💡この記事のポイント
☑非営利の医療機関には業務の範囲が限定されていることを知る
☑MS法人を活用する場合は制約があることを理解する
☑医療機関とMS法人との取引では条件やルールの明確化、関係の透明性が重要
☑取引の適正性の観点から価格の妥当性が求められる
☑MS法人を設立する場合はメリットを十分に吟味する
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- 1.MS法人とは何か
- (1) MS法人は株式会社と同じ一般法人
- (2) 医療法人は非営利性を担保した特別の法人
- 2.MS法人活用にあたっての制約
- (1) 営利目的・役職員の兼務等を否定している
- (2) 関係事業者との取引は報告の義務
- 3.MS法人活用の留意点
- (1) MS法人としての実体を備える
- (2) 契約関係・許認可関係の整備
- (3) 取引価格の妥当性
- (4) 透明性のある会計処理
- (5) ガバナンス体制の整備
- (6) MS法人設立のメリットを十分に吟味する
医療を取り巻く環境は年々厳しくなっています。物価高騰、診療報酬の伸び悩み、働き方改革等による人件費の増加、医療機器の高度化による設備投資負担など、経営課題は複雑化しています。
このような状況下で医療機関では、MS法人を活用し、資産とリスクの切り離しや医療機関の経営の柔軟性を高めることにつなげています。
かといって、MS法人を活用すれば何でも可能になるわけではなく、非営利である医療機関との関係性のもと制約もあります。
それでは、まずMS法人の基本から理解していきましょう。
1.MS法人とは何か
(1) MS法人は株式会社と同じ一般法人
MS法人とはメディカルサービス法人の略で、医療法に規定される医療法人とは異なり、法律上特別な定義があるわけではなく、株式会社(合同会社を含む)と同じ一般法人です。そのため、一般的には「医療法人が医療に専念できるようサポートする会社」と理解されていて、医療法人が行えない業務であっても、法令に反しない範囲で幅広く活動できます。
MS法人が担う業務としては次のようなものがあります。
〈MS法人が行う主な業務〉
・医療機器等のリース・管理
・医療事務などの請負
・建物・駐車場などの不動産賃貸・管理
・物品調達や購買の集約
・配食サービス
・売店などの小売
・清掃・警備・保守業務のアウトソーシング など
(2) 医療法人は非営利性を担保した特別の法人
一方で、医療法人は、「病院又は一定規模以上の診療所の経営を主たる目的とするものでなければならないが、それ以外に積極的な公益性は要求されず、この点で民法上の公益法人と区別され、又その営利性については剰余金の配当を禁止することにより、営利法人たることを否定されており、この点で商法上の会社と区別される」(昭和25年8月2日発医第98号厚生事務次官通知「医療法の一部を改正する法律の施行に関する件」)と、剰余金の配当を明文で禁止するなど、非営利性を担保しながら、医療の永続性・継続性を確保することを目的とした特別の法人です。このような医療法人においては、行うことができる業務の範囲も規定されています。定款(寄附行為)に記載さえすればどのような事業でもできるというわけではありません。
■医療法人の業務の範囲
(1)本来業務:
医療法人の中心となる業務で、病院・診療所・介護老人保健施設及び介護医療院の運営です。
(2)附帯業務:
定款の定めるところにより、附帯業務として医療法第42条に定める業務(医育機関の設置等)を行うことができます。なお、本来業務の運営に支障をきたす附帯業務の運営や、附帯業務のみを行うことはできません。
具体的には、医療法第42条各号にかかげる次の業務については、本来業務に支障のない限り行うことができます。
①医療関係者の養成又は再教育(看護師や理学療法士その他医療関係者の養成所の経営。後継者等に学費を援助し大学等で学ばせることは養成とはならない)
②医学又は歯学に関する研究所の設置
③巡回診療所等の医療法第39条第1項に規定する診療所以外の診療所の開設
④疾病予防運動施設(病院又は診療所の同一の敷地内又は隣接する敷地に疾病予防施設を設ける場合は、当該病院又は診療所が利用者に対する適切な医学管理を行うことにより、新たに診療所を設けてなくてもよい)
⑤疾病予防温泉利用施設(疾病予防のために温泉を利用させる施設と提携する医療機関は、利用者の健康状態の把握、救急時等の医学的処置を行うことのできる体制でなければならない)
⑥保健衛生に関する業務(薬局、施術所、介護職員養成研修事業、助産所、海外における医療施設の運営に関する業務等)
⑦生計困難者を無料又は低額な料金で入所させて生活の扶助を行う施設の経営等(社会福祉法第2条第2項及び第3項に掲げる事業のうち厚生労働大臣が定めるもの)
⑧有料老人ホームの設置(老人福祉法に規定するもの)
(3)収益業務:
社会医療法人のみが行うことができる業務です。収益は当該社会医療法人が開設する病院、診療所、介護老人保健施設又は介護医療院の経営に充てなければなりません(医療法施行規則第30条の35の3の社会医療法人の認定要件を満たし、社会医療法人の行う業務として社会的に許容される範囲内)。
