「人が採れない」「せっかく採用してもすぐに辞めてしまう」「採用や教育のコストばかりが高騰していく」――。近年、多くの中小企業経営者がこうした悩みを抱えています。こうした「人」に関する課題を解決するための強力な武器となるのが、厚生労働省が提供する「雇用関係助成金」です。本記事では、雇用関係助成金の種類や受給の仕方などを解説します。
💡この記事のポイント
☑助成金は返済不要の資金支援
☑受給のための要件を満たすことで「働きやすい会社」になる
☑利用の際は専門家に相談しながら進める
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- 1.「雇用関係助成金」とは?
- 2.目的に応じた4つの助成金
- 3.申請から受給までの流れ
- 4.申請前に必ずチェック! 3つの注意点
- 5.まとめ
1.「雇用関係助成金」とは?
「助成金」という言葉を聞いて、経済産業省などが実施している「補助金」(IT導入補助金やものづくり補助金など)をイメージされる経営者の方も多いかもしれません。しかし、厚生労働省管轄の「雇用関係助成金」は、補助金とは異なります。
最大の違いは、その「財源」と「受給のしやすさ」です。雇用関係助成金の財源は、企業が毎月納めている「雇用保険料」の事業主負担分です。つまり、雇用保険に加入している適用事業所であれば、どの企業にも活用する権利があります。また、補助金が「あらかじめ予算枠があり、審査に通った企業が受給できる」という制度であるのに対し、雇用関係助成金は「一定の要件を満たし、正しく手続きを行えば原則として受給できる」という特徴があります。
雇用関係助成金を受給するメリットとして、次の3点が考えられます。
(1) 返済が不要
助成金は融資ではないため、返済の義務がありません。例えば100万円の助成金を受給した場合、営業利益率が10%の企業であれば、実質1,000万円の売上と同じくらいの効果があります。営業活動で1,000万円の売上をアップさせる労力を考えれば、この資金がいかに経営の助けになるかが実感できるのではないでしょうか。
(2) 労働環境が整備される
助成金を受給するためには、一定の要件を満たす必要があります。その要件は助成金により異なりますが、例えば法律に則った労務管理や社内制度の整備といったものです。結果として労働環境が整うことで、従業員は安心して業務に専念できるようになります。助成金の受給をきっかけに「働きやすい会社」になり、それが従業員のモチベーションアップや離職防止につながる可能性があります。
(3) 社会的信用度がアップする
要件をクリアして助成金を受給できたということは、国が「法令を遵守し、従業員を大切にしている企業」と認めた証拠です。近年、求職者が企業を選ぶ際、「労働法規を守っているクリーンな会社か」は非常に重要な判断基準となっています。助成金の受給実績は、その客観的な証明として機能し、採用活動時の大きなアピールポイントにもなる可能性があります。
2.目的に応じた4つの助成金
中小企業の社長が直面しやすい「4つの目的」に合わせて、2026年度(令和8年度)に、特に使いやすい代表的な助成金をご紹介します。
(1) 非正規社員を正社員にしたい・処遇を改善したい
→【キャリアアップ助成金(正社員化コースなど)】
パートやアルバイト、契約社員などの有期雇用労働者を「正社員」に転換し、賃金を3%以上アップさせた場合に受給できる助成金です。中小企業の場合、1人あたり最大80万円(重点支援対象者の場合)が支給されます。さらに2026年度からは、自社の採用サイト等で正社員転換の実績などを公開する「情報公表加算(20万円)」(1事業所1回限り)が新設され、採用と資金調達を同時に進めやすくなりました。
人材採用時に透明性の高い企業であることを社外にアピールすることで、優秀な人材の獲得に好影響を与える可能性があります。
(2) 社員のスキルアップ・研修を行いたい
→【人材開発支援助成金】
従業員に対して、職務に関連する専門的な知識やスキルを習得させるための研修(OJT・OFF-JT)を行った場合に、訓練経費や研修期間中の賃金の一部が助成されます。2026年度は、eラーニング・通信制研修の助成上限が明確化されたほか、ミドル・シニア層向けの訓練も拡充されるなど、社内のリスキリング(学び直し)を推進したい企業に最適です。
外部の専門機関を利用した高額な研修であっても、この助成金を活用することで、企業の持ち出しを大幅に軽減しながら、従業員の成長を促すことが可能になります。
(3) 社員の仕事と育児・介護の両立を支援したい
→【両立支援等助成金】
従業員が育児休業を取得した場合や、介護離職を防止するための制度を導入した場合などに支給される助成金です。「活躍していた従業員が、親の介護で突然辞めてしまった」「男性社員が育休を取りたいと言い出した」といった事態は、もはやどの中小企業にも起こり得ます。制度を整え、安心してライフイベントを迎えられる環境を提供することで、離職防止につながる可能性があります。
