💡この記事のポイント
☑紙の約束手形・小切手廃止により、オンラインでの決済が主流に。
☑電子化に伴い、印紙税や郵送料が不要、場所を問わない決済が可能。
☑廃止後は原則、「現金」「ネットバンキング」「電子記録債権」で支払い。
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1.紙の約束手形・小切手廃止の動向が注目される理由
紙の約束手形・小切手は、長年にわたって企業間における資金のやり取りにおいて重要な役割を担ってきました。
紙の手形と小切手は明治時代以前から流通の仕組みが存在していたといわれています。現在の手形・小切手制度は、1934年(昭和9年)から施行された手形法と小切手法が基礎となっています。
法律施行当時から紙の手形と小切手制度は企業間の資金取引として利用されてきました。しかし、社会のデジタル化が進む中、企業の生産性向上や金融機関の決済効率化を背景に2027年(令和9年)3月末をめどに電子化に移行します。90年以上継続してきた制度の廃止・電子化への移行に伴う手続きや、企業間取引の変化が求められることもあり、その動向が注目されています。
2.そもそも約束手形・小切手とは何か
本項では、約束手形と小切手の基本的な仕組みを解説します。
(1) 基本的な仕組み
約束手形や小切手は、現金に代わりお金のやり取りをするために使われます。これらは財産的価値を持つ有価証券の一種で、貨幣の価値を表す貨幣証券にあたります。それぞれの役割は以下の通りです。
①約束手形
約束手形は、代金を支払う側である振出人が代金を受け取る側の受取人に対して、指定した期日に代金の支払いを行うことを約束する貨幣証券です。約束手形における取引の流れは下記のようになります。
上記の表のように、B社から商品を購入すると同時に約束手形を振出したA社は、約束手形の支払期日までにB社から購入した商品代金を取引金融機関に預けておく必要があります。B社は支払期日に約束手形を取引金融機関に呈示することによって約束手形に記載されている金額を受け取ることができ、A社の口座からはB社が受け取った金額が引き落とされます。このように、約束手形は代金の支払いを先に延ばすことができます。
②小切手
小切手は約束手形同様に、現金の代わりに代金の支払等に使われる貨幣証券です。小切手を使用した場合の主な流れは約束手形と同じですが、小切手の場合は金融機関に呈示すると同時にすぐ現金化することができます。現金化は振出人が事前に預金口座に商品代金を入金しておかないとできないため、必ず口座残高を確認しておく必要があります。受取人としては、約束手形のように支払期日を待たずに現金を手に入れることができるため、早く現金がほしい場合は小切手に利点があるといえます。
(2) 長年利用されてきた理由と廃止の具体的背景
決済手段の1つである、紙の約束手形や小切手。長年利用されてきた理由としては、現金を必要とせず多額のやり取りを行える点が挙げられます。また、この点で盗難や紛失のリスクを低減させることもできます。特に約束手形については「資金が今すぐなくても取引が可能」であるため、とりわけ取引期間が長期であったり、取引金額が大きくなる傾向のある卸売業や製造業、建設業などでは便利な決済手段の1つとして広く利用されてきました。
ほかにも約束手形と小切手は手形法・小切手法にそれぞれ振出人に対する支払義務が定められているため法的効力があります。もし支払いが行われなかった場合でも訴訟手続きなどを行う際の証拠になります。
以上のように約束手形と小切手は資金取引における利便性と、支払義務が法律によって保障されている点もあり長年利用され重要な役割を果たしてきましたが、その利用枚数は減少の一途をたどっています。手形と小切手の利用枚数は1979年(昭和54年)に4億枚以上が利用されていましたが2024年(令和6年)は約1,900万枚しか利用されず、ピーク時の約20分の1にまで減少しています。
また、急速にデジタル化が進んだこともあり、紙での事務手続きを前提とした手形や小切手は電子化に向けて転換される方針が示されました。 廃止における実務的な具体的背景については、主に下記が挙げられます。
①取り扱いが非効率
約束手形と小切手が紙である以上、郵送を中心とした受け渡し、印紙代等のコスト、紛失や偽造、盗難といったリスクがあります。また、受取企業にとって紙の約束手形は、支払期限前に現金化する際の割引料が高いため、実際に受け取る金額が減少するデメリットもあります。
②高い不渡りリスク
自社口座に約束手形と小切手記載の金額がない場合は支払いを行うことができず不渡りになりますが、不渡りを2度起こすとすべての金融機関との取引ができなくなります。
