2025年11月04日

自社株式の生前贈与

自社株式の生前贈与

💡この記事のポイント
 ☑自社株式の承継コストは「贈与税と相続税の合計額」で考える
 ☑基礎控除額を超えて贈与を行う場合、贈与税の納税資金をどう確保するかを検討しなければならない
 ☑贈与のタイミング(決算期の前後のいつにするか)を見極めることが大切
 ☑暦年課税であれ相続時精算課税であれ、贈与までに自社株式の評価引き下げ対策を実行しておくことが肝要
 ☑種類株式等を活用すれば「支配すれども所有せず」の視点で自社株式の生前贈与が可能

1.はじめに

 中小企業において、自社株式は経営権と企業価値を象徴する重要な資産です。自社株式の承継方法を誤れば、後継者の負担が増すだけでなく、会社の存続にも危機を招きかねません。何の対策も講じずに相続発生時に一度に株式を移転すると、相続税額が高額となり後継者の納税負担が過大となります。結果的に、株式の分散による経営権の対立や、株式評価の大きさから生じる「不公平感」など、相続人同士での調整が必要となる可能性があります。
 こうしたリスクを軽減する手段として注目されるのが「生前贈与」です。生前に計画的に株式を移転することで、税負担を分散させ、スムーズに後継者に経営権を集中させることができます。本記事では、自社株式の生前贈与にあたって押さえておくべきポイントや制度の活用方法を解説します。

2.自社株式を生前贈与する前に注意したいこと

(1) 「どこまで贈与するか」を考える

 贈与といえば基礎控除額の110万円までという認識をお持ちの方が多いですが、110万円を超える贈与をしても問題はありません。ただし、110万円を超える贈与を行った場合は贈与税がかかってくるため、税金を支払ってでも贈与するかどうかの判断になります。その判断は、その贈与税額が将来発生する相続税額より安いかどうかによります。贈与税は「相続税の前払い」といわれますが「贈与税額=相続税額」となるわけではありません。自社株式を贈与しておくことで「相続税負担を大きく軽減させる」という効果も期待できます。
 下のイメージ図のように、生前贈与によって相続税の累進税率の上積み税率が適用される部分の財産が移転し、贈与税の累進税率の下積み税率によって計算した贈与税の負担で済むこともあります。そのため、贈与税と相続税の合計額で財産の承継コストを考えるようにすることが対策を実行していく上でのポイントです。


■負担税率(暦年贈与)のイメージ図

暦年贈与の負担税率のイメージ図

 具体的にどのくらいの金額までならば相続税より贈与税の方が安いのかというのは、その人の財産の大きさや法定相続人の数などによって異なります。ただ、相続まで財産の移転を持ち越すのは、相続税の方が安い場合であっても、遺産分割や相続税の納税で家族に負担を残すことになり、気掛かりになる人もいると思います。その場合には、贈与税が少しばかり高くついても、生前に問題を解決してしまう方が安心だともいえます。
 仮に現経営者が自社株式以外にも不動産や有価証券を多数持っている場合は、万が一相続が発生した場合には多額の相続税がかかります。相続人の数が少なければ、相続人にとって遺産分割や相続税の納税の負担は大きくなるでしょう。少しでも相続時の負担を軽くするために、早くから自社株式の贈与を始めておくのは大きな相続対策になります。
 ただし、自社株式を贈与した場合、贈与税を支払うのは受贈者(贈与を受ける人)であるため、後継者が資金繰りに困ることにもなりかねません。自社株式を贈与する場合、贈与税を納めるための資金をどのように確保するかも検討しておく必要があります。

(2) 自社株式の評価額を把握しておく

 また、贈与する際には、評価額がおよそいくらで、贈与税をいくら払う必要があるのかをよく検討しなければなりません。なお、自社株式を評価する際、同族株主に該当するかどうかの判断は「贈与があった後の持株割合」によります。現経営者が所有している株式であっても、子がもらう場合は原則的な評価額となりますし、従業員等の第三者がもらう場合には、特例的評価額となります。現行の持株割合で判断することのないように注意しましょう。
 なお、自社株式の相続税評価額の計算方法については、以下の記事をご参照ください。
《参考》相続対策で自社株評価を引き下げる方法

