2025年10月27日

個人事業から会社へ「法人成り」―メリット・手続き・注意点を解説

個人事業から会社へ「法人成り」―メリット・手続き・注意点を解説

💡この記事のポイント
 ☑法人成りには節税や信用力向上などの利点がある
 ☑設立費用・社会保険など新たに発生する負担も把握しておくこと
 ☑法人成りは適切なタイミングと専門家の活用が成功の鍵

1.はじめに

 個人事業としてスタートしたビジネスが軌道に乗り、売上が安定してきたり、取引先や従業員が増えたりすると、「そろそろ法人化を考えたほうがいいのだろうか」と思う方も少なくありません。
 いわゆる「法人成り(ほうじんなり)」は、個人事業から法人へと形を変える重要な転機です。税務上のメリットや社会的信用の向上など利点がある一方で、コストや手続きの負担も伴います。法人化するべきかどうかも、事業の規模や今後の展望によって変わります。
 この記事では、法人成りの基本、メリット・デメリット、手続きの流れ、判断基準を整理して解説します。

2.法人成りとは?

個人事業主のイメージ

 「法人成り」とは、個人事業として営んできたビジネスを、新たに設立した法人(株式会社や合同会社など)に引き継ぎ、法人形態で事業を継続することをいいます。
 たとえば、フリーランスのデザイナーや飲食店オーナー、小売業の事業主などが、一定の売上や取引規模に達した段階で、法人を設立し、以後は「会社」として事業を運営していく、というのが典型的なケースです。
 法人化することで、事業主本人と会社は法律上「別人格」となります。これにより、所得や資産、責任の所在が明確に区別されるようになり、事業の発展に応じた組織的な経営が可能になります。
 たとえば、個人事業の場合はその利益がすべて事業主の所得として課税されますが、法人化すれば、法人税が適用されるとともに、役員報酬や経費の枠組みを活用した節税が可能になります。また、法人は社会的信用が高いため、取引先の拡大や融資の獲得にも有利です。
 一方で、会社を設立するには所定の手続きとコストがかかり、法人としての会計処理や税務申告も複雑になります。つまり、法人成りは“会社を作る”という以上に、事業のステージを一段上げるための経営判断だといえるでしょう。

3.法人成りの主なメリット

 法人成りを検討する際、多くの事業主がまず注目するのが「節税」や「信用力向上」といったメリットです。ここでは、代表的な5つの利点を紹介します。

(1) 節税の可能性が広がる

 個人事業主の場合、所得が増えると所得税率も段階的に上がる「累進課税制度」が適用されます。法人になると、法人税の実効税率は概ね23%程度(中小法人の場合は所得800万円以下に軽減税率が適用されることもあります)。一方、個人事業主の所得税率は累進課税で、所得が増えるにつれて高くなります。そのため、事業利益や役員報酬の設定方法によっては、法人化した方が税負担が軽くなるケースが見られます。
 さらに、法人では役員報酬や退職金、生命保険料などを経費として計上できる範囲が広がるため、より柔軟な節税対策が可能になります。

(2) 所得の分散が可能に

 法人化すれば、配偶者や家族を役員にして役員報酬を支払うことができます。これにより、所得を分散させ、家族全体の税負担を抑える「所得分散」という方法が合法的に活用できます。個人事業主でも事業専従者給与を使えば同様の効果はありますが、金額の制限や要件が厳しく、法人の方が自由度が高いのが実情です。

(3) 社会的信用が向上する

 法人になることで、名刺や契約書に「株式会社」「合同会社」といった会社名が記載され、金融機関や取引先からの信用度が高まります。特に、新規の取引先との契約や、公共機関・大手企業との取引においては、法人であることが前提となることも多く、法人化によってビジネスチャンスが広がる場面は少なくありません。

(4) 資金調達・補助金の選択肢が増える

 多くの金融機関や補助金制度では、法人を対象とした制度が充実しています。創業融資や経営改善支援、補助金・助成金などの面で、法人の方が申請の選択肢が多く、審査にも通りやすいという実態があります。

(5) 責任が限定される(有限責任)

 株式会社や合同会社の出資者は原則として有限責任であり、出資額を超える責任は負いません。ただし、金融機関の融資では経営者個人の連帯保証が求められる場合も多く、実務上は経営者が個人資産で責任を負うリスクが残る点に注意が必要です。

4.法人成りの主なデメリット・注意点

法人化にあたっては新たに発生する費用もある

法人成りには多くの利点がありますが、当然ながらデメリットや注意すべきポイントも存在します。法人化後に「こんなはずじゃなかった」と後悔しないために、あらかじめ把握しておきましょう。