③代替手段の充実
後述する電子記録債権システムやインターネットバンキングなど、オンライン環境での代替手段が充実しています。これらに代替すると、紙による煩雑な事務手続きが不要になります。
3.電子化移行に向けてのスケジュールと中小企業への影響
(1) スケジュール
2021年(令和3年)6月に政府が「2026年(令和8年)の約束手形利用の廃止・小切手の全面的な電子化」の方針を示して以降、廃止・電子化に向けて段階的に進んでいます。
2021年(令和3年)7月には、一般社団法人全国銀行協会が「手形・小切手機能の全面的な電子化に向けた自主行動計画」内で、2026年(令和8年)度末までに電子交換所における手形・小切手の交換枚数をゼロにすると公表しました。
公正取引委員会・中小企業庁も主に「下請け代金の支払条件の改善」による取引適正化を図るため、「2026年(令和8年)をめどに、紙の約束手形の利用を廃止する」方針を打ち出しました。紙の約束手形による支払いは、多くの場合、支払企業は仕事を発注する側であり受取企業は仕事を受注する側です。こうした取引上の立場の違いもあり受取企業が資金繰りに苦しむ要因の1つとなっていました。
2025年(令和7年)現在、金融業界を筆頭に電子化の流れが進んでいます。具体的なスケジュールは下記の通りです。
| 時期 | 内容 |
| 2025年9月末 | 多くの金融機関で手形・小切手帳の発行受付終了 |
| 2026年9月末 | 最終振出期限(以降は発行不可) |
| 2027年3月末 | 電子交換所の廃止、取立受付停止 |
このような流れを汲みながら、2027年(令和9年)3月末に紙の約束手形と小切手の廃止が予定されています。
(2) 中小企業への影響
中小企業への影響としては、それぞれメリットとデメリットがあります。
①メリット
1)入金が早まることによる資金繰りの改善
約束手形は支払サイトによって支払いを受けることができますが、交付から満期日まで、下請取引では60日以内が望ましいとされています。電子化すると現金化が早くなる傾向にあり、資金繰りが改善される可能性があります。
2)事務作業の削減と不渡りリスクの低減
前述の紙の約束手形と小切手における、使用の際の事務作業の手間と不渡りを起こしてしまった場合のリスクは、電子化によって削減・回避することができます。
3)DX(デジタルトランスフォーメーション)化が進む
後述する電子記録債権システムやオンライン環境における送金システムの導入により、社内のデジタル化を推進することができます。
②デメリット
1)電子化に伴うシステム導入における初期コスト
電子記録システム等、システム導入が未完了の場合、導入に関する初期コストがかかります。
2)システム移行に伴う対応の遅れ
紙の約束手形と小切手から電子化するに伴い、最初のうちはシステムに慣れていない等による対応の遅れが発生する可能性があります。
4.廃止後の主な支払方法
紙の約束手形と小切手が廃止された後は具体的にどのような方法で支払いを行うことになるのでしょうか。現在、支払手段の1つとして紙の約束手形や小切手を利用している企業は、2027年(令和9年)3月末までに次のいずれかの支払手段に切り替える必要があります。
1.原則:現金による支払い
(インターネットバンキングによる銀行振込を含む)
2.電子記録債権(でんさい)による支払い
本項では、紙の約束手形と小切手が廃止された後に主に支払方法として使われる、上記2点について詳しく解説します。
(1) 現金払い、インターネットバンキングによる銀行振込
資金繰りの悪化を防ぐためにできるだけ早く現金を受け渡すためには、原則現金による支払いになります。
銀行での振込はもちろん、オンライン環境下におけるインターネットバンキングを利用するのも方法のひとつです。インターネットバンキングとはオンライン上で口座への振込等ができる金融サービスです。
(2) 電子記録債権(でんさい)による支払い
電子記録債権、通称「でんさい」は、株式会社全銀電子債権ネットワークが取り扱う電子記録債権です。でんさいネット※に参加している全国の金融機関で申込・利用ができます。手形から電子記録債権に変更することで、主に下記のような利点があります。
※でんさいネットとは、電子記録債権法に基づき債権を電子的に記録・流通させる制度です。電子化に伴い、「印紙税、郵送代不要」「紛失や盗難のリスクがない」「オンライン環境であれば場所を問わず決済可能」といったメリットがあります。
| ■手形 | ■電子記録債権 |
|
・作成、交付、コスト ・紛失、盗難リスク ・分割不可 |
