2025年10月20日

中小企業の経営力を高めるロカベン活用術─経営者自身が語れる経営を実践するために

中小企業の経営力を高めるロカベン活用術─経営者自身が語れる経営を実践するために

💡この記事のポイント
 ☑ローカルベンチマークは、経済産業省が開発した中小企業向けの経営診断ツール
 ☑企業は、財務・非財務の両面から経営状態を“見える化”できる
 ☑経営者は、金融機関や支援者との対話にロカベンを活用できる

1.ローカルベンチマークとは何か

(1) 「見える化」を支援する国の経営診断ツール

 中小企業が「自社の状況を正確に把握し、他者に伝える」ことは、経営の重要な基盤です。ローカルベンチマーク(以下、ロカベン)は、こうした課題に応えるために経済産業省が開発・普及を進めている経営診断ツールです。企業の経営状態を「見える化」することを目的とし、財務情報(定量)と非財務情報(定性)の両面から企業の状況を整理できます。
最大の特徴は、数値だけでなく、企業の強みや課題、将来の方向性といった定性的な情報も含めて把握できる点です。決算書では伝わりにくい企業の特徴や経営者の考え方を補足することで、社内外の関係者との対話にも役立ちます。
 ロカベンはExcel形式のツールで、経済産業省の公式サイトから無料でダウンロードでき、登録や申請の必要もなく、誰でもすぐに利用を開始できます。業種や企業規模を問わず幅広く活用でき、経営計画書を作成した経験のない経営者でも取り組みやすい内容となっています。

実際のロカベンの構成

ロカベンの構成I.財務分析・Ⅱ.非財務・Ⅲ.まとめ

(2) 定量と定性を一体的に整理できる構成

 ロカベンでは、過去3期分の財務データをもとに、6つの財務指標を使って経営状態を把握します(Ⅰ.財務分析)。加えて、業務フロー、商流、経営者の意欲やビジョン、組織体制などの非財務情報も記述式で整理します(Ⅱ.非財務)。こうした情報を一体的にまとめること(Ⅲ.まとめ)で、企業の現状や課題、今後の方向性を立体的に理解できるようになります。ロカベンは3枚組のシートで構成されています(財務の『6つの指標』、非財務の『商流・業務フロー』『4つの視点』)。

(3) SDGs・DXとの接続で企業価値を強化

 近年では、ロカベンの活用を通じて、SDGs(持続可能な開発目標)やDX(デジタルトランスフォーメーション)との接続を図ることも推奨されています。たとえば、地域との連携、社員の働きやすさ向上、ITツールの導入など、既に取り組んでいる内容を企業価値として整理・発信することが可能です。

(4) 経営を棚卸しする“最初の一歩”として活用

 ロカベンは、完璧な経営計画を作成するためのツールではありません。経営者の頭の中にある情報を、第三者と共有できるかたちで整理することに意義があります。自社の実態を把握したい、あるいは金融機関や支援機関と建設的な対話を行いたいと考える経営者にとって、ロカベンは“最初の一歩”として有効な手段です。

2.【財務分析】6つの財務指標で自社の経営状態を把握する

(1) 経営の状態を立体的に捉える視点

 ロカベンでは、企業の経営状態を定量的に把握するために、6つの財務指標を使用します。これらの指標は、売上や利益といった成果だけでなく、企業の将来性や財務の健全性、効率性などを立体的に確認するために設計されています。
 ロカベンでは、これらの指標を過去3期分のデータと業種別の平均値と比較することで、自社の「傾向」や「強み・弱み」を客観的に確認できます。

■各指標の概要と見方

指標 内容と確認ポイント
① 売上高増加率 (当期売上高 ÷ 前期売上高)-1 売上が伸びているかどうか、事業の勢いを確認します。前年割れが続いている場合は、市場環境や顧客離れの可能性も検討が必要です。
② 営業利益率 営業利益 ÷ 売上高 本業の収益性を示します。原価や販管費が高いと低下しますが、投資的支出であれば悪いとは限りません。他社との比較で改善余地が見える場合があります。
③ 労働生産性 営業利益 ÷ 従業員数 従業員1人あたりの利益を示し、少人数でどれだけ成果を生み出せているかを測定します。
④ EBITDA有利子負債倍率 (借入金-現預金)÷(営業利益+減価償却費) 借入金に対する返済余力を示す重要な指標で、金融機関が特に重視します。倍率が高すぎると、資金繰りに不安があると見なされることがあります。
⑤ 営業運転資本回転期間 (売上債権+棚卸資産-買入債務)÷ 月商 資金の出入りにかかる期間を示す指標で、仕入・販売・回収のバランスを見ることができます。
⑥ 自己資本比率 自己資本 ÷ 総資産 企業の安全性・安定性を測る指標で、数値が高いほど倒産リスクが低く、財務的な自由度も高まります。

