💡この記事のポイント
		 ☑後継者教育を怠るのは論外。経営者は後継者と対話して伴走支援を心掛けよう
		 ☑自社株式の贈与・相続では、後継者以外の相続人の遺留分を侵害しないかの検討が必要
		 ☑相続は、他の株主を参加させずに同族株主から高価格で自己株式取得をする絶好の機会
		 ☑会社が個人から買った事業用不動産の登記を怠ると、第三者に売却されるリスクも
		 ☑遺言作成の際には、事業用資産を含めた個別財産の帰属を指定すべき
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1.はじめに
 事業承継は単なる「世代交代」ではなく、企業の未来を左右する経営課題です。経営者の高齢化が進む日本では、中小企業の多くが事業承継の準備を迫られています。しかし、現実には準備不足のまま後継者不在で廃業となる企業も多く、また後継者がいたとしても、後継者教育や自社株式の承継などの対策が不十分でトラブルを抱えるケースが少なくありません。
 そこで、本記事では「後継者教育」「自社株式の承継」「相続・遺産分割」の3点について起こりがちなトラブルを事例形式で取り上げて、それぞれの背景と対策を解説しています。承継時や承継後に発生するトラブルは社内の問題に留まらず、取引先や金融機関からの信頼を失う可能性もあり、経営基盤が揺らぎかねません。事例から対策を学ぶことで、事業承継を円滑に進めるための備えとしていただければ幸いです。
              
2.後継者教育のトラブル事例と対策
後継者教育は円滑な事業承継に欠かせません。経営者は、早期に後継者教育の計画を立て、社内外のリソースを活用して後継者の育成に努める必要があります。後継者教育を怠ると何が起きるのか、事例を確認しましょう。
(1) 後継者教育を怠ることのリスク
【事例1】先代が後継者教育を怠り、相続発生をきっかけに業績が悪化
 運送業を営む80代の社長は一代で会社を大きく成長させたカリスマ社長ですが、社員への権限移譲はまったくせず、周囲からは事業承継を勧められるも「生涯現役」を豪語して聞く耳を持ちません。やがて社長は相続税対策として養子縁組していた孫をしぶしぶ取締役として入社させ、高額な株価を心配した会計事務所の勧めで「特例承継計画」を提出しました。
 1年後には孫を代表取締役に就任させて自身は会長となり形だけは事業承継しましたが、実際には自社株式を持ち続けワンマンぶりは相変わらずでした。会長は後継者教育を行わず、得意先や金融機関への対応は自らが継続して行っていました。新社長となった孫は、会社の経営状況を詳細に把握することができず、従業員や取引先とのコミュニケーションもうまくいかず、社内でも浮いた存在となってしまいました。
 そのような矢先、新社長就任後2年目に会長が急死してしまいます。運送業務のみの経験で他業務が一切わからない新社長は、得意先や金融機関からの問い合わせに的確に回答できず、社員の不信感は高まります。やがて得意先からの受注が激減し、業績は悪化してしまいました。金融機関に融資を申し込んでも、面識がない新社長に対して審査は長引きます。
 さらに遺言がなかったため相続でも揉めてしまい、後継者はどうにか高額な自社株式を死守したものの、納税資金がありません。後継者の役員報酬は低額のままで、住宅ローンもあり困り果ててしまい、特例事業承継税制を適用して納税猶予を受けてどうにかしのぎました。
 しかし、その後も業績は下がり続け、新社長は一線を退きたいと思い社員に打診するも断られ、ますます孤立してしまいます。まだ相続税の申告期限から5年経っていないので代表権が無くなれば猶予された相続税全額を納付することになってしまうためジレンマに陥り、悩ましい日々が続いています。
対策
 まず、後継者教育以前に、この事例のように後継者に社長を譲り会長になった後も実権を握ったままの前社長というのは会社の足を引っ張る傾向にあるでしょう。功績の大きい創業者に対してもの申す者がいない企業によく見られる例ですが、会社の将来を真剣に考える経営者ならば自身の引退プランをきちんと練り、承継に向けた準備を進めるものです。
 この事例は先代が後継者教育を一切行わなかったという極端な例ですが、例えば数カ月などの短期間に実施した後継者教育が不十分であったために、承継後にトラブルが発生して業績が悪化してしまう恐れはあります。これを防ぐには、経営者が早期に事業承継の準備に取り組み、後継者を見つけて、後継者教育を開始することが重要です。一般的に事業承継は10年程の年月をかけて行うのが理想的といわれています。
