「長男に会社を継がせたい」「妻に多く財産を残したい」などと考えて作ったはずの遺言が、相続開始後に大きな争いを生む要因になることもあります。本記事では、資産家や中小企業経営者に向けて、相続の際に気をつけたい「遺留分」と「遺留分侵害額請求権」についてわかりやすく解説します。
💡この記事のポイント
☑遺留分とは、一定の法定相続人に保障されている最低限の取得分のこと
☑遺留分が認められるのは兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、親など)
☑遺留分侵害額請求権には1年間の時効がある
☑遺留分の支払いは原則金銭のため、支払い原資の確保が課題となる
☑生前贈与を行っても、遺留分算定のための基礎財産に含まれる贈与が存在する
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- 1.はじめに
- 2.遺留分とは何か
- (1) 遺留分制度の基本的な考え方
- (2) 誰に遺留分が認められるのか
- (3) 遺留分割合はどのように決まるのか
- 3.遺留分侵害額請求権とは何か
- (1) 遺留分侵害額請求権の概要
- (2) 実際にどのような場面で遺留分が問題になるのか
- 4.生前贈与と遺留分の関係
- (1) 生前贈与も遺留分計算に含まれる
- (2) 名義預金に要注意
- 5.遺留分をめぐる税務上の注意点
- (1) 遺留分を金銭で支払う場合の注意点
- (2) 不動産や株式で支払う場合の注意点
- 6.遺留分のトラブルを防ぐための対策
- (1) 遺言を作成する際のポイント
- (2) 生前対策で検討すべき事項
- 7.まとめ
1.はじめに
相続税対策を考える上で、見落とされがちですが実は重要なのが「遺留分」です。
遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限の取得分のことです。仮に、父親が「長男にすべての財産を相続させる」という遺言を作成したとしても、他の相続人がまったく何も受け取れないとは限りません。民法によって、一定の法定相続人には、遺言によっても奪うことのできない最低限の権利が認められているからです。
この遺留分をめぐっては、相続開始後に「遺留分侵害額請求権」が行使され遺留分の侵害が認められると、相続人間で金銭の支払いが必要になることがあります。特に、資産の大半が不動産や自社株式などである場合、遺留分に相当する現金をすぐには用意できず、思わぬトラブルに発展するケースも少なくありません。
そこで、この記事では、遺留分と遺留分侵害額請求権の基本的な仕組みをわかりやすく解説します。あわせて、生前贈与や事業承継との関係、税務上の注意点、相続トラブルを防ぐための対策についても整理していきます。
相続税対策を進める際には、「税負担を軽減すること」だけでなく「相続人間で争いを起こさせないこと」「後継者に必要な財産を確実に承継させること」「納税資金や遺留分の支払原資を確保すること」まで含めて考える必要があります。
遺言の作成や生前贈与を検討している方、会社の後継者に自社株式を集中させたい方などは、ぜひ遺留分の仕組みを正しく理解しておきましょう。
2.遺留分とは何か
まずは、遺留分制度の概要や、遺留分が認められる相続人の範囲、遺留分割合の計算方法について確認していきます。
(1) 遺留分制度の基本的な考え方
遺留分とは、一定の法定相続人に保障されている最低限の取得分のことをいいます。本来、自分の財産を誰にどのように残すかは自由に決められるのが原則です。そのため、遺言によって「配偶者に自宅を相続させる」「後継者である長男に自社株式をすべて承継させる」といった内容を定めることは可能です。
しかし、相続財産が残された家族の生活基盤になっている場合もあります。そこで民法では、一定の法定相続人について、被相続人の意思によっても奪うことのできない最低限の権利を認めています。これが遺留分です。
例えば、父が亡くなり、相続人が長男と次男の2人であったとします。相続財産は、自宅のほかに僅かな現預金のみです。父の遺言に「自宅を長男に相続させる」と書かれていた場合、次男には遺留分があるため、長男に対して遺留分を侵害された部分の金銭支払いを求めることができます。これが、後ほど説明する「遺留分侵害額請求権」です。