特に「出生時両立支援コース」は、昨今の男性育休推進の流れを受けて使い勝手が向上しており、2026年度には事実婚の労働者も対象に明記されるなど、多様な働き方を支援する企業へのバックアップが強化されています。
(4) 社員の給料アップや労働時間の短縮を行いたい
→【業務改善助成金】
直接従業員の雇用条件を改善するものではありませんが、会社の生産性を向上させるための設備投資(POSレジ導入、業務効率化システム、特殊車両の購入など)を行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合に、その設備投資費用の一部(最大600万円)が助成されるという制度です。
政府が定めている最低賃金の引き上げは、中小企業の経営を圧迫する大きな要因です。業務改善助成金は、「いずれ給料を上げなければならない」とお考えの経営者にとって、設備投資のコストを抑えながら賃上げを実現できる、非常にメリットの大きい制度です。
例えば、飲食業なら、自動配膳ロボットを導入して従業員の負担を減らし、浮いた労働力と時間で賃上げを実施する、といった前向きな設備投資と、従業員の待遇改善を同時に実現することができます。
3.申請から受給までの流れ
助成金を受け取るための、一般的な申請フローは以下の5ステップです。
| ステップ | プロセス | 経営者がやるべきこと・注意点 |
| Step 1 | 自社に合った助成金を探す | 解決したい課題(採用、育成、賃上げ等)を明確にし、対象となる助成金の要件を満たせるか(雇用保険の加入有無など)を確認します。 |
| Step 2 | 計画書の作成・提出 | 制度を導入したり研修を始めたりする前に、既定の通り計画書を提出し、認定を受ける必要があります(※一部、届出のみで良いものもあります)。 |
| Step 3 | 計画の実行(雇用、研修、制度の導入) | 提出した計画に沿って、実際に正社員転換や研修、就業規則の改定、設備投資などを実行します。 |
| Step 4 | 支給申請(実績の報告) | 計画の実行後、定められた期間内(通常は取り組みから数ヶ月後)に、賃金台帳や出勤簿などの書類を添えて支給申請を行います。 |
| Step 5 | 労働局の審査・受給 | 審査を通過すると「支給決定通知書」が届き、指定の口座に助成金が振り込まれます。 |
紹介した4つの助成金の具体的な流れは、次のとおりです。
(1) 【キャリアアップ助成金(正社員化コース)】の申請ステップ
非正規社員を正社員にする場合には、必ず以下の手順で行いましょう。
①キャリアアップ管理者の配置と計画の提出(事前)
社内に「キャリアアップ管理者」を1名配置し、3年〜5年間の「キャリアアップ計画」を作成して、管轄の労働局に提出します。
② 就業規則の改定(事前)
「どういう基準を満たせば正社員になれるのか」というルール(転換制度)を就業規則に明記し、労働基準監督署へ届け出ます。
③ 正社員への転換・賃金3%以上のアップ(実行)
就業規則のルールに従って面接や試験を行い、対象者を正社員へ転換します。この際、転換前の6ヶ月間と比べて、基本給などを3%以上アップさせる必要があります。
④ 6ヶ月間の給与支払い後、支給申請(事後)
正社員として6か月間雇用し、給与を支払った日の翌日から起算して2ヶ月以内に支給申請を行います。
(2) 【人材開発支援助成金】の申請ステップ
「社員が自発的に外部のITセミナーに行ってきたから、その費用を申請しよう」というのはNGです。会社としての計画的な育成であることが求められます。
①職業能力開発推進者の選任と計画の作成(事前)
社内の育成責任者(推進者)を決め、「事業内職業能力開発計画」を作成して従業員に周知します。
②訓練計画書の提出(事前)
研修が始まる1か月前までに、「誰に、いつ、どのような研修(eラーニング含む)を受けさせるか」という訓練計画届を労働局に提出します。
③研修の受講(実行)
計画通りに研修を受講してもらいます。受講中の時間は「労働時間」として扱い、通常の賃金を支払う必要があります。
④支給申請(事後)
研修終了日の翌日から起算して2か月以内に、受講証明書や領収書、賃金台帳などを添えて支給申請を行います。
(3) 両立支援等助成金(出生時両立支援コース)の申請ステップ
男性社員から「子どもが生まれるので、育休を取得したい」と言われて検討するのではなく、事前の環境整備が不可欠です。
①育児休業制度の導入と行動計画の策定(事前)
就業規則に育児休業の規定を設けておきます。
②社内への周知と面談の実施(事前)
男性労働者が育休を取得しやすい職場風土を作るための取り組み(研修など)を行い、対象となる男性労働者に対して個別の面談を実施して、育休の取得を後押しします。