(3) 特例事業承継税制の適用が可能かどうかを検討する

 後継者への自社株式の贈与に際し、特例事業承継税制の適用を受ければ、株数の制限なく、贈与された全株式にかかる贈与税については全額が納税猶予され、相続時に課税財産に加算されます。また、相続時に一定の要件を満たしていれば、贈与税の納税猶予から相続税の納税猶予に切り替えることができ、相続税についても全額が猶予されることとなります。
 ただし、特例事業承継税制の適用期限は目前に迫っています。2026年3⽉31⽇までに特例承継計画を都道府県庁に提出し、2027年12月31日までに株式を贈与しなければ特例事業承継税制の適用を受けることはできません。検討の上で、適用を受けたい場合には早急に税理士等の専門家に相談して特例承継計画の策定を進めましょう。

(4) 贈与のタイミング(決算期の前後のいつにするか)を検討する

 贈与する場合、いつ贈与するか、そのタイミングを見極めることが大切です。贈与をする日によって、株式評価の比準要素や基準となる事業年度が異なることがあるからです。  純資産価額は贈与日の相続税評価額(一般的には前期末を基準とする)になります。類似業種比準価額は、当年の決算を迎える前の贈与であれば、前年の決算数値を基準に株式評価をします。また、決算を迎えた後の贈与であれば、その決算期の数値を基準に株式評価をすることとなります。これらを考慮して、いつ贈与するかをよく検討しましょう。

3.暦年課税か相続時精算課税かの選択

 現経営者が後継者に保有している自社株式を無償で譲渡すると贈与税が課税されますが、贈与税には暦年課税と相続時精算課税の二つの課税方式があり、いずれかを選択できます。事業承継における選択の基本的な考え方について解説します。
 なお、相続時精算課税制度の概要については以下の記事をご参照ください。
《参考》暦年課税と相続時精算課税、どちらが有利?

(1) 自社株式総額が高額でない場合

 自社株式の評価額の総額が高額でなければ、長期間にわたって暦年課税で後継者に贈与することで対策できる例もあります。
 自社株式の評価額の総額が5,000万円で後継者が18歳以上だとすると、毎年500万円の贈与を10年繰り返せば、年間48.5万円の贈与税(下の算式を参照)の10年分、合計485万円の贈与税額で対策が完了します。


(500万円-110万円)×15%-10万円=48.5万円


 もっとも、評価額が上昇すると所要年数が長くなりますし、先代経営者が高齢であれば長期間にわたっての贈与が難しい場合もあります。贈与完了後7年を経過すれば相続財産に加算されませんので、早期に実行することが肝心です。

(2) 自社株式の評価額が高額かつ高騰中で、経営者の相続財産総額も高額の場合

 会社の業績が非常に好調で毎年自社株式の評価額が大幅に上昇していると、放置すればするほど相続税負担が高額となります。この場合には、相続財産に加算されたとしても、贈与時点での評価額で加算されるため、評価額が上昇する前に自社株式を贈与し相続時精算課税を選択するという方法が考えられます。

 以上が課税方式を選択するときの基本的な考え方になります。
 暦年課税であれ相続時精算課税であれ、贈与をするまでに自社株式の評価引き下げ対策を実行しておくことが肝要です。
 続いて、賢い生前贈与の進め方について具体的に確認していきましょう。


4.自社株式の賢い生前贈与の進め方

 生前贈与を進める際には、まず相続税評価額を引き下げる対策を実行する(例えば、役員退職金を支払うことで株価を引き下げる)、世代飛ばしの贈与(孫などへの贈与でも相続税のように2割加算の規定の適用がない)も検討する、議決権が分散しないように非後継者へは、無議決権の株式を贈与する等の方法が考えられます。本記事では2つの方法を取り上げて説明していきます。


(1) 相続時精算課税を活用して「株価上昇」による相続税負担リスクを回避

 例えば、代表取締役の父が大半の自社株式を所有している場合で、父の相続により、事業を承継しない者に自社株式が分散されてしまうと、会社の意思決定がスムーズに運ばず、会社経営に支障がでることが予想されます。
 そこで、事業を承継させたいと考える後継者である子に、父の生前にその自社株式を相続時精算課税によって贈与すれば、贈与時の贈与税を軽減させながら、後継者の経営権を確保してあげることができます。遺留分侵害額請求があれば、遺留分を侵害する限度において遺贈はその効力を失いますが、受遺者は、相当価額の弁償をすることの合意が得られると、現物返還義務を免れることができます。
 なお、相続税の計算において、相続財産と合算する贈与財産の価額は、贈与時の価額とされています。
 そこで、評価会社の1株当たりの利益金額が大きいために類似業種比準価額が高いことが自社株式の相続税評価額を引き上げている原因となっているときには、1株当たりの利益金額を引き下げる工夫(例えば、役員退職金の支払いなど)からはじめます。そして、株価が下落したときに相続時精算課税により後継者に一括して贈与することで、その後の1株当たりの利益金額が大きくなって株価が上昇しても、その影響を受けずに相続することが可能となります。
 なお、相続時精算課税の適用を受けることができる者は、納税猶予分の贈与税額の計算において、相続時精算課税によることができます。そのため、贈与税の納税猶予による相続時精算課税を選択するか、一般の相続時精算課税による贈与かの検討が必要となります。


