企業の「賃上げ」を後押しする「賃上げ促進税制」。令和8年度税制改正で、中小企業向けの措置においては教育訓練費の上乗せ措置が廃止され、最大控除率の見直しがなされました。あらためて同税制の仕組みと改正ポイントを整理し、自社がどのように活用できるのかを確認しておきましょう。
💡この記事のポイント
☑賃上げ促進税制の基本的な仕組みと、令和8年度税制改正の要点が分かる
☑中小企業が押さえるべき税額控除率と実務上のポイントを整理
☑福利厚生施策と組み合わせた税制活用のヒントを紹介
閉じる開く
- 1.賃上げ促進税制とは?
- (1) 賃上げ促進税制の概要
- (2) 対象となる事業者
- (3) 適用期間
- (4) 賃上げ要件(必須要件)と税額控除率
- (5) 控除率の上乗せ要件:子育て支援・女性活躍推進
- (6) 最大5年間の繰越税額控除が可能
- (7) 手続きと留意点
- 2.令和8年度税制改正の概要
- 3.数字で確認! 賃上げ促進税制の効果
- 4.福利厚生との組み合わせが生む相乗効果
- 5.まとめ
1. 賃上げ促進税制とは?
(1)賃上げ促進税制の概要
「賃上げ促進税制」とは、企業が従業員に支払う給与等の総額を前年度よりも一定割合以上増やした場合に、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度です。
本税制の原点は、平成25年度に創設された「所得拡大促進税制」にあります。当時はデフレ脱却と経済活性化が大きな課題とされ、企業の内部留保を賃金や投資へいかに振り向けるか――が政策上の重要テーマでした。こうしたなか、従業員の給与を引き上げることで個人消費を喚起し、日本経済の好循環を生み出すことを目的として、同税制が誕生。賃金引き上げを行う企業を税制面から支援する仕組みが導入されたのです。
その後、物価上昇や慢性的な人手不足といった経済環境の変化を踏まえ、令和4年度税制改正において制度内容が整理され、現在の「賃上げ促進税制」へと拡充されています。
賃上げ促進税制の最大の特徴は、賃金増加額の一定割合を、税額控除(算出された法人税額または所得税額から、直接一定の金額を差し引く)できる点にあります。
通常、給与を増やせば損金(必要経費)が増えるため、結果として課税所得は減少しますが、その効果は法人税(所得税)の税率を掛けた分にとどまります。
一方、税額控除は、算出された税額そのものを直接減らす仕組みであるため、実質的な減税効果が大きくなります。賃上げを検討する企業が、税務面での恩恵を受けられる制度設計となっている――というわけです。この点において、同税制は企業の「賃上げ」を後押しする効果があるとされています。
本記事では、賃上げ促進税制のうち、中小企業向けの措置について解説します。ここでいう中小企業とは、「青色申告書を提出する中小企業者等(原則として資本金1億円以下の法人等)または常時使用する従業員数1,000人以下の個人事業主」を指します。
※賃上げ促進税制には、そのほかに「全企業向け措置」「中堅企業向け措置」がありますが、令和8年度税制改正により、全企業向け措置は令和8年3月31日をもって廃止、中堅企業向け措置についても要件整理が行われていますので注意が必要です。
(2)対象となる事業者
中小企業向け賃上げ促進税制の適用対象は、中小企業者等または青色申告を行う個人事業主(常時使用する従業員数が1,000人以下)です。
中小企業者等とは、原則として
①資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人
②資本または出資を有しない法人のうち常時使用する従業員数が1,000人以下の法人
を指します。ただし、大企業と一定の支配関係がある法人などは対象外となります。
中⼩企業者等に該当するかどうかの判定は、適⽤を受ける事業年度終了の時(個⼈事業主の場合:その年の12⽉31⽇)の現況によるものとされています。
なお、新規設⽴で、前事業年度がない場合には適⽤できません。また、⻘⾊申告書を提出していない場合(⽩⾊申告書を提出している場合)も、適⽤を受けることができませんので注意が必要です。
(3)適用期間
本制度の適用対象は、令和6年4月1日から令和9年3月31日までに開始する事業年度です。
個人事業主については、令和7年分から令和9年分までの所得が対象となります。
(4)賃上げ要件(必須要件)と税額控除率
制度の中心をなすのが「賃上げ要件」です。これは、適用事業年度の「雇用者給与等支給額」が前事業年度と比べてどれだけ増加したかによって判定されます。
○雇用者給与等支給額が前事業年度と比較して1.5%以上増加した場合
→雇用者給与等支給増加額の15%を税額控除※
○雇用者給与等支給額が前事業年度と比較して2.5%以上増加した場合
→雇用者給与等支給増加額の30%を税額控除※
※控除できる税額には上限があり、法人税額または所得税額の20%までとされています。
「雇用者給与等支給額」とは、全ての国内雇用者(賃金台帳に記載されている人)に対する給与等の支給額をいいます。そのためパート、アルバイト、⽇雇い労働者への支給分も含みます。
ただし、使用人兼務役員を含む役員および役員の特殊関係者(法⼈の役員または個⼈事業主の親族など)への支給分は対象外となります。
また、出向元法人が出向者の給与等を支給している場合、出向先法人から支払われた「出向負担金等」は雇用者給与等支給額から控除します。
