2025年12月01日

中小企業のスポーツ支援 企業によるスポーツ支援の経済効果と社会的意義

中小企業のスポーツ支援 企業によるスポーツ支援の経済効果と社会的意義
大阪大学大学院 経済学研究科 教授 佐々木 勝
ささき・まさる●1998年ジョージタウン大学より博士号取得(Ph.D in Economics)。世界銀行コンサルタント、アジア開発銀行エコノミストを経て2012年から現職。専門は労働経済学。スポーツ経済学など幅広い研究を行っており、著者に『経済学者が語るスポーツの力』(有斐閣)がある。

地元のスポーツチームや選手の支援、アスリート雇用などを積極的に行っている中小企業がある。企業イメージの向上や社員のモチベーションアップ、選手やチームが活躍したときの宣伝効果などメリットは意外に大きい。その実態に迫った。

佐々木 勝 氏

──企業がスポーツ支援を行う動機は何ですか。

佐々木 大きく分けて4つあります。まずは従業員の健康促進。スポーツ支援を通じて社員の健康意識が高まり、自ら運動に取り組んだり食生活を見直したりすることで健康が保たれ、結果的に生産性の向上につながる効果が期待できます。2点目は広告効果。地元のスポーツチームを支援することで、企業のロゴがユニフォームや会場内の看板などに掲示され、地域社会での認知度が高まります。三つ目はCSR(企業の社会的責任)を果たす一つの行動であるということ。地域貢献の一環としてスポーツ支援を行うことで、企業イメージの向上が期待できます。そして最後は、従業員のモラール(士気)向上です。アスリート社員を採用している企業では、その存在が職場に刺激を与え、一般社員に対し、「自分も頑張ろう」という気持ちを引き出す効果(ピア効果)があることが明らかになっています。また経営者はこのモラール向上と同時に、従業員間の一体感の醸成、組織への帰属意識の高まりも期待していると考えられます。

企業がスポーツ支援を行う理由

1.士気を高める「ピア効果」

──ピア効果について詳しく教えてください。

佐々木 ピア効果とは、周囲の人の行動や成果が自分の意欲や行動に影響を与える現象のことを言います。ある企業が支援しているアスリートが大会で活躍すると、同僚の社員は「自分も頑張らなければ」と感じるようになります。これは職場のモラール向上につながり、組織全体の生産性にも良い影響を与えます。2013年に私が行った大手自動車メーカーを対象とした研究では、アンケート調査を通じてアスリート社員の存在が周囲のモチベーションを高めることが定量的に確認されました。

――研究の概要について教えてください。

佐々木 同社が強化していた野球、ラグビー、駅伝チームの勝敗が従業員の労働意欲にどんな影響を与えるか分析しました。勝利時には約3割の従業員が意欲の向上を感じ、特に同じ部署に選手がいる場合はその割合が大幅に上昇(最大で17.3%)しました。一方、チームが負けた時の意欲低下は勝ったときに比べて低く(7~10%)、同じ部署に選手がいる場合でも同様にその影響度は小さいことが分かったのです。アスリート社員の存在が従業員の労働意欲に非対称的に影響するという結果から、従業員は同僚の選手の勝ち負けにこだわっているのではなく、頑張る姿に共感しているということが考えられます。

──会社を挙げて応援できるチームがあることが士気向上につながるのは分かります。しかし今、実業団チームは減ってきているのではないでしょうか。

佐々木 そうですね。企業によるスポーツ支援の環境は厳しくなっています。企業スポーツは当初、従業員の健康促進やレクリエーションを目的としていましたが、1964年の東京オリンピックを契機に、オリンピック選手の輩出を目指した強化へ転換。選手やクラブは広告塔として活用され、都市対抗野球などでプロを目指す選手も増加しました。しかし、90年代のバブル崩壊後、野球やバレーボール、バスケットボールなど経費負担の大きい団体競技を中心に企業の撤退が相次ぎました。ITの進展で広報手段が多様化したことも、スポーツ支援の必要性が低下した一因と言えます。結果、企業チームは減少し、地域クラブへの移行が進んでいます。

2.技術力広めるチャンスも

──そもそも中小企業では自前でスポーツチームを持つことも難しいと思います。

佐々木 実業団のスポーツチームを自社で抱えるのには莫大な費用が必要です。それが可能な大企業とは異なり、中小企業がチームを保有するのは確かに難しいでしょう。しかしスポンサーとして地域に根差したプロチームに関わることは十分可能です。実際サッカーJリーグの下部組織や男子プロバスケットボールBリーグの地方チームなどでは、地元企業の支援が重要な役割を果たしています。ユニフォームに企業名が表示されることのPR効果は大きいでしょうし、地元密着型の支援を行っている企業として認知度も高まります。地域貢献に直接つながる取り組みであることから、社員の士気向上や顧客との結びつきにも良い影響があると思います。