(2) 種類株式等を活用して「支配すれども所有せず」を実現

 例えば、現経営者(父)が所有する自社株式の相続税評価額を引き下げて、後継者(長男)に生前贈与などの方法で移転しても「後継者を育てることも含めて、ようやく事業承継が終わった」と安心するのはまだ早いです。
 万が一、その後継者が現経営者よりも先に死亡した場合、後継者に妻や子がいれば妻や子が相続人となり、現経営者は相続人ではないため、自社株式を相続することができないからです。これでは会社の経営に関与できず、現経営者も会社の将来に不安を持ってしまうでしょう。
 その不安を解消するためには「支配すれども所有せず」という視点で自社株式を贈与することを検討することが必要です。「支配すれども所有せず」を実現するためには、信託による方法や会社法に規定する種類株式等の活用が考えられます。具体的には、父が所有する自社株式を後継者へ生前に移転するものの、父に議決権を残す方法を検証します。

①信託の活用

 信託を活用して、自社株式を「受益権」と「議決権行使の指図権」に分離して、受益権は子へ贈与等を行い、議決権行使の指図権は父が保有しておく。

②拒否権付種類株式の保有

 拒否権付種類株式(株主総会や取締役会のすべての事項に拒否権を与えることも、一部の決議事項〈例えば、合併決議など会社再編にかかわる事項〉についてだけ拒否権を与えることも可能)を父が保有する。

③議決権の制限のない株式の保有

 議決権制限株式(例えば無議決権株式)に組み換えて、子へその株式の贈与等を行い、父は議決権の制限のない株式(普通株式)を保有しておく。

④定款に規定を設ける

 属人的株式に関する規定を定款に設け、父が所有する株式にだけ相当数の議決権を有する(例えば、父が保有している株式は、1株について50個の議決権があるなど)ようにしておく。

■種類株式と属人的株式の差異

種類株式と属人的株式を比較した表

 例えば、父が100%(発行済株式数100株)所有する会社の株式を、属人的定めによって、「父および母が所有する株式について、1株当たり100個の議決権を有する」ものとした上で、母へ1株、長男へ98株を生前贈与することとします。この場合、議決権数の変化は次のようになります。

■議決権数の変化(属人的株式を規定した後に贈与を行った場合)

贈与前と贈与後の議決権数の変化を示した表

 このように所有株式の大半は、長男へ贈与によって移転していますが、議決権は父および母で過半数を有することとなり「支配すれども所有せず」を実現することができます。

(3) 証拠書類・株主名簿の保管と整備

 なお、相続税の税務調査において、自社株式の相続税評価額が高額な株式等については、株式等の名義人にとらわれずに実質所有者は誰かということについて精査される可能性が高いといえます。
 そのため、自社株式の移転に当たっては、移転の事実を明確に説明できるような証拠書類(株式譲渡制限会社においては、株式譲渡等に関する承認決議など所定の議事録等、贈与契約書、贈与税の申告書等)を完備し、法人税申告書別表二(株主欄)を変更するようにし、かつ、株主名簿の整備も怠りなく行うようにしておきましょう。


5.まとめ

 自社株式の生前贈与は、単なる税負担の軽減策にとどまらず、会社の未来を守る戦略的な選択肢といえます。贈与税や相続税の仕組みは複雑であり、最適な方法は会社の業績や自社株式の評価額の動向、経営者や後継者の状況によって大きく異なります。
 だからこそ、経営者自身が「いつ・どのように株式を移転するか」を主体的に判断し、専門家の助言を得ながら進めることが不可欠です。計画的に実行することで、後継者へのスムーズなバトンタッチと、会社の持続的な成長を両立させることができます。
 生前贈与による自社株式の移転を図ることで、後継者に経営権を集中させ、複数の相続人による経営方針の対立や議決権の分散、経営の意思決定の停滞といった将来的なトラブルを未然に防ぐことが可能です。
 今から準備を始めることが、将来の安心につながる第一歩となるでしょう。

【参考文献】

・『Q&Aこれでわかる!自社株評価と対策のポイント【財産評価基本通達(平成29年改正)対応版】』(著者:税理士 山本和義、TKC出版)
・『事業承継ニュースvol.28』(TKC出版)
・『事業承継ニュースvol.37』(TKC出版)

株式会社TKC出版

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