(1) 設立費用・維持コストが発生する

 法人を設立するには、株式会社設立の場合、登録免許税(最低15万円)や定款認証手数料、印紙代などで概ね20万円前後の費用がかかります。電子定款を利用すると印紙代4万円を節約できます。
 加えて、法人設立後は、たとえ赤字でも法人住民税として年間約7万円以上が必ず発生します。また、会計処理や決算書作成、法人税申告などは複雑化するため、多くの場合、税理士への依頼が必要になり、継続的な顧問料が発生します。

(2) 事務負担が増える

 法人になると、日々の会計管理や帳簿の整備、年1回の決算書作成、税務申告に加えて、社会保険や労働保険の手続き、役員報酬の設定、取締役会議事録の作成など、事務的な作業が格段に増えます。これまで「ざっくり管理」で済んでいた事業主にとっては、負担感が大きく感じられるかもしれません。

(3) お金の使い方に制限が出る

 個人事業主であれば、事業資金と生活費をある程度柔軟に使い回すことも可能でしたが、法人ではそうはいきません。法人の資金は法人のもの。役員報酬や経費精算という正式な手続きがない限り、自由に使うことはできず、安易に現金を引き出すと「役員貸付金」として税務上問題視されるリスクがあります

(4) 契約・許認可の名義変更が必要

 個人事業として契約していた物件、電話回線、業務委託契約などは、原則として法人設立後に名義変更や再契約が必要です。また、飲食業や建設業などの許認可事業では、法人として新たに許認可を取得し直す必要があるため、事前の確認が欠かせません。

(5) 社会保険への加入が義務となる

 法人は、代表者1人の場合でも原則として健康保険・厚生年金に加入義務があります。未加入のまま放置すると後から遡って保険料が徴収される可能性もあるため、設立後速やかに手続きを行う必要があります。これにより、保険料の会社負担が発生するため、ランニングコストが増える点にも注意が必要です。

5.法人成りに適したタイミングと判断基準

 法人成りにはメリットも多く、早めに法人化した方が得をするように見えるかもしれません。しかし、法人化によって新たなコストや事務負担が生じることを考えると、すべての事業主にとって「早ければ早いほど良い」というわけではありません

 ここでは、法人化を検討すべきタイミングと判断のポイントについて整理します。

①年間利益が500万円〜700万円を超える頃が一つの目安

 まず、税制上の観点から言えば、事業の年間利益が500万円〜700万円程度を超えてくるタイミングが、法人化の検討ラインと言われています。これは、所得税の累進課税率が高くなるため、法人税の方が有利になる可能性が出てくるからです。
 特に、家族への報酬や経費の活用余地がある場合には、法人化による節税効果がより大きくなります。

②取引先の拡大や融資を視野に入れるとき

 新たに大手企業との取引を予定している、信用力が求められる事業に進出する、あるいは金融機関からの資金調達を考えている、という場合も法人化の好機です。法人であることが、取引先との信頼関係や融資審査の通過に直結することがあるため、信用力の強化を図る目的での法人化は有効です

③従業員を雇用する予定があるとき

 個人事業でスタッフを数名雇用している場合や、これから事業拡大で人材採用を考えている場合も、法人化を検討するタイミングです。法人として社会保険に加入することにより、労働環境の整備や採用力の向上にもつながるため、経営体制の強化に貢献します。

④長期的に事業を継続・成長させたいとき

 事業を一過性ではなく、5年、10年と続けていきたいという展望があるなら、法人という形を整えることで、事業の継続性や組織的な運営体制を築きやすくなります。また、将来的な事業承継やM&Aを視野に入れる場合にも、法人化は必須といえます。

⑤タイミングは「年度替わり」か「売上の山場の前」が理想

 法人成りは、年度の切り替え(個人の確定申告期間終了後)や繁忙期の前に行うと、会計処理や売上の整理がスムーズです。法人設立後の税務申告や社会保険加入、帳簿の切り替えなども含め、事務的な混乱を最小限に抑えることができます。

6.法人成りの手続きの流れ

 法人成りは、単に会社を設立するだけではなく、個人事業の廃業や契約の名義変更、税務上の届出など、さまざまな事務手続きが伴います。ここでは、株式会社を設立する場合を例に、一般的な手続きの流れを順を追ってご紹介します。

ステップ①:法人設立の準備

 まずは法人設立に必要な事項を決めます。(商号、本店所在地、事業目的、資本金の額など)
 この段階で、将来的な許認可や補助金申請も視野に入れた事業目的の記載が重要です。

ステップ②:定款の作成と認証(株式会社のみ)

 法人の基本ルールである「定款」を作成し、公証役場で認証を受けます。電子定款を利用すれば収入印紙代4万円を節約できます。
 ※合同会社の場合、公証役場での定款認証は不要です。

ステップ③:法務局で会社の登記

 法務局に必要書類を提出し、法人登記を行います。提出から登記完了までは通常1週間程度。登記が完了すれば、法人の設立が正式に認められ、登記事項証明書や印鑑証明が取得できるようになります。