・電子データ送受信等による発生、譲渡 ・記録機関の記録原簿で管理 ・分割可(一部を譲渡可) |
特に上記の表における「分割可(一部を譲渡可)」は、必要な金額だけ分割して譲渡可能です(具体的な上限・条件は取引金融機関の規約に従います)。
なお、でんさいで支払う側、でんさいを受け取る側のメリットはそれぞれ下記の通りです。
| 支払企業のメリット | 受取企業のメリット |
| ■コスト削減 ・費用は金融機関に支払う手数料のみ ・印紙や郵送料等は不要 ・手形発行作業に係る人件費も削減 |
■コスト削減 ・領収書に貼り付ける印紙が不要 ・取引先への領収書郵送料が不要 |
| ■事務負担軽減 ・Web上での支払情報の入力と上席者の承認のみで事務作業は終了 ・領収書の受け取りも不要にできる |
■事務負担軽減 ・取引先からの手形受取作業、取引先への領収書発行作業、金融機関への取立依頼が不要になる |
| ■リスク低減 ・現物がないので紛失や盗難リスク、手形の誤封入、郵送遅延リスクがない ・災害時でも支払遅延リスクが低い |
■リスク低減 ・現物がないので紛失や盗難のリスクがない ・災害時でも期日通り資金受取ができる可能性が高い ・取立忘れがなくなる |
| ■支払手段の一本化 ・手形、振込、一括決済等、複数の支払手段をオンラインでまとめて一本化、効率化できる |
■資金繰りの円滑化 ・支払期日に自動入金される ・記録機関の原簿上の譲渡記録で移転が可能 ・支払期日前に割引として活用することが可能 ・必要な分だけ分割して利用が可能 |
上記のほかにも、でんさいはオンラインでのやり取りになるため、「場所を問わない決済が可能」という点も挙げられます。
でんさいの発行請求件数は2013年(平成25年)の約13万件から2024年(令和6年)の約802万件にまで、実に60倍以上も増加しています。この請求件数は2027年(令和9年)3月末に紙の約束手形と小切手が廃止されて以降、さらに増加することが見込まれています。
具体的なでんさいの始め方は、公式サイトの下記案内ページを参照してみましょう。
ご検討からご利用開始まで|でんさいネット
5.実務担当者が今から準備すべきこと
(1) 現状の約束手形・小切手利用状況の棚卸
2026年(令和8年)9月末の最終振出期限に向けて、現在残っている約束手形と小切手の使用や廃棄計画を立てておきましょう。残数を確認し計画的に使用することで、約束手形と小切手の使い忘れなどを防ぐことができます。
(2) 取引先との決済条件見直し
電子化に向けて関連システムを導入したり実務担当者の準備が進んでいたとしても、取引先が本制度に基づいた決済方法に未対応であれば意味を成しません。電子化に向けた決済方法に対応することが可能か確認し、適宜契約内容や支払条件の見直しをしましょう。
6.まとめ
90年以上、主に企業間の資金やり取りにおいて重要な役割を果たしてきた紙の約束手形と小切手ですが、2027年(令和9年)3月末をもって廃止、電子化されます。
廃止後に主軸になるのがオンライン決済です。電子化されることで、印紙税や郵送料が不要になり、原則「現金」「ネットバンキング」「電子記録債権」で支払いを行うことになります。その仕組みと方法、システム整備等を含め、企業が行うべき準備を今のうちから進めておきましょう。
【参考資料】
・一般社団法人全国地方銀行協会「手形・小切手の全面的な電子化に向けて」
・一般社団法人全国地方銀行協会「手形・小切手機能の電子化に関する検討 中間報告」
・一般社団法人全国地方銀行協会「紙の手形・小切手利用廃止へ」
・国税庁「有価証券の範囲|国税庁」
・一般社団法人全国地方銀行協会「手形・小切手の全面的な電子化に向けて」
・e-Gov 法令検索「手形法 | e-Gov 法令検索」
・e-Gov 法令検索「小切手法 | e-Gov 法令検索」
・一般社団法人全国銀行協会「紙の手形・小切手利用廃止へ | 一般社団法人 全国銀行協会」
・内閣官房「成長戦略実行計画」(令和3年版)
・『事務所通信』2025年3月号
・一般社団法人 全国銀行協会「手形・小切手機能の全面的な電子化に向けた自主行動計画」
・北上商工会議所「紙の手形・小切手の利用廃止を見据えた電子化について|北上商工会議所 公式サイト」
・中小企業庁「紙の約束手形、やめませんか?」
・でんさいネット「でんさいの(分割)譲渡に何か制限はありますか。 | よくあるご質問 | でんさいネット」
・一般社団法人 全国銀行協会「手形・小切手機能の電子化状況に関する調査報告書(2024年度)」
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