2026年05月11日

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地球環境保全に貢献する「信大クリスタル®」の普及にまい進

地球環境保全に貢献する「信大クリスタル®」の普及にまい進

信州大学での研究を通して開発された結晶群「信大クリスタル®」。有害物質を除去しつつミネラル分を維持できるとあって、浄水分野で脚光を浴びている。画期的な結晶の研究活動をけん引しているのが手嶋勝弥氏だ。気鋭の研究者は、研究成果を社会実装につなげる「行動」に重きを置く。

(写真)手嶋勝弥氏

信州大学卓越教授 手嶋勝弥氏
てしま・かつや●1972年生まれ。信州大学工学部卒。名古屋大学大学院工学研究科修了。信州大学工学部助教、准教授などを経て現職。2018年日本フラックス成長研究会技術賞、19年に日本結晶成長学会技術賞などを受賞。信州大学学長特別補佐、同大アクア・リジェネレーション機構長も務める。

 「アースポジティブ」を合言葉に、フラックス法と呼ばれる技術で育成した結晶材料を研究しています。そもそも結晶とは、原子や分子などが規則正しく配列した固体をいいます。食塩や雪、ダイヤモンドなどが代表例です。

 一般的に結晶は、材料を融点まで加熱し融液化した後、冷却してつくります。一方、フラックス法では、原料をフラックス(溶媒)に溶かして析出(※1)させ、結晶化を図ります。この方法の利点は、融点より低い温度で結晶を生成できるところ。例えば、食塩を液体にする場合、約800度まで加熱する必要がありますが、溶媒である水に溶かせば、はるかに低い温度で液体にできます。エネルギー消費量を抑えられるため、環境調和型の結晶育成法といえるでしょう。加熱によるひずみが少なく、結晶本来の形を有する高品質の単結晶を生成できるのも特長です。

 フラックス法は1800年代から採用されているベーシックな技術で、研究者は国内外にいます。われわれの研究室は50年超の活動を通して、多様な結晶育成レシピを開発してきました。その数は300種類以上にのぼり、なかには数キログラム単位で量産できるものもあります。

※1 析出(せきしゅつ)…固体以外の状態にある物質が固体として現れる現象

1.革新的な浄水ボトル

 これらフラックス法によりつくった高品質の結晶群を「信大クリスタル®」と名付けています。信大クリスタル®の製品化第1弾は、重金属イオン吸着材である「三チタン酸ナトリウム」です。水に含まれる有害な重金属類を吸着除去できる特性を生かし、国内外での水の浄化活動に取り組んでいます。

 能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県珠洲市では、更地に井戸を掘り、湧き出た水の利用を目指しています。飲料水として使用するには、井戸水に含まれる鉄やマンガンといった有害物質を取り除かねばなりません。海水の流入による塩分濃度を下げる必要もあり、たびたび現地を訪問し、解決策を研究しているところです。

 2018年には浜松市の住宅設備会社とタッグを組み、水の重金属類を吸着除去できる携帯型浄水ボトル「NaTiO」を発売しました。日本は水道水をそのまま飲むことのできる世界的に珍しい国のひとつです。

 ナティオの利用方法はいたって簡単で、ボトルに水道水を注ぎ、フィルターを押し下げるだけでおいしい水に早変わりします。秘密はフィルターにあります。塩素を取り除く活性炭と、水道管などから溶出する可能性のある重金属を吸着する結晶を搭載しているのです。性能を担保しつつ、フィルターをプレスして使用する仕組みを考案。開発に着手してから製品化にいたるまで10年ほどかかりました。日々使用する水筒の代わりとして、あるいは旅行先等の給水スタンドでの利用を見込んでいます。

 信大クリスタル®で浄化した水は、日本酒の仕込み水としても活用されています。長野県中野市の酒造会社が販売する「勢正宗信大仕込み」がそれです。日本酒造りに用いられる仕込み水には、極めて厳格な水質基準が定められています。鉄、マンガン等の重金属成分が含まれていると、着色や雑味につながるおそれがあるため、除去する必要があります。一般的な浄水器には重金属成分だけでなく、酵母の活動を促すマグネシウム等のミネラル分も除去してしまう欠点がありました。