また、「出向負担金等」を支出した出向先法人は、賃金台帳にその出向者を記載していれば、その「出向負担金等」の額は雇用者給与等支給額に含まれます。
「給与等」の金額に含まれるものは、原則として「給与所得となるもの」をいいます。基本給や賞与等をはじめ、通勤手当も含まれます。退職金など、給与所得とならないものについては、原則として「給与等」に該当しません。
なお、現金か商品券か――など、支給の形態は問われません。そのため、次のものも「給与等」に含まれます。
○給与所得となる手当を商品券で支給した場合の商品券の券面額
○給与所得となる食事代の手当をお食事券で支給した場合のお食事券の券面額
(5)控除率の上乗せ要件:子育て支援・女性活躍推進
子育てとの両立支援や女性活躍に積極的に取り組む企業は、控除率が5%上乗せされます。
具体的には、適用事業年度中に次のいずれかの認定を取得していること、または事業年度終了時点で保有していることが要件です。
○くるみん認定・くるみんプラス認定
○えるぼし認定(2段階目以上)
○プラチナくるみん認定・プラチナくるみんプラス認定・プラチナえるぼし認定
くるみん認定・くるみんプラス認定については、令和4年4月1日から適用される改正後の基準を満たしたくるみん認定を取得した場合に限り、適用可能とされています。したがって、以下の認定は対象外となります。
○トライくるみん認定・トライくるみんプラス認定
○経過措置を利用して取得した令和4年3月31日以前の基準(「旧基準」)での、くるみん認定・くるみんプラス認定
くるみん・えるぼしの認定取得には社内制度整備や実績の積み上げを要するため短期間で対応できるものではありません。一定の準備期間が必要ですが、税制面だけでなく、採用力向上や企業イメージの向上という副次効果も期待できます。「税制対応のために取得する」のではなく、中長期の人材戦略の一環として位置付けることが望ましいでしょう。
くるみん認定・えるぼし認定について、詳しくは厚生労働省のWebサイトをご参照ください。
(6)最大5年間の繰越税額控除が可能
令和6年度税制改正において、中小企業については、赤字であった、もしくは大きな黒字ではなかったために税額控除をしきれなかった場合に、最長5年間、未控除額を繰り越せる措置が導入されました。
赤字や税額不足で当年度に全額控除できなかった場合でも、将来黒字になった年度で控除できるため、景気変動の影響を受けやすい中小企業にとっては重要な措置といえます。ただし、未控除額を翌年度以降に繰り越す場合は、未控除額が発生した年度の申告において、「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」を提出する必要があります。
○繰越控除措置のイメージ
(7)手続きと留意点
本税制を適用するにあたっては、事前に認定を受けたり、書類の提出・届出を行ったりする必要はありません。
本制度の適用を受けるためには、法人税(個人事業主の場合は所得税)の申告の際に、確定申告書等に、税額控除の対象となる雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額、その金額の計算に関する明細を記載した書類および適用額明細書(適用額明細書については、法人のみ)を添付する必要があります。
控除しきれない金額(未控除額)を翌年度以降に繰り越す場合は、①未控除額が発生した事業年度以後の各事業年度の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書、および②繰越税額控除措置の適用を受けようとする事業年度の確定申告書等に繰越控除を受ける金額を記載するとともに、その金額の計算に関する明細書を添付して提出する必要があります。
法人の場合、繰越税額控除限度超過額の明細書と繰越控除を受ける金額の計算に関する明細書の書類が異なります。①の明細書が提出されていない場合、未控除額は繰り越されず、繰越税額控除を適用できませんので、提出漏れには注意しましょう。
2. 令和8年度税制改正の概要
これまで中小企業向け措置では、
・賃上げ要件(必須要件)
・教育訓練費の増加(上乗せ要件①)
・子育て支援・女性活躍支援(上乗せ要件②)
といった3つの要素を組み合わせることで、税額控除率を最大45%まで引き上げることが可能でした。
しかし令和8年度改正により、教育訓練費に係る上乗せ措置は廃止されました。今後は「賃上げ要件」と「子育て支援・女性活躍支援(くるみん・えるぼし認定)」が主な判断軸となります。これにより、最大控除率は「45%」→「35%」となります。
3. 数字で確認! 賃上げ促進税制の効果
賃上げ促進税制を活用した場合の効果について、具体的な数字をもとに見てみましょう。
【設例1】
○青色申告法人・資本金300万円(中小企業者)
○従業員数:10名
○前期の給与等支給総額:4,500万円(10名分)
○当期の給与等支給総額:4,650万円(10名分)
○給与等支給増加額:150万円
○賃上げ率:3.3%((4,650万円―4,500万円)÷4,500万円)
○税額控除率:30%(3.3%≧2.5%)
○税額控除の額:45万円(150万円×30%)
【設例2】
○青色申告法人・資本金300万円(中小企業者)
○従業員数:10名
○前期の給与等支給総額:4,500万円(10名分)
○当期の給与等支給総額:4,650万円(10名分)
○給与等支給増加額:150万円