──大手企業のスポーツ支援が周辺に与える影響はありますか。

佐々木 企業によるスポーツ支援には、経済学的にいう「正の外部性」の効果が存在します。企業は自社の利益を最大化するために支援水準を決定しますが、その効果は他の企業や社会にも波及します。例えば、選手の活躍は企業の知名度向上や従業員のモラール改善に加え、用具メーカーの技術力を広く知らしめる効果も生みます。しかしこうした外部効果は市場で価格付けされるわけではないので、なかなか数字で把握することはできません。具体例をあげると、04年に日本初の障害者スキー実業団チームを設立した日立ソリューションズでは現在、車いす陸上競技選手も加わった「チームAURORA」をサポートしています。同チームの選手は社員として業務に従事しており、その活躍は社内の一体感や帰属意識を高めています。
 トヨタ自動車もピョンチャンパラリンピックで同社所属選手を含む12カ国25人の選手を「チーム・トヨタ・アスリート」として支援しました。障害者スポーツに関する両社の取り組みの大きな目的はCSRですが、選手が使用するスキーチェアや義肢を開発した日進医療器や川村義肢など関連会社の技術力が大きく注目され、業績向上に寄与しました。こうした事例は、企業のスポーツ支援が、協力企業を含めた社会全体に利益をもたらすことを示しています。この「正の外部性」の効果が中小企業に及ぶ可能性ももちろんあります。自分たちの技術がオリンピックで使われるとなれば、従業員が誇りに思いますし、新製品の開発につながるかもしれません。東京・大田区の町工場が立ち上げた「下町ボブスレープロジェクト」のように、単なるスポーツ支援の域を超え、自社の技術力を社会に示す絶好の機会になりえると思います。

3.選手の「非認知スキル」に脚光

──支援のありかたの一つとしてアスリート雇用がありますが、スポーツ経験者の「非認知スキル」がビジネスに生きると著書のなかで言及されています。

佐々木 近年経済学で注目されているのが国語や数学など学校の勉強で身に付く「認知スキル」とは別の「非認知スキル」です。非認知スキルは、我慢強さや協調性、自己規律・管理能力、統率力、忍耐力、闘争心、気配り、思いやりなどの学力とは別の一連の能力を指します。スポーツ活動は、この非認知スキルが自然に育まれる場のひとつです。集団競技では協調性や規律が養われ、厳しい練習で忍耐力や闘争心が鍛えられます。キャプテン経験は統率力を、マネージャー経験は気配りを育てます。勝敗を通じて思いやりも身につきます。これらは企業で信頼を得て昇進や高収入につながる力であり、人的資本の一部と考えられます。
 近年の研究では、認知スキルだけでなく非認知スキルが労働市場での成功に大きく影響することが示されており、米国の大学生を対象にしたある研究結果によると、運動部経験者のほうが未経験者より卒業率や就職後の所得が高く、賃金は最大で15%多かったといいます。スポーツで培った非認知スキルを持つ人材が企業の成長に寄与する可能性がある、という経営者の判断には一理あります。ただし、非認知スキルはスポーツ以外の経験によっても養われるものです。

スポーツで身に付く非認知スキル

──高齢者のスポーツ参加による介護費用の抑制可能性についても触れられていました。

佐々木 高齢社会のフロントランナーである日本において、社会保障費の負担をいかに軽減していくかは依然として大きなテーマとなっています。横断的な学術研究プロジェクトである日本老年学的評価研究(JAGES)で報告されたある研究では、06年から11年間にわたって65歳以上の高齢者を対象に行った追跡調査で、少なくとも週1回以上スポーツクラブに参加している人の平均要介護期間は、まったくしていない人に比べ6.5カ月短くなったことが分かりました。11年間累積した1人当たりの介護費用で推定すると、その差は61万円でした。スポーツ活動への参加を通じ、健康的に自立した生活を送れる「健康寿命」を引き上げることができれば、社会保障費の負担軽減に貢献できるといえます。「1億総スポーツ社会」(第2期スポーツ計画)のスローガンを掲げるなど国が国民のスポーツ参加を推進する理由の一つがそこにあると考えています。

──社会課題の解決という文脈でビジネスチャンスも生まれそうですね。

佐々木 実は年代別の運動実施率のデータをみると、60歳代と70歳代の運動実施率は全世代平均を上回っています。これはウオーキングや階段昇降など、運動強度がそれほど強くない運動を多くしているからです。むしろ仕事や生活に忙しい現役世代の40歳代、50歳代の参加率が相対的に低くなっていることから、将来的な介護予防や健康寿命の観点を考えると、今後はこれらの世代のスポーツ支援が重要なターゲットになってくるかもしれません。

性年代別スポーツ実施率(週1日以上)

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2025年12月号

年商50億円を目指す企業の情報誌 戦略経営者

記事提供

戦略経営者

 『戦略経営者』は、中堅・中小企業の経営者の皆さまの戦略思考と経営マインドを鼓舞し、応援する経営情報誌です。
 「TKC全国会」に加盟する税理士・公認会計士の関与先企業の経営者を読者対象に、1986年9月に創刊されました。
 発行部数13万超(2025年9月現在)。TKC会計人が現場で行う経営助言のノウハウをベースに、独自の切り口と徹底した取材で、真に有用な情報だけを厳選して提供しています。