M&Aは事業承継の有効な選択肢の一つとして広く知られています。しかし、後継者がいないために第三者への親族外承継(M&A)を検討し始める中小企業経営者にとっては、多くの疑問や不安が生じるものです。「自社はそもそもM&Aが可能なのか」「株式譲渡や事業譲渡など、どの方法が適しているのか」「どのくらいの価格で譲渡できるのか」「譲受先をどう探せばよいのか」「譲受先とは何を、どのように交渉すればよいのか」など、M&Aによる事業の引き継ぎは多くの経営者にとって初めての経験のため、不安や疑問を抱くのは自然なことです。また、M&Aの検討自体が無用な心配を招く恐れから、従業員や役員にも相談できず、経営者が孤独に判断を下さざるを得ないケースも少なくありません。そこで本稿では、M&Aを進める前に確認しておきたいポイントを整理します。
M&Aに関する情報は多いですが、まずは中小企業庁が作成した「中小M&Aガイドライン――第三者への円滑な事業引継ぎに向けて――」をお読みいただくことをおすすめします。「M&Aに関する意識、知識、経験がない後継者不在の中小企業の経営者の背中を押し、M&Aを適切な形で進めるための手引きを示す」目的で作成されたこのガイドラインは2部構成になっており、譲り渡し側経営者向けに書かれた前半部分では、用語解説や事例、事前準備、M&A支援機関の選定、企業価値評価、譲り受け側の選定、交渉、その後の手続きに至るまでの流れに沿って、初めて経験される方にも分かりやすく解説されています。
特に、M&Aにおける譲り渡し側のリスク対策として、金融機関等に対する経営者保証の扱いや留意点等をあらかじめ知っておくことはとても重要です。
1.M&A支援機関選びの注意点
2024年、親族外承継を検討する経営者を不安に陥れる事案が発生しました。ある不適切な譲り受け側企業が、譲り渡し側とのM&Aを実施した後、譲り渡し側企業から資金を吸い取る一方、経営者保証を外すことなく、負債を残したまま連絡を絶つ手口を繰り返すという詐欺事件を起こしたのです。この事件をきっかけに経済産業省は、M&Aを検討する経営者向けに、M&A支援機関の選定・契約時の確認事項として「M&A支援機関登録制度の登録を受けている者の中から選定する」よう注意喚起しました。
M&A支援機関登録制度とは、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するために中小企業庁が21年に創設した制度です。M&A支援機関は登録にあたり、中小M&Aガイドラインの順守宣言や報酬体系、業務内容等の公表が求められ、現在約3,000件が登録されています。
また事業承継・M&A補助金(専門家活用枠)では、M&A登録支援機関の活用に係る費用(ファイナンシャル・アドバイザー費用や仲介費用等に限る)について、あらかじめ同制度に登録されたM&A支援機関の提供する支援に係るもののみ補助対象とされています。登録を受けているM&A支援機関は、登録支援機関データベースで社名検索が可能です。
2.「仲介方式」と「FA方式」
M&A支援の方式について多くの方が思い浮かべるのは「仲介方式」ではないかと思います。M&Aを支援する業種が「M&A仲介業」と言われることが一般化しているように、実際に多くのM&A支援専門会社や金融機関等が「仲介方式」を採用しています。しかし、もう一つの方式として「ファイナンシャル・アドバイザー(方式)」(以下、FA方式)が存在します。

「仲介方式」は譲り渡し側、譲り受け側双方と契約を締結し、仲介者は双方から手数料を受領する契約で、「FA方式」は、その一方当事者とだけ契約を締結し、手数料も一方からだけ受領する契約です。つまり、「仲介」は、双方の立場で支援するのに対し、「FA方式」は、一方当事者の立場で支援する違いがあります。譲り渡し側経営者には、まずは二つの方式が存在するということ自体を知っていただき、その上で自社に合った方式を採用するM&A支援機関を選択することが重要です。
仲介方式のM&A登録支援機関は、仲介契約締結前に譲り渡し側に対し、仲介方式の利益相反リスクの排除のための対応策などの契約に係る重要な事項について明確な説明を行い、その内容を記載した書面(電磁的な方法による提供を含む)を交付しなければならないとされています。仲介方式を採用する場合は、最低限このステップを確実に踏むことが重要です。
前述した詐欺事件を端緒に、M&A登録支援機関には譲り受け側の事前調査も義務付けられました。M&Aは、譲り受け側が譲り渡し側に対し、財務、税務、法務、ビジネス面のデューデリジェンス(買収監査)を実施しリスクを事前確認するのが常識です。ところが今後は、譲り渡し側も譲り受け側の財政状態、コンプライアンス、M&Aに関する過去のトラブルの有無等を確認することになります。
M&A支援機関の民間団体である一般社団法人M&A支援機関協会では、一定の条件で掲載される「特定事業者リスト」(不適切な譲り受け側リスト)を情報共有する運用を開始しています。M&A登録支援機関から提供される情報をもとに最終判断を下す責任は経営者自身にありますが、これまでのM&Aの常識が大きく変化していることを理解することが重要です。
3.まずは顧問会計事務所に相談を
とはいっても、いきなりM&A支援機関に相談することに大きな抵抗を感じる経営者も少なくないと思います。その場合、一番身近で自社の歴史、事業内容、業績や財務状況に精通している顧問会計事務所へまず相談してみるのがよいのではないでしょうか。M&Aの検討過程ではさまざまな税務判断が必要となります。顧問会計事務所の伴走は、その点でも大きな安心感につながると思います。
事業承継の選択肢の一つとしてM&Aが広く認知されると共に、さまざまなトラブルも発生していますが、国の対策が本格化していることも事実です。確かな情報をつかんで重要な決断を慎重に進めていただくことが大切です。
掲載:『戦略経営者』2026年2月号
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