遺留分制度では、原則として財産そのものを取り戻すのではなく、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求する仕組みになっています。そのため、不動産や自社株式が共有となる事態は避けやすくなっていますが、一方で財産を多く取得した相続人には遺留分相当額を現金で支払う負担が生じる可能性があります。相続財産の評価額は大きいものの、すぐに使える現預金は少ないというケースでは、遺留分の支払いが大きな問題になります。
(2) 誰に遺留分が認められるのか
遺留分は、すべての相続人に認められているわけではありません。遺留分が認められるのは、法定相続人のうち、被相続人の配偶者、子(子がすでに死亡しているときには孫)、子がいないときは直系尊属(親、親がすでに死亡しているときには祖父母)です。なお、被相続人の兄弟姉妹には遺留分がありません。
兄弟姉妹に遺留分がない点は重要です。例えば、子がいない夫婦で、夫の相続人が妻と夫の兄弟姉妹のみである場合を考えてみましょう。この場合、夫が「全財産を妻に相続させる」という遺言を作成していれば、夫の兄弟姉妹には遺留分がないため、妻は兄弟姉妹から遺留分侵害額請求を受けることはありません。反対に、遺言がなければ、妻と兄弟姉妹との間で遺産分割協議が必要になり、住まいや預貯金の相続をめぐってトラブルになる可能性があるのです。
一方、子がいる場合にも注意が必要です。例えば、後継者である長男に自社株式や事業用不動産を集中して承継させたい場合、他の子にも遺留分があります。遺言で「長男にすべての株式を相続させる」と定めても、他の子から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。中小企業経営者の相続では、会社の経営権を安定させるため、後継者へ自社株式を集中させることが少なくありません。しかし、遺留分への配慮を欠くと、相続開始後に後継者が多額の金銭請求を受け、会社経営にも悪影響を及ぼす恐れがあるため注意しましょう。
(3) 遺留分割合はどのように決まるのか
遺留分の割合は、相続人の組み合わせによって異なります。ケースごとに分類すると下の表のとおりです。
■ケースごとの遺留分割合
(注)複数の血族相続人がいる場合は、立場が同じ者同士の間では遺留分が等しいものとして計算します。
(出典:坪多晶子・坪多聡美著『事例でわかる 生前贈与の税務と法務』日本加除出版)
上記の表のように、子のみが相続人である場合には「血族相続人全体の遺留分」が相続財産の2分の1となり、直系尊属(親など)のみが相続人である場合には「血族相続人全体の遺留分」が相続財産の3分の1となります。相続人が複数いる場合には、その割合に各人の法定相続分を掛けて、各相続人の遺留分割合を計算します。
例えば、相続人が子2人だけの場合、各人の遺留分割合は以下のとおりです。
・血族相続人全体の遺留分 2分の1
・子2人の法定相続分 それぞれ2分の1
・各人の遺留分割合 2分の1×2分の1=4分の1
また、相続人が配偶者と子2人の場合、各人の遺留分割合は以下のとおりです。
・血族相続人全体の遺留分 2分の1
・配偶者の法定相続分 2分の1
・配偶者の遺留分割合 2分の1×2分の1=4分の1
・子2人の法定相続分 それぞれ2分の1
・子2人(各人)の遺留分割合 2分の1×2分の1×2分の1=8分の1
遺留分割合を考える際には、単に「相続人が何人いるか」ではなく、「誰が相続人になるのか」を正確に確認する必要があります。
3.遺留分侵害額請求権とは何か
続いて、遺留分侵害額請求権の概要や、実際にどのような場面で遺留分が問題となるのかを見ていきましょう。
(1) 遺留分侵害額請求権の概要
遺留分侵害額請求権とは、遺言や生前贈与などによって自分の遺留分が侵害された相続人が、財産を多く取得した人に対して、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを求める権利です。ただし、遺留分は自動的に支払われるものではありません。遺留分を侵害された相続人が意思表示を行う必要があります。具体的には、以下のようなプロセスになるでしょう。
① まずは侵害した相手と話し合い(協議)を行う
② 協議で解決しなければ、遺留分侵害額請求を行う(内容証明郵便を用いることが多い)
③ 当事者間で解決しなければ、遺留分侵害額の請求調停を申し立てる
④ 調停が成立しなければ、遺留分侵害額請求の訴訟を起こす
なお、遺留分侵害額請求権には期間制限(時効)があります。遺留分侵害額請求権は、「相続開始」と「遺留分を侵害する遺言・贈与の存在」の両方を知った時から1年以内に行使しなければ時効により消滅します。また、相続人が相続そのものや遺留分侵害の事実を知らずにいる場合でも、「相続開始の時から10年」が経過すれば遺留分侵害額請求権は消滅するとされています。