(2) 数字の背景を読み解く

 これらの指標は、単体で「良い・悪い」を判断するものではありません。重要なのは、なぜその数値になっているのかを考えることです。
 たとえば、利益率が低い理由が人材投資によるものなのか、一時的な売上低下によるものなのかによって、今後の対応方針は変わってきます。数字は結果であり、その原因には非財務的な要素が深く関わっています。
 ロカベンでは、こうした背景まで整理しやすくなっており、数字と非財務情報のセットで企業の実像を把握することが可能です。

(3) 経営者が自分の言葉で数字を語るために

 中小企業において、財務は経理担当者任せになりがちですが、経営者自身が数字を理解し、自分の言葉で説明できることが金融機関や支援機関からの信頼につながります。
 とくに融資や補助金申請の場面では、「数字を使って自社を語れる経営者かどうか」が評価されるポイントになります。ロカベンの6つの指標は、会計の専門知識がなくても理解しやすく、日常の経営判断にも役立ちます。
 ロカベンの財務情報は、Excelシートに入力するだけでレーダーチャートとして自動的に可視化されます。これにより、金融機関や支援機関、税理士などの専門家と共通の資料を見ながら議論することが可能になります。
 また、こうした財務情報は「事業性評価融資」や「経営改善計画書」などにおいても有効な資料となり、外部支援を受ける際の基盤として活用できます。
 (Excel入力後、財務分析結果はレーダーチャートで表示。3期推移が一目で把握できます)

レーダーチャートで自動的に可視化

3.【非財務】“見えない強み”を可視化する

(1) 数値だけでは伝わらない価値を非財務情報で整理する

 ロカベンは、財務情報だけでなく、非財務情報も重視する点に大きな特徴があります。売上や利益などの「数字」は企業の成果を示しますが、それだけでは事業の本質や将来性までを語ることはできません。
 とくに中小企業においては、「人」「信頼」「技術」「地域とのつながり」など、数値化しにくい要素こそが競争力の源になっていることが多くあります。ロカベンでは、こうした情報を整理・言語化し、経営の全体像を把握できるようにします。
 ロカベンでは、非財務情報を「業務フロー」「商流」「4つの視点」の3つの要素に分けて整理します。
 ①業務フロー
 製品やサービスが顧客に届くまでの流れ(例:企画 → 製造 → 販売 → アフター)
 ②商流
 どこから仕入れ、誰に販売しているか、それぞれの理由や背景
 ③4つの視点
 1)経営者/2)事業/3)企業を取り巻く環境・関係者/4)内部管理体制
 本章では、とくに「業務フロー」と「商流」の2項目について重点的に解説します。

ロカベンの業務フロー・商流シート

(2) 業務フロー:日常の中にある差別化ポイントを整理する

 業務フローの項目では、自社の商品やサービスがどのような工程を経て顧客に届くのかを可視化します。ここで重要なのは、各工程における工夫や強みを明確にすることです。
 たとえば、以下のような事例が該当します。
・地元食材を活用した商品開発
・小ロット・短納期対応を実現する生産体制
・SNSを活用した顧客とのコミュニケーション
 このように、「特別なことではない」と思っていた取り組みが、他社にはない独自の強みである場合もあります。

(3) 商流:なぜこの取引先で、なぜ選ばれているのか

 商流の項目では、仕入先や販売先、協力先との関係性を可視化します。そのうえで、「なぜその相手と取引しているのか」「なぜ顧客に選ばれているのか」といった理由も整理します。 整理のポイントは次のとおりです。
・主要な仕入先や販売先の社名、取引内容、取引理由
・選ばれている理由(例:品質の高さ、信頼関係、SDGsへの配慮など)
 たとえば、「原材料選定を社長自ら行っている」「地域大学と共同で商品開発をしている」「SNSを通じて顧客の声を取り入れている」などの具体例は、対外的な評価にもつながる重要な情報です。

(4) 数値の背景にある“ストーリー”を伝える

 ロカベンでは、非財務情報と財務情報を組み合わせて整理することが推奨されています。たとえば以下のような読み取りが可能です。
・営業利益率が高い → 工程改善や独自技術によるコスト効率
・自己資本比率が高い → 長年の仕入先との信頼関係が経営の安定を支えている
・売上が伸びている → SNS等を通じた顧客接点がリピート率を高めている
 このように、財務指標が「結果」を示すものである一方で、その背景や「原因」は非財務情報に現れることが多くあります。両者を組み合わせて考えることで、経営の全体像を立体的に把握できます。