2.工業、医療分野への応用も

 信大クリスタル®の持つ優れた特徴のひとつに「選択性」があります。水を信大クリスタル®で浄化すると、重金属成分を吸着除去する一方、ミネラル分は残すことができるのです。"地産水"といわれますが、水の味には土地ごとに個性があります。地産水の個性を引き出す浄水ソリューションの提案を通して、日本酒のほかクラフトビールやみそづくりなどで活用される例も積み上がってきました。さらに、給水スポット「swee」の普及にも取り組んでいて、長野県内をはじめ全国50カ所以上に設置されています。マイボトルを持参すれば、信大クリスタル®で浄化された地産水を無料で味わってもらえます。

 そもそも結晶に興味を持ったのは高校生のときです。野球を練習していた際に前歯を折ってしまい、父が歯科技工士を務める歯科医院で治療を受けました。半分になった前歯に詰められたのが、ハイドロキシアパタイトの顆粒です。この顆粒には、歯の組織を再生する機能があると知り、化学への興味ががぜん高まりました。信州大学工学部で物質工学科に進み、骨や歯の主要成分であるアパタイトの結晶づくりに取りかかりました。以来、30年以上にわたり結晶研究に携わっています。

 結晶の魅力は、物質の持つ性質が顕著に表れるところにあります。なかでも、原子や分子などが3次元で規則正しく並ぶ物質は単結晶と呼ばれ、純度の高さから半導体シリコンや宝石製造に欠かせません。信大クリスタル®の応用領域は浄水にとどまらず、いまや多種多様な産業へ広がっています。例えば、電気自動車に搭載するリチウムイオン二次電池(LIB)材料の開発があります。フラックス法により育成した「コバルト酸リチウム」などを活用して、スムーズなリチウムイオン伝導に役立てています。フラックス法は自形(※2)の発達した、きれいな結晶材料をつくれるため、LIBの性能向上につながるのです。

 また、医療分野では、フラックス法の原理を応用したフラックスコーティングというコーティング技術を開発しました。さまざまな基材の特性を保持しつつ、結晶膜を生成できるのがこの技術の特徴です。樹脂の表面をコーティング処理することで、人工関節を骨になじませやすくするといった活用法が考えられます。

※2 自形…鉱物特有の結晶面がよく発達している状態

3.みずから行動しよう

 われわれが目下注力しているのは、AI(人工知能)とロボットを活用した研究開発です。フラックス法による結晶育成に拍車をかけるべく、21年に「データ駆動型AIラボ」を設立しました。研究室ではこれまで膨大な実験を繰り返し、結晶育成のノウハウを蓄積してきました。ただ、研究者個人の経験と勘に頼ってきた面は否めません。実験条件は、現実空間と仮想空間を合わせると1億を超え、人間が行える実験はわずかです。こうした制約を打破するべく、高性能材料と最適解を導き出す「フラックスプロセスインフォマティクス」というAIを独自に開発。自律型ロボットをかけ合わせ、自動実験システムの構築・運用を少しずつ開始しています。

 どんなに優れた研究成果を残しても、世の中の役に立たなければ意味がありません。そのためには、行動を起こすことが大切です。アフリカや東南アジア諸国で水問題の解決に取り組んでいるのもその一環です。私の研究活動の根幹にある考え方はアースポジティブ、すなわち地球再生にほかなりません。昨年開催された大阪・関西万博でも「swee」を設置し来場者に地産水のおいしさを体験してもらいましたが、そこで掲げたのは「水から(自ら)始めよう」というスローガンでした。

 浄水、電池、医療……信大クリスタル®は人類の抱える環境、エネルギー問題の解決策として無限の可能性を秘めています。研究成果を社会に橋渡しする行動にこだわり、一人でも多くの賛同者を増やしていきたいと考えています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2026年5月号

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 発行部数13万超(2025年9月現在)。TKC会計人が現場で行う経営助言のノウハウをベースに、独自の切り口と徹底した取材で、真に有用な情報だけを厳選して提供しています。

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