 経営者には後継者への遠慮があるかもしれませんが、後継者に対して「お前の好きなようにやれ」と放置することは絶対に避けましょう。放置された後継者は何をしたらいいのかわからず、社内で孤立してしまいます。後継者を会社に迎え入れる際には、社内に後継者教育のための部署やカリキュラムを準備し、後継者には各部門をローテーションさせて社内実務経験を積ませることが大切です。
 また、経営者自らが後継者に経営理念や会社の方針をきちんと伝えることにより、企業価値を共有して後継者の経営意欲を育むことができます。経営者は後継者と積極的に対話することで伴走支援を心掛けましょう。早期から後継者に経営計画の策定に携わってもらうことも非常に有効な後継者教育といえます。後継者教育にはさまざまな方法がありますので、社内で経験を積むことはもちろん、社外のセミナー等も積極的に活用しましょう。
社内外における後継者教育の方法と目的
            (中小企業庁「経営者のための事業承継マニュアル」を参考に作成)
             なお、後継者教育の注意点については、以下の記事をご参照ください。
《参考》成功する事業承継の進め方
 続いて、自社株式の承継にあたってどのようなトラブルが起こり得るのかを確認していきましょう。
3.自社株式の承継に伴うトラブル事例と対策
 事業承継においては、後継者に経営権を集中させるために自社株式を譲渡する必要があります。自社株式の贈与・相続を検討する際には、後継者以外の親族の遺留分を侵害していないかどうかを慎重に確認することが大切です。まずは、後継者が親族から遺留分侵害額請求を受けて窮地に陥った事例をご紹介します。
              
(1) 後継者以外の相続人の遺留分侵害に要注意
【事例2】自社株式の贈与時に民法特例を活用せず、遺留分侵害額請求を受けた
 先代社長は後継者である長男に、自社株式を相続税評価額が低い時に一括贈与していました。その際、民法特例の除外合意や固定合意の手続きは行っていませんでした。
 その後、先代社長が亡くなり相続が開始しましたが、自社株式の相続税評価額は贈与時に比べて大幅に上昇しており、長男以外の親族の遺留分を大きく侵害することになってしまいました。その結果、長男は多額の遺留分侵害額請求を受けることとなり、自社株式以外のほとんどの財産を換価して遺留分の支払に充てなければなりませんでした。
対策
 この事例では、自社株式の贈与時に、先代が他の相続人に対して除外合意に応じるよう説得するべきでした。後継者の親族に対しても、先代からまとまった生前贈与を提案し、合意書を得ることができれば、相続紛争を未然に防ぐことができたでしょう。
 事業承継に際して、被相続人でも解決できない遺留分が大きな足かせとなることがあります。例えば、経営の安定化のため後継者に自社株式等の過半数以上を取得させたとき、相続開始10年以内に生前贈与した場合(遺留分を侵害することを知って行った場合は年数制限なし)や、遺言で後継者に財産取得させた場合には、他の相続人は被相続人の有していた贈与済みの株式等を含めた財産に対し遺留分侵害額請求ができます。
 また、後継者が贈与等された自社株式等については相続開始時の時価に持ち戻した上で遺留分算定の基礎財産とするため、贈与後に自社株式の評価が上昇した場合、後継者が遺留分侵害額請求される価額が大きくなるという問題が生じます。
 こうした問題を解決するために、除外合意と固定合意という2つの民法特例が定められているのです。
・除外合意
 後継者および推定相続人全員(遺留分権利者)の合意の上で、後継者へ贈与された非上場株式等および一定の財産について、遺留分算定の基礎財産から除外することができます。非上場株式等にかかる遺留分侵害額請求を未然に防止します。
・固定合意
 後継者および遺留分権利者の合意の上で、遺留分の算定に際して、贈与された非上場株式等の価額を合意時点の評価額(贈与時の評価額)であらかじめ固定することができます。これにより、後継者の株価上昇に対する懸念を払拭できます。
 除外合意や固定合意は、後継者以外の相続人が書面で合意すれば、家庭裁判所等への申立は後継者が単独で行うことができます(固定合意の場合は遺留分問題の完全な解決とはなりません)。また、先代の生前に非後継者を説得してもらえる点も有効です。