(2) 実際にどのような場面で遺留分が問題になるのか
典型的なのは、特定の相続人に財産を集中させる遺言がある場合です。例えば、長女が親と同居して長年介護をしていたため、父が「長女にすべての財産を相続させる」とする遺言を作成した場合、他の子からすれば「自分にも相続人としての権利がある」と感じることがあるでしょう。
また、中小企業経営者の相続では、後継者に自社株式を集中させる場面で遺留分が問題になるケースが多いです。会社を安定的に承継するためには、後継者が一定割合以上の議決権を確保する必要があるため、経営者が「後継者である長男に自社株式をすべて相続させる」という遺言を作成することがあります。しかし、自社株式の相続税評価額が高い場合、長男が取得する財産額が大きくなり、他の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があります。非上場株式は簡単に売却できないため、後継者は多額の遺留分支払いに苦慮することになるでしょう。
さらに、再婚家庭でも遺留分は問題になりやすい論点です。前婚の子がいる人が再婚し、現在の配偶者に財産を多く残したいと考える場合、前婚の子にも遺留分があります。特に相続人同士の関係性が薄い場合は、相続開始後の話し合いが難航しやすくなります。
4.生前贈与と遺留分の関係
特定の相続人に財産を多く残したいと考える場合、生前贈与を検討する人も多いでしょう。ここでは、生前贈与と遺留分の関係を確認していきます。
(1) 生前贈与も遺留分計算に含まれる
「生前に財産を移しておけば、相続財産ではないから遺留分の問題は起きないだろう」と考える方がいます。しかし、遺留分を算定するための基礎となる財産には、原則として相続開始前10年間に相続人が受けた贈与や、相続人以外の方が受けた相続開始前1年間の贈与の分も算入されるため注意が必要です。
なお、上記の相続人が受けた贈与とは「婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与」に限られます。具体的には、住宅購入資金・事業資金・学費などの援助において、贈与金額や贈与の趣旨などから遺留分計算の対象となるかどうかが判断されます。
また、「贈与する側」と「贈与される側」の双方が遺留分権利者に損害を加えることを知った上で行った贈与は、上記期間外の贈与であっても例外的に遺留分計算の対象となることがあるため注意が必要です。
したがって、遺留分侵害のために大半の財産を一気に贈与したような場合を除いては、原則として贈与から10 年超が経過すれば遺留分計算の際には算入されないといえます。
(2) 名義預金に要注意
また、形式だけ贈与を行っていても、実質的に贈与が成立していないケースもあります。
その典型例が名義預金です。親が子名義の口座を作り、そこへ資金を移していたとしても、通帳や印鑑を親が管理し、子が自由に使えない状態であれば、実質的には親の財産と判断される可能性があります。
したがって、生前贈与を行う際には、贈与契約書を作成し、振込記録を残し、必要に応じて贈与税の申告を行うことが重要です。贈与後の財産管理も受贈者に移しておく必要があります。さらに、高齢期の贈与では、意思能力が問題になることがあります。相続開始後に他の相続人から「本当に本人の意思だったのか」と争われることもあるため、贈与時の判断能力や意思確認の記録を残しておくことも重要です。
5.遺留分をめぐる税務上の注意点
続いて、遺留分の支払いが生じた場合の税務上の注意点を確認しておきましょう。
(1) 遺留分を金銭で支払う場合の注意点
遺留分侵害額の支払いが確定すると、相続税の計算にも影響が生じます。相続税の申告期限は原則として相続開始を知った日の翌日から10カ月以内とされていますが、遺留分に関する話し合いが相続税の申告期限までにまとまらないこともあります。
そのような場合には、いったん遺言内容に基づいて相続税申告を行い、その後、遺留分の金額が確定した段階で税額調整を行うことが一般的です。
なお、遺留分の支払いによって取得財産が減少した相続人は、一定の場合、更正の請求により相続税の還付を受けられる可能性があります。
一方、遺留分の支払いを受けて取得財産が増加した側では、修正申告が必要になることがあるため注意が必要です。
相続税については各自で手続きをすることに合意した場合、確定した日から4カ月以内に更正の請求をしなければ相続税の還付は行われないので注意しておきましょう。