ステップ④:税務署や自治体への届出

 法人設立後、以下の書類を提出する必要があります。

・法人設立届出書(税務署)
・青色申告の承認申請書(税務署)
・給与支払事務所等の開設届出書(税務署)
・法人設立届(都道府県税事務所・市区町村)
・健康保険・厚生年金の新規適用届(年金事務所)
・労災・雇用保険関係の届出(労働基準監督署・ハローワーク)

 ※社会保険や労働保険への加入は原則義務です。社長1人だけの場合でも原則適用されます。

ステップ⑤:法人用の銀行口座・印鑑の整備

 登記後は法人名義で銀行口座を開設し、会社印(実印・銀行印・角印)も用意しておきます。これらは契約書の押印、取引、融資申請などに不可欠です。

ステップ⑥:個人事業の廃業手続き

 法人設立と並行して、個人事業の廃業手続きも進めます。
・個人事業の廃業届出書(税務署)
・所得税青色申告の取りやめ届(該当者のみ)
・個人名義の事業契約の解約または名義変更

ステップ⑦:契約・資産・許認可の引継ぎ

 個人事業として行っていた契約や資産については、法人へ引き継ぐための手続きや譲渡契約書の作成が必要です。車両・不動産・在庫・売掛金なども名義変更が必要なものは対応しましょう。
 また、建設業や飲食業などの許認可事業では、法人として改めて取得し直さなければならないケースが多いため、事前の確認が欠かせません。

7.よくある質問(FAQ)

Q1. 法人化すると、個人事業は続けられないのですか?

A. 法人化しても、個人事業としての活動を続けることは可能です。ただし、両方の帳簿を別々に管理し、それぞれ申告する必要があります。また、同一の事業内容を個人と法人で並行して行うと、税務上問題視される可能性があるため、原則として法人に統一するのが望ましいです。

Q2. 消費税の課税事業者としての扱いはどうなりますか?

A. 資本金1,000万円未満で設立した法人は、原則として設立初年度と翌事業年度は免税事業者となります。ただし、設立初年度の半年間の売上や給与支払い額が一定基準を超えると、翌事業年度から課税事業者になる場合があります。また、2023年に開始したインボイス制度では、免税事業者による適格請求書等の発行ができませんので、取引先とのやり取り等に支障が出る場合があります。自主的に課税事業者に転換する等の対応が必要になる可能性にも注意が必要です。

Q3. 社長1人だけの会社でも社会保険に加入しなければなりませんか?

A. はい、原則として法人の代表者(たとえ1人会社であっても)は社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が義務付けられています。加入しないままでいると、後から保険料をさかのぼって徴収されることもあるため、設立後速やかに手続きを行いましょう。

Q4. 銀行口座の開設にはどれくらい時間がかかりますか?

A. 銀行によって異なりますが、法人口座の審査は個人口座より厳しく、申請から1週間~2週間程度かかるのが一般的です。事業実態が不明確な場合は開設を断られるケースもあるため、事業計画書やWebサイトなどで事業の内容を明確に示すとスムーズです。

Q5.法人化すると確定申告はどう変わりますか?

A. 個人事業の確定申告は「所得税」、法人の申告は「法人税」です。法人は決算書を作成し、法人税の申告書を所定の様式で作成して提出します。必要書類や計算が複雑になるため、多くの経営者が税理士に依頼しています。

8.まとめ・専門家の活用を

法人成りには専門家のサポートが不可欠

 法人成りには節税や信用力の向上、資金調達のしやすさ、責任の限定など、多くのメリットがあります。特に、事業が安定し、成長のフェーズに入ってきた事業主にとっては、法人化によってより組織的かつ長期的な経営体制を築くことが可能になります。
 一方で、法人化には設立手続きの複雑さや維持コストの増加、社会保険加入義務、契約・資産の名義変更など、避けて通れない負担も伴います。これらを理解せずに勢いだけで法人成りを進めると、思わぬトラブルやコストに直面するおそれがあります。
 だからこそ、法人成りを成功させるためには、事前の準備と、信頼できる専門家のサポートが不可欠です。税理士に相談することで、節税効果や社会保険のコスト、設立時期の最適化など、個別の事情に応じた判断ができます。また、司法書士と連携すれば、定款認証や登記申請といった法務手続きもスムーズに進めることができます。
 法人成りは、単なる形式変更ではなく、経営者としての視野と責任を一段階広げる大きな転機です。「自分の事業はそろそろ法人化すべきだろうか」と感じたときが、その第一歩。迷ったら一人で抱え込まず、経験豊富な専門家に相談してみることをおすすめします。

【参考資料】

法務省│商業・法人登記申請手続
国税庁│新設法人の届出書類
国税庁│法人税の税率
国税庁│新規開業又は法人の新規設立のとき
日本年金機構│新規適用の手続き
中小機構│夢を実現する創業

株式会社TKC出版

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