 ただし、除外合意等の適用を受けるためには会社要件や保有株数等の厳密な要件を満たす必要がありますので、贈与の前には税理士等の専門家に相談するようにしましょう。
         
    (2)「相続株式の取得」が同族株主から自己株式を取得するチャンス
 続いて、分散している自社株式を会社で買い取ろうとして失敗した事例をご紹介します。
【事例2】自己株式を取得しようとしたら、他の株主からも買取請求された
 社長は、後継者である長男に経営権を集中させるために、自分の兄弟等に分散している自社株式を自社で高額で買い取ることにしました。そこで株主総会の特別決議を開くために招集通知を行ったところ、元従業員や遠縁の親戚から「自分の株式も同額で買い取ってほしい」と請求されてしまいました。
 他の株主の分も買い取るとなると、買取額の合計が高額になり会社の余剰資金では到底足りません。結局、すべての買い取りをあきらめることとなってしまいました。
対策
 この事例では、社長の両親からの相続の時が自己株式を取得する最もよい機会だったといえます。非後継者(社長の兄弟等)が相続により株式を取得した際に、自己株式取得について説明し、あえて議決権を行使せずに放置してもらえば相続株式の特例を活用できたからです。
 まず、会社が自ら発行する株式を株主から買い取るには会社法上の規制が存在します。自己株式取得は、全株主から取得する方法と、買い取る株主を特定して取得する方法があり、後者には①売主追加請求、②株主総会の特別決議の要件が加重されます。特に問題となるのが①売主追加請求です。
 自己株式取得時の売主追加請求会社が特定の株主から株式を有償で取得することを株主総会で決議する場合、その他の株主も自らを売主に追加する請求が可能です。会社は、この追加請求の機会を与えるために、株主総会の2週間前までに全株主に対して売主追加請求権がある旨を通知する必要があり、通知を欠くと株主総会決議自体が無効となりえます。
 例外として①非公開会社が、相続により株式を取得した株主から自己株式を取得する場合、②定款で売主追加請求権を認めないと定めた場合等は、売主追加請求は生じません。もっとも②の定款を定める際には会社法上「株主全員の同意」が必要とされていますので、会社設立時に定款に規定をしていなかった場合の変更は事実上困難でしょう。
 したがって、現実的には①の「相続株式の取得」が売主追加請求を受けずに特定の株主からのみ自己株式を取得できるチャンスといえます。しかし、売主となる株主が相続した株式に関して一度でも議決権を行使していると、通常どおり売主追加請求が認められるので注意が必要です。
 相続が、他の株主を参加させずに同族株主から高価格で自己株式取得をする絶好の機会であることをよく認識しておきましょう。
4.相続・遺産分割に伴うトラブル事例と対策
 事業承継では、自社株式だけでなく事業用資産も承継する必要がありますが、対策が不十分だと相続時にトラブルが生じることがあります。ここからは相続・遺産分割の事例を紹介します。
              
(1) 不動産売買をした際には必ず不動産の所有権移転の登記手続きを
【事例3】会社が個人から買った事業用不動産の登記を怠り、第三者に売却されそうになった
 社長は、事業承継対策として個人所有の事業用不動産を同族会社に売却しましたが、会社は登記をしていませんでした。
 その後、社長は不動産を会社に売却したことを家族に伝えないまま亡くなってしまいました。そして、社長の家族は会社に不動産が移転していることを知らずに遺産分割を行い、相続人の1人がその不動産を取得して遺産分割は完了しました。
 不動産を取得した相続人がその不動産を第三者に売却しようと思い、会社にその意思を伝えたところ、既に社長が会社に売却していた事実を知ることになります。相続人一同はこの事実に驚き、遺産分割をやり直すことになりました。また、会社は第三者へ売却される前に不動産の登記移転を正式に行いました。
対策
 代表者等と同族会社は、通常は関係が円満であることが多く、登記関係の登録免許税や不動産取得税を負担に感じて不動産の売却後に登記手続きを行わないことがあります。