(5) 社内外への共有・承継にも活用できる

 非財務情報を整理することは、経営者が自らの考えを明文化する作業でもあります。これは次のような場面で役立ちます。
・社員や幹部への方針共有
・後継者への事業承継
・金融機関・支援機関との対話(事業性評価など)
・補助金や計画策定時の裏付け資料としての活用
 とくに金融機関では、「人材育成の仕組み」や「経営者の意欲」「外部環境への対応力」など、数字では表せない情報も重視される傾向にあります。ロカベンで整理する非財務情報は、企業の「強み」「らしさ」を社内外に伝えるための基盤となります。数字に現れない価値を言語化し、経営者の頭の中にある考えを共有可能な情報に変換することで、社内の理解と社外の信頼を得やすくなります。

4.【非財務・まとめ・活用】「4つの視点」と「まとめ欄」を核に、経営改善と外部連携へつなげる

(1) 数値だけでは見えない「会社の本質」を把握する

 ローカルベンチマーク(ロカベン)では、定量(財務)に加えて定性(非財務)を整理することで、企業の方向性や課題、改善の可能性を立体的に捉えます。非財務の核となるのが「4つの視点」で、ここを丁寧に埋めることが、以降の計画づくりと対話の質を高める土台になります。

4つの視点とまとめのシート

(2) 経営を多面的に捉える「4つの視点」

 ロカベンの非財務情報は、次の4観点で整理します。数値では表れにくい強みやリスクが可視化されます。
① 経営者:経営理念、ビジョン、成長意欲、事業承継の考え方
② 事業:強み・弱み、沿革、ビジネスモデル、IT活用の状況
③ 外部環境・関係者:顧客・競合の動向、従業員の定着、金融機関等との関係
④ 内部管理体制:品質・情報管理、人材育成、経営計画の運用状況

(3) 「まとめ欄」で経営改善の方向性を設計する

 定量・定性を入力した後は、「まとめ欄」で次の4項目を簡潔に整理します。
現状認識:自社の強み・弱み・市場環境の把握
将来目標:1年後・3年後・5年後の到達イメージ
課題:現状と目標のギャップ
対応策:ギャップを埋める具体行動(担当・期限を添えると有効)
 将来目標には、SDGsやDXの観点(例:働きやすい環境=SDGs目標8、地域資源の活用=目標12、クラウド活用による業務効率化=DX)を適切に紐づけると、社会的意義と実務の両面から納得性が高まります。

(4) 活用シーンを一箇所に集約する(支援・申請・対話)

①経営支援の基盤資料として
 まとめ欄は、税理士、商工会・商工会議所、中小企業診断士など外部支援者が助言を行う際の出発点になります。現状→目標→課題→対応策が一目でわかるため、助言が具体化します。
②計画書や申請資料の骨格づくりに
 経営改善計画や各種支援・補助金等の申請では、現状把握と将来計画の一貫性が求められます。ロカベンの整理結果は、その骨格として活用されるケースがあります。
③対話を生む共通言語として
 ロカベンは、経営者の頭の中にある情報を第三者と共有できる形式へ翻訳します。金融機関・支援機関・士業との間で共通の資料を見ながら議論でき、社内の方針共有や後継者への引き継ぎにも有効です。

(5) 実践例

 現状認識:地元連携による商品開発が強み。一方で製造の外注、人材面に課題がある。
将来目標:3年以内に一部内製化し、直販の拡大で売上〇〇円を目指す。働きやすさも向上させ、従業員の定着を図る。
課題:製造管理者不在、SNS運用の属人化、評価制度未整備。
対応策:採用強化と育成、SNS運用のチーム化、外部研修を踏まえた制度整備を行う。

5.【まとめ】ロカベンで語れる経営を実践する

(1) ロカベンのおさらい

 ロカベンは、財務と非財務を一体的に整理することで、自社の強みや課題を可視化し、社内外に示せる形にまとめるツールです。本記事では、6つの財務指標で経営状態を把握し、業務フローや商流といった非財務情報で数字の背景を補足する重要性を確認しました。また、「まとめ欄」を使えば、現状認識から将来目標、課題、対応策までを一貫して整理でき、経営改善計画や補助金申請にも活用できます。

(2) 今後の進め方と活用のコツ

 ロカベンは、完璧な計画を作るためではなく、経営の棚卸しを始める「最初の一歩」として使うのが効果的です。まずは財務データや取引先の情報を整理し、初版を作成しましょう。その後は定期的に見直し、金融機関や支援機関との面談や社内会議で共有資料として活用すると改善のスピードが上がります。すべてを一度に解決する必要はなく、優先度の高い課題から着実に取り組むことが大切です。こうしたサイクルを継続することで、経営者自身が、数字とその背景について自信を持って、外部や関係者に語れる経営が定着していきます。

参考資料

・経済産業省 ローカルベンチマーク(通称:ロカベン)公式サイト
・経済産業省 「ローカルベンチマーク・ガイドブック SDGs/DX対応版」
・経済産業省「ローカルベンチマークの活用に向けて」
・経済産業省「ローカルベンチマークの手引き
・ミラサポplus ローカルベンチマークを活用しよう

株式会社TKC出版

記事提供

株式会社TKC出版

 1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
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