2025年07月14日

自社の存在意義を明確に!-「経営理念」の重要性を再確認しよう-

自社の存在意義を明確に!-「経営理念」の重要性を再確認しよう-

💡この記事のポイント
 ☑経営理念は業績にも影響を及ぼす可能性がある
 ☑従業員のモチベーションアップにもつながる
 ☑作成・見直しの際は5つのSTEPで

1.なぜ多くの会社が経営理念を掲げているのか

経営理念のキーワード

(1) 経営理念は自社の「存在意義」を明文化したもの

 一般的に、株式会社等の目的は「利益の追求」、つまり何らかの事業によってお金を稼ぐことであるといわれています。経営者のなかには、「一生懸命事業をしているのはお金を稼ぐためであって、それ以上でもそれ以下でもない」という考えを持つ方がいらっしゃるかもしれません。
 一方で、もしその会社が継続して利益を出しているとしたら、多くの顧客がその会社の商品やサービスに価値を感じ、お金を出してもよいと考えているということ。言い換えると、その会社は事業を通じて社会に貢献しているのです。このように、事業によって健全にお金を稼ぐことと、社会に貢献することは切っても切り離せません。パナソニックの創業者である松下幸之助も「会社は公器である」と言っているように、会社は社会から与えられた資源(人材、資金、技術など)を活用しながら社会に貢献する存在であり、だからこそ、その対価として利益を得て成長できるのです。
 「経営理念が重要である」といわれるのは、その会社がどのように社会に貢献しているのかを明文化すること、つまりその存在意義を多くの人に知ってもらうことにあるといえるのではないでしょうか。

(2) 成長する企業には、必ず経営理念がある

 実際に、いわゆる大企業と呼ばれる企業であれば、必ずといっていいほど経営理念等を掲げています。3つの上場企業の経営理念等を見てみましょう。

【事例1】伊藤忠商事株式会社

〇企業理念 「三方よし」
伊藤忠グループは、創業者・伊藤忠兵衛の言葉から生まれた「三方よし」の精神を新しい企業理念に掲げます。これは、1858年の創業以来、伊藤忠の創業の精神として現在まで受け継がれ、そして未来においても受け継いでいく心です。
「売り手よし」
「買い手よし」
「世間よし」
自社の利益だけでなく、取引先、株主、社員をはじめ周囲の様々なステークホルダーの期待と信頼に応え、その結果、社会課題の解決に貢献したいという願い。「三方よし」は、世の中に善き循環を生み出し、持続可能な社会に貢献する伊藤忠の目指す商いの心です。

※「三方よし」は、「売り手よし」「買い手よし」に加えて、近江商人がその出先で地域の経済に貢献し、「世間よし」として経済活動が許されたことに起源があり、現代サステナビリティの源流ともいえるもの。初代伊藤忠兵衛の座右の銘「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」が、その起源とされている。

出所:伊藤忠商事ホームページ

【事例2】トヨタ自動車株式会社

〇基本理念
1.内外の法およびその精神を遵守し、オープンでフェアな企業活動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす
2.各国、各地域の文化、慣習を尊重し、地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する
3.クリーンで安全な商品の提供を使命とし、あらゆる企業活動を通じて、住みよい地球と豊かな社会づくりに取り組む
4.様々な分野での最先端技術の研究と開発に努め、世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サービスを提供する
5.労使相互信頼・責任を基本に、個人の創造力とチームワークの強みを最大限に高める企業風土をつくる
6.グローバルで革新的な経営により、社会との調和ある成長をめざす
7.開かれた取引関係を基本に、互いに研究と創造に努め、長期安定的な成長と共存共栄を実現する

出所:トヨタ自動車株式会社ホームページ

【事例3】株式会社TKC

〇経営理念 「顧客への貢献」
私たちは、お客様の繁栄のために、
1.お客様の事業の成功条件を探求し、
2.これを強化するシステムを開発し、
3.その導入支援に全力を尽くします。
お客様への貢献は、私たちの喜びです。
「顧客への貢献」--つまり私たちの経営理念は、お客様のビジネスを成功に導くためにあらゆる可能性を探り、その実現に向かって情熱を燃やし、執念をもって行動することです。

〇社是 「自利利他」
自利利他は、「自利トハ利他ヲイフ」と読みます。「自分の本当の利益は、人の利益を図ることの中にある」という意味で用いられます。株式会社TKCで働くすべての役員や社員にとっても、その意思決定と行動の拠るべき規範として、強く意識されています。

出所:株式会社TKCホームページ(新卒採用サイト)

