高い魚がたくさん獲れるのだから、なんらかの付加価値をつければ大きな勝負ができるビジネス」だと福田社長は感じ取った。
魚の場合は自然が相手。時化(しけ)が続けば漁獲量が減るし、獲りすぎても価格が下がってしまう。微妙なさじ加減が必要な部分も魅力に映った。
「入社以来、大量に仕入れた魚をいかに効率よく在庫を残さずに販売するかを、考え続けていた」なかで、福田社長は、冷凍庫を増設し、国内業者向け加工原料として販売、また養殖餌料としての提供にも力を入れた。
ところが、90年代から2000年代にかけて、漁獲の絶対量が漸減していくと同時に、食生活の変化によって魚の消費も落ち込んでいく。さらに、加工分野から中小事業者が撤退し、大手に寡占されるようになる。トリプルパンチである。
2.輸出ビジネスに活路
そうした逆風のなか、福田社長が活路を見いだしたのが輸出ビジネスだ。
「需要のじり貧は見えていましたからね。一方で、海外のマーケットでは日本の魚は鮮度が高く、管理体制もしっかりしていて安全・安心のイメージがあります。そこで、商社やさまざまな取引先を通じて海外の情報を収集しながら、なんとかビジネスにできないかと模索しました」
武器となったのが、近代的な冷凍冷蔵設備を背景とした福田社長の度胸とバイタリティー、そして「信用」である。輸出の場合には、国内と違い1,000トン単位のまとまった取引となる。魚さえあれば、大口のビジネスができるが、やはり輸送や契約関係など、一歩間違えば大けがをするリスクもある。
福田社長はサバ、ブリ、カワハギなど20種類もの魚を、浜田港だけでなく全国の市場を飛び回って仕入れ、商社や輸出業者などとわたりをつけながら輸出ビジネスを形にしていった。そのネットワークは次第に大きくなり、とくに水揚げの情報量は他の追随を許さぬほどになる。主な取引先はエジプトとベトナム。現状、年商の約8割が輸出での売り上げだ。海外で加工して国内に戻して販売するものまであるという。

サバ、ブリ、カワハギなど20種類の魚を扱う
冷凍冷蔵設備は本社のある工業団地内に3カ所あり、収容能力はなんと約8,000トンにのぼる。そこではマイナス25〜30度で厳密に魚を管理しており、数年間、品質を維持できる。市況を見ながら手持ちの在庫を放出することで、利益を最大化することができるというわけだ。
3.金融機関と信頼関係構築
「われわれは自然相手なので、先の読めないビジネスです。儲かるときもあれば赤字の時期もある。だからこそ、業績管理をきっちりと実践し、数字の見える化をしておかないと危ない」という福田社長。
たとえば今年の4月。わずか半月でカワハギを2億円分仕入れた。「しびれる」ほどの仕入れだったが、福田社長は果敢に勝負に出た。高額の仕入れ代金の大半はメインバンクである山陰合同銀行から借り入れた。なぜ、これほどの高額融資をタイムリーに調達できるのだろうか。
「そこは信頼関係です。当社では、良いときも悪いときも正確な業績を開示する体制ができています。たとえ単月で赤字であっても、魚さえ仕入れれば必ず利益を出す自信があるし、そのことを金融機関も納得していただいているということです」
同社のメインバンクである山陰合同銀行浜田支店の坪倉孝支店長は言う。
「企業と金融機関は、社長と支店長の1対1の信頼関係から始まると私は考えます。福田社長と私の関係性もそうで、コミュニケーションを重ねることで信頼を築いてきました。その背景には、福田水産さまが、“月次決算”を実践され、正直に業績を開示されていることがあります。これによって、われわれとしても安心して取引ができます。業績が悪くても、その理由が明確であり、リカバリー可能だと判断できれば融資を断る理由はありません」
逆に言えば、正確な数字が見えない状況だと、「貸したくても貸せない」というわけだ。ちなみに、山陰合同銀行にはTKCモニタリング情報サービスを通じて、福田水産の年次決算データが、申告と同時に送信されている。
さて、そうした金融機関との信頼関係のベースとなっているのが、近重勉税理士事務所の指導のもと行われている月次決算である。
経理を担当する福田市子取締役は言う。
「月次決算を行うことで、利益の状況やキャッシュフローなどがはっきりと見えるようになりました。やはり、会社の現状が見通せると精神的に安定しますよね。私が入社した頃はそうではありませんでしたから。当社は7月決算なのですが、今ではいつ決算を締めろと言われても対応できる自信があります」
4.在庫を武器にさらなる成長へ
近重勉顧問税理士が続ける。
「社長が日々の売り上げと在庫管理、奥さまが月次の財務管理と、お二人で力を合わせてしっかり経営されている印象です。月次決算もスピーディーに行われており、すばやい打ち手が打てるよう翌月の半ばには数字を確定できています。とくに限界利益を意識した経営を実践することで、利益体質を構築されてきました」
限界利益とは売上高から変動費(原価や外注費等)を引いた額。この増減をリアルタイムにチェックすることで、キャッシュフローのもととなる利益を生み出すことができる。
毎月の巡回監査を担当する近重事務所の河村直樹巡回監査士が言う。
「限界利益が下がれば、安く売りすぎなのでは、となり、在庫が増えすぎても資金繰りが心配です。大事なのはバランス。微妙なバランスを塩梅するには、月次でのタイムリーな業績管理が必須なのです」
既述の通り、福田水産には8,000トンの在庫能力があり、これが大きな強みとなっている。漁獲量が増えれば、できるだけ購入し冷凍保存した上で、市況を見ながら順次放出することが可能である。そのため、毎月の棚卸しはもちろん、タイムリーかつ正確な日々の在庫管理がポイントとなってくる。

8,000トンに上る収容量を誇る冷凍冷蔵設備
繰り返すが、同社のビジネスは自然相手だけに不確定要因が業績に大きく響く。ただ、そのリスクをできるだけ小さくするためにも、他社が嫌がる在庫を大量に確保しているのだ。
再び福田社長。
「在庫を確保するためには、当たり前ですが魚が必要です。そこで当社が重視しているのが情報量。全国の漁場から他社が知らない情報が当社に入ってくるのは、これまで培ってきた当社の信用力です。また、近重勉税理士事務所や金融機関との関係性も同じで、これもまた信頼関係、つまりは信用です。今後ともこれら“信用”を大事にしながら、成長していきたいと思っています」
地球温暖化や乱獲、環境汚染などで漁獲量の減少が取りざたされる昨今、福田水産の積極果敢な設備投資と市場開拓は、中小事業者が生き残るためのモデルケースと言えるかもしれない。
(取材協力・近重勉税理士事務所/本誌・高根文隆)
| 名称 | 福田水産株式会社 |
|---|---|
| 創業 | 1955年8月 |
| 所在地 | 島根県江津市和木町242 |
| 売上高 | 12億円 |
| 従業員数 | 23名 |
| URL | http://fukudasuisan.jp/smarts/index/0/ |
| 顧問税理士 |
近重勉税理士事務所
所長 近重勉 島根県浜田市殿町85-1 URL: https://www.office-chika.com |
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