○賃上げ率:3.3%((4,650万円―4,500万円)÷4,500万円)
○くるみん認定取得(+5%上乗せ)
○税額控除率:35%(3.3%≧2.5%:税額控除率30%+5%)
○税額控除の額:52万5,000円(150万円×35%)
ただし、多くの場合、一度上げた給与は下げづらいもの。昇給の影響は長期的に続きます。特に中小企業では、一度引き上げた給与水準を維持できなくなると、経営へのダメージが大きくなります。自社の収益力や人材戦略に合った無理のない賃上げを前提に、結果として税制の適用を受けられるかを確認する姿勢が重要です。
4. 福利厚生との組み合わせが生む相乗効果
近年は、福利厚生や待遇面を基準に、会社を選ぶ学生や若手人材が増えています。賃上げ促進税制と福利厚生との「組み合わせ」も可能なものが多くなっていますので、確認しておきましょう。
(1)社会保険適用に関する手当:賃上げ促進税制の対象
「年収の壁」への対策として、企業が従業員へ支給する手当は賃上げ促進税制の適用対象となる給与等に含めることが可能です。例えば、次のような手当が挙げられます。
①事業者がパート従業員の保険料負担を軽減するために社会保険適用促進手当を支給する場合
②事業者が独自に社会保険に加入済みのパート従業員に対して社会保険適用促進手当を支給する場合
そのほか、現在政府では「年収の壁」への対策が準備されています。詳しくは厚生労働省のWebサイトをご参照ください。
厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」(2)奨学金の「代理返還」に充てる費用:賃上げ促進税制の対象
近年、福利厚生の一環として、貸与型奨学金の返還を「肩代わり」する企業も増えています。
従業員の代わりに企業が奨学金返還を担う際に充てる経費は、賃上げ促進税制の給与等支給額の対象となります。
この場合、①各企業から社員へ返還額を支払う方法(給与所得に該当)②企業から独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)へ直接送金する方法――の2種類があります。
とりわけ、②企業から独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)へ直接送金する方法については、「奨学金返還支援(代理返還)制度」として知られており、令和6年10月末時点で、全国で2,500社超が利用しています。
奨学金返還支援制度を利用する場合、次のようなメリットがあるとされています。
①所得税:非課税となり得る
企業等が直接、日本学生支援機構に送金することで従業員自身の通常の給与と返還額が区分され、かつ奨学金の返還であることが明確となるため、その返還額に係る所得税は非課税となり得ます。
②法人税:給与として損金算入でき、かつ賃上げ促進税制の対象になり得る
企業等にとっては、代理返還は従業員の奨学金の返済に充てるための給付にあたるので、給与として損金算入されます。
また、賃上げ促進税制の対象となる給与等の支給額にも該当することから、一定の要件を満たす場合には、法人税の税額控除の適用を受けることができます。
③社会保険料:返還金は、原則として報酬に含めない
奨学金返還支援(代理返還)による返還金は、原則として社会保険料の算定根拠となる「標準報酬月額」に含めません。このため、当該従業員の社会保険料負担を減らせる可能性があります。
人材不足が深刻化し、若手人材の確保や離職防止が大きな課題となっている昨今、「奨学金返還支援(代理返還)制度」はその課題解決の新たな一手として注目されています。賃上げ促進税制とともに、福利厚生の充実の側面からも、奨学金返還支援(代理返還)制度の活用についても検討してみるとよいでしょう。
「奨学金返還支援(代理返還)制度」の詳細については、下記Webサイトをご参照ください。
5. まとめ
令和8年度税制改正により、賃上げ促進税制は「よりシンプルに、実態に即した制度」へと見直されました。
税制の有利不利だけで判断するのではなく、自社の経営戦略や人材戦略とどう結び付けるかが、これまで以上に問われます。
賃上げはコストであると同時に、企業の将来を支える投資です。制度を正しく理解し、無理のない形で活用することで、持続的な経営につなげていくことが大切です。
参考
・財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要(令和7年12月26日閣議決定)」
・中小企業庁Webサイト「中小企業向け『賃上げ促進税制』」
・経済産業省・中小企業庁「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」(令和6年9月20日更新)
・中小企業庁「『賃上げ促進税制』パンフレット(令和6年3月時点版)」
・中小企業庁「中小企業向け 賃上げ促進税制 よくあるご質問 Q&A(2024 年9月 20 日更新版)」
・独立行政法人日本学生支援機構Webサイト「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」
記事提供
株式会社TKC出版
1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
税理士の4大業務(税務・会計・保証・経営助言)の完遂を支援するため、月刊誌や映像、デジタル・コンテンツ等を制作・提供しています。