(3) 会社の社会貢献意識を重視する風潮に

会社の社会貢献のキーワード

 近年では、「ESG(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治))」、「CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)」、「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」といった言葉が世間に浸透するなど、業種や規模の大小を問わず、会社に社会貢献意識を求める消費者が多くなっています。
 さらに、インターネットやSNSの普及により、会社の活動が可視化されやすくなったことで、その会社が本当に経営理念を実践しているのか、消費者から厳しくチェックされるようになりました。
 こうした背景からも、以前よりも経営理念の重要性が高まっているといえるでしょう。
なお、経営理念と同じような意味で「パーパス」(会社の目的)あるいは「ミッション」(会社の使命)という言葉を使う会社も増えています。パーパスは「そのビジネスを行う目的」、ミッションには「その会社が果たすべき使命」というニュアンスがありますが、いずれも「何のためにその事業を行い、どのように会社に貢献しているか」を明文化している点では経営理念と共通しています。
 また、経営理念とは別に、下記の言葉を設定している会社もあります。
① ビジョン…将来の見通しや未来像、目指すゴールのことで、将来に向けたあるべき姿を明文化したもの
② バリュー…その会社が大切し、全員が共有すべき価値観
③ クレド…「信条」「志」「約束」を意味し、企業活動の拠り所となる価値観や行動規範を簡潔に表現した言葉
④ 行動指針…その会社の社員等が行動する際に参考となる基準や原則のこと
⑤ 社是…会社の経営方針や企業理念を簡潔に表現した言葉
⑥ 社訓…会社に所属する社員が守るべき理念、心構え等を示すもの

2.経営理念のメリットとは

(1) 従業員のモチベーションアップ

モチベーションの高低のイメージ

 経営理念があることのメリットの一つとして、従業員のモチベーションアップがあげられます。
 特に中小企業では、少子高齢化等の影響により、求人を出してもなかなか優秀な人材が集まらない、あるいは雇ってもすぐに辞めてしまうという悩みを抱える会社も少なくありません。しかし、社長が「当社はこうした考え方で世の中に貢献しています」と従業員に伝えることで、「自分は単にお金を得るために働いているのではなく、仕事を通じて社会に貢献しているのだ」という意識をもってもらえます。それが従業員のやりがいやモチベーションにつながり、高い成果につながるのです。
 「何のために仕事をしているのか」という目的意識の違いによって、仕事に対する取り組み方がまったく異なることの例え話として、「3人のレンガ職人」の話をご紹介します。

【「3人のレンガ職人」の話】

旅人がレンガを積んでいる職人を見かけて「何をしているのですか?」と尋ねました。
 1人目の職人は「見てのとおりレンガを積んでいるだけだ」と答えました。
 2人目の職人は「ここで大きな壁を作っている。この仕事のおかげで家族を養っていける」と答えました。
 3人目の職人は「人々の心のよりどころとなる大聖堂を造っている」と答えました。
 3人はまったく同じ作業をしているにも関わらず、1人目は仕事を「単純な作業」として捉え、2人目は「生活費を稼ぐための手段」として捉え、3人目は民衆のための大聖堂を建てるという「世の中への貢献」として捉えている、というお話です。

 当然、3人目の「世の中への貢献」と捉えている職人のモチベーションが最も高く、成果も出るでしょう。2人目も「家族を養うため」というモチベーションはありますが、それだけだと「仕事は楽しくないが、お金のために仕方なく働いている」「給与が同じなら、面倒な仕事は避けたい」「今より給与が良い仕事があったら転職したい」といった考え方が出てきても不思議ではありません。3人目ほどのモチベーションはなく、成果も出にくいのは否めないでしょう。1人目は目的意識もなく、ただ単純作業をする対価としてお金を稼ぐとしか捉えていないので、モチベーションが最も低いことはいうまでもありません。
 このように、経営者が「何のためにこの仕事をしているのか」をきちんと伝えるか否かで従業員のモチベーションが変わり、それは仕事の成果にもつながってくるのです。

(2) 組織風土の醸成

 会社を経営する過程では、経営者や従業員はさまざまな判断、意思決定をすることになります。しかし、そうした個々の判断、意思決定の基準がないと、各人の判断が一貫せず、その結果仕事がうまくいかなくなるといった事態が起こり得ます。例えば、営業、開発、マーケティングなどの各部署のメンバーに共通する目的がないと、各部署にとっての最適解で判断をしてしまいがちです。しかし、経営理念等が会社に浸透し組織風土として定着していれば、同じ会社としての一体感の醸成や高いチームワークにつながり、その結果連携のとれた業務の実現、つまり業務効率や生産性の向上にもつながっていくのです。
 もちろん、経営理念を明文化しただけですぐに組織風土として定着するわけではありません。例えば従業員の自主性と責任感を育むための権限移譲の仕組みを構築することで、少しずつ組織風土となっていくのです。