③育児休業の取得(実行)
対象となる男性社員に、子の出生後8週間以内に連続5日以上の育児休業を取得してもらいます。
④支給申請(事後)
育児休業が終了し、職場復帰してから一定期間経過後に、支給申請を行います。
(4) 【業務改善助成金】の申請ステップ
業務改善助成金では、設備投資と賃上げの順番を間違えると受給できない場合があるため注意が必要です。
①改善計画と賃金引上計画の策定・提出(事前)
「どんな機械・システムを導入し、どのように生産性を高めるか」という業務改善計画と、「事業場内最低賃金をいくら引き上げるか」という計画をセットで労働局に提出します。
②交付決定通知の受け取り(待機)
労働局からの交付決定通知が届くまで待ちます。
③設備投資と賃上げの実施(実行)
交付決定通知を受け取った後に、発注・契約・納品・支払いを行います。同時に、計画通りに最低賃金の引き上げを実施します。
④支給申請(事後)
設備投資の支払いが完了し、引き上げ後の賃金を支払った後、期限内に実績報告と支給申請を行います。
4.申請前に必ずチェック! 3つの注意点
申請の際に失敗しないために、経営者が事前に把握しておくべき3つの注意点を解説します。
(1) 労働法規や要件の遵守
助成金の審査では、企業が労働基準法などの法律を守っているかが厳しくチェックされます。特に、「法定三帳簿」が正しく整備・運用されているかは重点的に確認されるようです。
・労働者名簿(従業員の基本情報を記したもの)
・出勤簿・タイムカード(労働時間や残業時間が正確に記録されているか)
・賃金台帳(残業代の未払いや、最低賃金割れがないか)
近年はこの審査が厳格化されており、たとえば過去の書類の不備で不支給となる事例も増えています。その他にも、固定残業代の計算が間違っていたり、タイムカードの打刻時間が実態と乖離していたりすると、審査の過程で労働基準監督署の是正勧告を受けるリスクもあります。
まず労務環境をきちんと整えることから始めましょう。
(2) 必ず事前に申請
前述の「キャリアアップ助成金(正社員化コースなど)」では、「先に正社員にしてしまったが、後から助成金の存在を知った」というケースも少なくありません。このケースでは、残念ながら助成金を受給できません。必ず「実行前」に行動を起こすことが鉄則です。
社長と現場の責任者、そして総務・人事担当者が連携し、「何か新しい制度を入れる前には、必ず助成金が使えるか確認する」というルールを社内に浸透させることが大切です。「来月からパートさんを正社員にしよう」「新しい研修を取り入れよう」と思い立った時点で、すぐに要件を確認し、実行前に労働局へ書類を提出する社内体制を整えておくことが不可欠です。
中小企業では、社長のトップダウンで急に物事を進めてしまいがちです。「あと数日待って書類を出していれば受給できたのに」という事態が生じないためにも、事前のチェック体制を確立しておきましょう。
(3) 受給までの期間に注意
助成金は先に受け取れるわけではありません。申請を行ってから実際に口座にお金が振り込まれるまでには、早くても数か月かかることもあります。そのため、明日明後日の支払いに充てる「当面の運転資金」として助成金を当てにするのは大変危険です。あくまで「中長期的な投資の回収」として捉えましょう。
5.まとめ
雇用関係助成金は、社員の待遇改善や企業の労働環境整備を国が資金面でサポートしてくれる、中小企業にとって非常にありがたい制度です。近年「賃上げ」や「情報公開の透明性」、「ミドル・シニア層の活用」、「男性育休の推進」など、国が中小企業に求める方向性が明確に表れています。助成金を活用してこれらの条件を満たすことは、単なる資金調達を超えた、強力な採用・定着力強化の取り組みとなり得ます。
一方で、助成金制度はその要件や金額が頻繁に変更され、複雑化しています。社長自身がすべてを抱え込むと、本業に支障が出てしまいかねません。スムーズに助成金を受給するためには、労務の専門家である「社会保険労務士(社労士)」へのご相談をおすすめします。もし相談できる社労士がいない場合には、顧問税理士に相談してもいいかもしれません。税理士は労務の専門家ではありませんが、税金は従業員の給与計算や社会保険料と密接にかかわっているため、顧問税理士が労務や助成金等にも詳しい可能性もあります。
まずは「うちの会社で使える助成金はないか?」という視点から調べてみて、専門家にも相談しながら、自社に最適な助成金を活用してみてはいかがでしょうか。
参考資料
・令和8年度 雇用・労働分野の助成金のご案内(簡略版)
・「労働条件等関係助成金」のご案内
・キャリアアップ助成金のご案内
・人材開発支援助成金 ポータルサイト
・令和8年度業務改善助成金のご案内
記事提供
株式会社TKC出版
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