(2) 不動産や株式で支払う場合の注意点
遺留分侵害額は、原則として金銭で支払いますが、当事者間で合意すれば、不動産や株式などの財産を引き渡して解決することもあります。その場合、課税上の取り扱いは、それらの不動産または有価証券を引き渡したときに譲渡したとみなされることになり、譲渡した側に譲渡所得税が課税される可能性があるため注意が必要です。
「現金がないから不動産を渡せばよい」と考えていたにもかかわらず、譲渡によって想定外の税負担が発生しては本末転倒です。特に、昔から所有している土地や、評価額が大きく上昇している株式は注意が必要です。取得費が低い資産ほど、譲渡所得が大きくなりやすいためです。
6.遺留分のトラブルを防ぐための対策
最後に、遺留分のトラブルを防ぐためにはどのような対策があるのかを見ていきましょう。
(1) 遺言を作成する際のポイント
遺留分のトラブルを防ぐためには、遺言の内容を遺留分まで踏まえて作成することが重要です。単に「誰へ何を相続させるか」を書くだけでは十分とはいえません。
これまで例に挙げてきたように、特定の人物に多くの財産を相続させるような内容は、他の相続人の遺留分を侵害する可能性があります。遺言を作成する際には、他の相続人の遺留分を侵害していないかを確認し、侵害している場合には「現預金を他の相続人へ相続させる」「自宅とは別の不動産を他の相続人へ相続させる」などの対応策を遺言に明記するか、遺留分支払いのための原資を確保しましょう。
中小企業経営者の場合、後継者へ自社株式を集中させるためには、遺言に財産配分の理由を丁寧に記載することも検討すべきです。付言事項を活用して「なぜ後継者に株式を承継させる必要があるのか」「他の相続人へどのような配慮をしているのか」などを説明しておくことで、相続人の理解につながることがあります。
また、遺言は一度作成したら終わりではありません。財産状況や家族関係は時の経過とともに変化します。不動産や自社株式の相続税評価額が変動すれば、作成当初には問題なかった遺言内容が後に遺留分を侵害する内容になることもあり得ます。定期的に遺言を見直して、現在の財産状況や家族関係に即しているかを確認することが大切です。
(2) 生前対策で検討すべき事項
遺留分対策では、現預金の確保が重要です。遺留分侵害額請求は金銭請求であるため、不動産や非上場株式を多く取得した相続人が、他の相続人へ現金を支払う必要が生じることがあります。すぐに現金を準備できない場合は、不動産売却や借入れが必要になることもあります。
そのため、遺留分対策として、生前から一定の預貯金を確保し、必要に応じて生命保険を活用することが重要です。死亡保険金は、通常、受取人固有の財産とされ、被相続人の遺産そのものには含まれないため、原則として遺留分算定基礎財産に含まれません。そのため、納税資金や遺留分支払い資金として活用できる場合があります。例えば、後継者に自社株式を承継させる一方で、後継者を生命保険金の受取人としておき、その保険金を他の相続人への遺留分支払いの原資に充てる方法などがあります。ただし、金額や相続財産全体との比較などから相続人間に著しい不公平が生じる場合には、例外的に、その死亡保険金が遺留分の計算上考慮される可能性もあるため注意が必要です。
また、事業承継では、経営権の維持と相続人間の公平感を両立させる必要があります。必要に応じて、種類株式、持株会社、事業承継税制、経営承継円滑化法に基づく民法特例などを検討することもありますが、これらの制度は要件や手続きが複雑です。早い段階から専門家に相談し、会社の状況や家族関係に合った対策を検討しましょう。
7.まとめ
遺留分は、相続税対策や事業承継対策を考える上で避けては通れない重要なテーマです。
遺言を作成する際、一定の法定相続人には法律上保障された最低限の取得分があることを忘れないように気をつけましょう。特に、不動産などの財産を特定の相続人へ承継させたい場合や、後継者へ自社株式を集中させたい場合などには、遺留分への配慮が欠かせません。
本記事の内容が、将来の相続や事業承継を踏まえて、「誰へ何を承継させるのか」「遺留分をどう調整するのか」「遺留分支払いのための原資をどう準備するのか」といった遺留分対策を考える際の参考となれば幸いです。
参考
・『財産承継ニュースvol.46』TKC出版
記事提供
株式会社TKC出版
1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
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