 しかし、この事例のように売主に相続が発生して事情を知らない相続人が売主の地位を承継したりすると、会社に売ったはずの不動産を第三者に売却されるという事態が生じ得ます。そうすると、会社は第三者に対して所有権を主張できず、せっかく代金を支払って得た事業用不動産を失ってしまうのです。その後に代金の返還等を請求できたとしても、自社の基幹工場の敷地など事業に不可欠な不動産を失えば、会社自体の継続が危ぶまれます。
 このような事態を防ぐために、内実をよく知った間柄であっても、不動産売買をした際には、直ちに不動産の所有権移転の登記手続きを行っておくことが重要です。
              (2)遺産分割協議が不要となるように遺言の内容を確認すること
 続いて、遺言の内容が不十分であったために後継者が窮地に陥ったケースを紹介します。
【事例4】遺産分割の割合を指定した遺言(割合指定遺言)の内容が不十分であり、分割紛争が起きてしまった
 社長(母)が亡くなり、遺言には「長男に全財産の1/2、二男・三男に全財産の1/4ずつ相続させる」と書いてありました。しかし、この遺言では、誰が何を取得するかの記載がないため、子どもたちは協議を行わなければなりません。
 長男は、後継者として円滑に事業を続けるために株式の過半数と事業用不動産を承継したいと主張しましたが、二男・三男は株式の持分割合について納得せず、協議は難航してしまいました。株式の過半数と事業用不動産を承継したい長男ですが、協議で合意が形成できない場合は家庭裁判所における遺産分割調停、さらに調停も成立しなければ審判という手続きを行わねばなりません。長男は承継に必要な数の自社株式や事業用不動産をきちんと確保できるかどうか非常に不安な状態に陥ってしまいました。
対策
 遺言者は、遺言により、共同相続人のうちの一部の者の相続分を法定相続分と異なった割合に定めることが可能です。その方法の1つとして、この事例のように割合的な指定を行うことがあります。
 この割合的な相続分の指定の場合、相続開始から遺産分割完了(具体的に誰が何を取得するかが決まる)まで、遺産は相続人の間での共有状態に置かれます。共有割合自体は遺言により法定相続の場合から変更されているものの、遺産が共有されているという状態そのものは純粋な法定相続と同じです。この共有状態を解消するために、実際には相続人の間で遺産分割協議を行い、株式や不動産など遺産を構成する個別財産を承継する者やその具体的な内容を、相続人全員で合意する必要があります。
 この事例のような失敗を避けるためには、遺言を作成する際に、あとで遺産分割協議を必要とせずに実現できるような個別財産の帰属を指定する遺言を作成すべきです。
 具体的には、例えば「二男および三男には預貯金および上場投資信託をそれぞれ1/ 2、長男に自社株式と事業用不動産および自宅不動産、その他遺言に記載のない財産のすべてをそれぞれ相続させる」という内容が考えられます。預貯金等であれば割合指定であっても分割のリスクは低くなります。非後継者の遺留分にも配慮するとなると、事業用資産を含めたすべての財産の帰属を決める遺言の作成は難易度の高いものとなりますが、可能な限り前もって手立てを講じることが大切です。
5.おわりに
 このように事業承継にはさまざまなトラブルが潜んでいます。
 特に、自社株式の承継においては、後継者のために良かれと思ってやったことでも、将来を見据えた対策が不十分だと相続発生時や承継後に後継者が窮地に追い込まれる可能性があります。税理士等の専門家にも相談して自社株式の贈与や相続の方法をよく検討することが大切です。
 その他にも、後継者教育の欠如・自社株式の分散・相続人同士の対立などは、どれも企業の存続危機に結び付きかねない重大な問題です。しかし、早期から計画的に準備を進め、具体的な対策を講じれば、これらのリスクは大幅に軽減することができます。
 自社株式や事業用資産を後継者にスムーズに承継させるためには、有効な遺言を準備しておくことも重要でしょう。事業承継を「先送りすべき問題」ではなく、「未来を築く経営戦略」と位置づけて早期に準備に取り掛かることが、企業の持続的な発展につながります。
参考文献
・『事業承継ニュースvol.36』(TKC出版)
・『事業承継ニュースvol.38』(TKC出版)
・『事業承継ニュースvol.40』(TKC出版)
・『事業承継ニュースvol.41』(TKC出版)
・『事業承継ニュースvol.42』(TKC出版)
              記事提供
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