(3) 企業価値の向上

 自社の経営理念と、その理念に基づいて経営していることを上手にアピールすることで、取引先や消費者、その他さまざまなステークホルダーからのイメージアップにつながります。その結果、ブランド力アップなど企業価値の向上につながります。
 上記を示す研究を3つご紹介します。

【研究1】

 ハーバードビジネススクールのジョン・P・コッター教授とジェームス・L・ヘスケット教授は企業文化が企業の財務的なパフォーマンスにどのような影響があるかを調査しました。彼らの著書『Corporate Culture & Performance』では、11年間、22業種、200社以上の優良企業を対象に行い実証的な事実に基づく調査の結果を示しています。  この調査によると、強い企業文化を持つ企業はそうでない企業と比較して売上を4倍、雇用を8倍、株価を12倍伸ばしました。そして、純利益は強い企業文化を持つ企業が756%伸ばしたのに対して、そうでない企業は1%でした。

【研究2】

 スタンフォード大学のジェームズ・C・コリンズ教授とジェリー・I・ポラス教授は、設立後50年以上を経過しており、社会に大きな足跡を残している企業をビジョナリーカンパニーとして全米から18社選びました。そして6年がかりで超優良ではないが優良な同業種の比較対象企業との差を徹底的に調査しました。その結果、卓越した企業に共通していたことは、基本理念(経営理念)をもっていたということです。そして、その基本理念を非常に深く信じていて、その基本理念を貫きとおしたところに大きな特徴がありました。

【研究3】

 早稲田大学の広田真一、久保克行、宮島英昭の各教授が共著で経済産業研究所のディスカッションペーパーを出しています。一部上場企業から企業文化の強い企業64社とそうでない64社を選定して、1986年~2000年までのパフォーマンスと企業文化の関係性を統計的に分析しています。企業文化の浸透とROA(総資産利益率)には強い正の相関関係があることがわかりました。企業文化の組織への浸透は、企業の利益率を4分の1強高めるということになることが実証されています。

出所:『図解入門ビジネス 最新 パーパス経営の基本と実践がよくわかる本』(秀和システム、2025)

3.経営理念のつくりかた

(1) 5つのSTEPで経営理念を作成

経営理念作成の5つのステップのイメージ図

 経営理念の明文化には業績にも影響するようなメリットがあります。明文化された経営理念がない会社はもちろん、経営理念がある会社も現状のものが適当かどうか検討してはいかがでしょうか。
 経営理念の明文化の際は、まず、経営者自身が自社の創業時の思いを振り返ることから始めましょう。

STEP1自社の創業の志を振り返る そもそも、なぜそのビジネスを始めようと思ったのか、そのビジネスを通じてどのように社会に貢献したいと思っているのかなど、創業時の思いを振り返ります。
STEP2従業員の思いや価値観を聞く 従業員がいれば、従業員がどのような思いで仕事をしているのか、自社はビジネスを通じてどのように社会に貢献しているのかという考えなどをヒアリングします。
STEP3STEP1の創業者の思いと、STEP2でヒアリングした従業員の思いをお互いに共有し、軸となる共通項を明確にします。
STEP4経営理念のたたき台を作成する
STEP3で共有された思いを端的に文章化した経営理念のたたき台を作成します。
STEP5表現を吟味し固める
STEP4のたたき台をもとに、その表現が思いを正しく表現できているか、あるいは外部に発信したときに正しく伝わるかといった観点からよく検討し、経営理念として固めていきます。

 なお、こうした経営理念を考える際は、頭の中だけではうまくまとめられないこともあります。例えば、下記のような「経営理念作成シート」などを参考に、紙に書き出して整理していく方法も効果的です。

■経営理念作成シート(例)

質問回答
①何のために経営をしていますか?
②どのような会社にしたいですか?
③大切にしている価値観や人生観は?
④お客様に対する思いは?
⑤従業員に対する思いは?
⑥取引先や地域社会に対する思いは?

(2) 経営者自身が経営理念を実践する

 せっかく苦労して経営理念を作ったとしても、前述のとおりそれが会社全体に浸透し、会社の価値を高めるところまでいくには時間がかかります。そして、経営理念を従業員に浸透させるためには、経営者自身の言動が経営理念と一致していることが重要です。
 例えば、経営理念で「お客様第一主義」と決めたのに会社内で社長がお客様の悪口を言っている、あるいは「社員の幸福を追求する」と決めたのに平気で社員を解雇しているようでは、社長自身が経営理念は「絵に描いた餅」であると伝えているようなものです。
 まずは社長自身が経営理念に一致した言葉・行動を実践することが大切で、そうして初めてその経営理念が従業員に伝わり、組織風土へとつながっていくのです。

【参考資料】

・『図解入門ビジネス 最新 パーパス経営の基本と実践がよくわかる本』(秀和システム、2025)

株式会社TKC出版

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