(4)付随業務:
開設する病院又は診療所等の一部として又はこれに付随して行われるものは収益業務に含まれず、特段の定款変更等は要せず、付随業務として行うことが可能です。たとえば、院内に設置する売店や敷地内で行われる駐車場業等は付随業務となり、一方で、敷地外の有する法人所有の遊休資産を用いて行われる駐車場業等は、付随業務には含まれません。
※なお、詳細については、厚生労働省の「医療法人の業務範囲」をご参照ください。
2.MS法人活用にあたっての制約
(1) 営利目的・役職員の兼務等を否定している
まず、厚生労働省の通知「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」(平成5年2月3日総第5号・指第9号厚生省健康政策局総務課長・指導課長通知)から見ていきましょう。
この通知は、医療機関の開設許可時の審査及び開設後の医療機関に対する検査について、都道府県宛てに出されたものです。そのなかに「開設許可の審査に当たっての確認事項」において、営利を目的としないことと、役職員等の兼務についての事項がとりまとめられています。
■「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」(抜粋)
1 医療機関の開設者に関する確認事項
(1) 医療法第7条に定める開設者とは、医療機関の開設・経営の責任主体であり、原則として営利を目的としない法人又は医師(歯科医業にあっては歯科医師。以下同じ。)である個人であること。
(2) 開設・経営の責任主体とは次の内容を包括的に具備するものであること。
(中略)
③ 開設者である個人及び当該医療機関の管理者については、原則として当該医療機関の開設・経営上利害関係にある営利法人等の役職員を兼務していないこと。
ただし、次の場合であって、かつ医療機関の非営利性に影響を与えることがないものであるときは、例外として取り扱うことができることとする。また、営利法人等との取引額が少額である場合も同様とする。
・ 営利法人等から医療機関が必要とする土地又は建物を賃借する商取引がある場合であって、営利法人等の規模が小さいことにより役職員を第三者に変更することが直ちには困難であること、契約の内容が妥当であると認められることのいずれも満たす場合
④ 開設者である法人の役員については、原則として当該医療機関の開設・経営上利害関係にある営利法人等の役職員を兼務していないこと。
ただし、次の場合(開設者である法人の役員(監事を除く。)の過半数を超える場合を除く。)であって、かつ医療機関の非営利性に影響を与えることがないものであるときは、例外として取り扱うことができることとする。また、営利法人等との取引額が少額である場合も同様とする。
ア 営利法人等から物品の購入若しくは賃貸又は役務の提供の商取引がある場合であって、開設者である法人の代表者でないこと、営利法人等の規模が小さいことにより役職員を第三者に変更することが直ちには困難であること、契約の内容が妥当であると認められることのいずれも満たす場合
イ 営利法人等から法人が必要とする土地又は建物を賃借する商取引がある場合であって、営利法人等の規模が小さいことにより役職員を第三者に変更することが直ちには困難であること、契約の内容が妥当であると認められることのいずれも満たす場合
ウ 株式会社企業再生支援機構法又は株式会社東日本大震災事業者再生支援機構法 に基づき支援を受ける場合であって、両機構等から事業の再生に関する専門家の派遣を受ける場合(ただし、開設者である法人の代表者とならないこと。)
(平成5年2月3日総第5号・指第9号)より(アンダーラインは筆者)
このように、医療機関の開設者や医療機関の管理者、医療法人の役員については、原則として営利法人等の役職員を兼務できないことになっています。つまり、個人立の診療所院長や医療法人の理事長等は、原則としてMS法人の経営者等になることができません。
(2) 関係事業者との取引は報告の義務
また、医療法人は関係する事業者との取引について、報告する義務があります。「医療法人の計算に関する事項について」(平成28年4月20日医政発0420第7号厚生労働省医政局長通知)には次のように記載されています。
■「医療法人の計算に関する事項について」(抜粋)
(2)当該医療法人と行う取引
① 事業収益又は事業費用の額が、1千万円以上であり、かつ当該医療法人の当該会計年度における事業収益の総額(本来業務事業収益、附帯業務事業収益及び収益業務事業収益の総額)又は事業費用の総額(本来業務事業費用、附帯業務事業費用及び収益業務事業費用の総額)の10パーセント以上を占める取引
② 事業外収益又は事業外費用の額が、1千万以上であり、かつ当該医療法人の当該会計年度における事業外収益又は事業外費用の総額の10パーセント以上を占める取引
③ 特別利益又は特別損失の額が、1千万円以上である取引
④ 資産又は負債の総額が、当該医療法人の当該会計年度の末日における総資産の1パーセント以上を占め、かつ1千万円を超える残高になる取引
⑤ 資金貸借、有形固定資産及び有価証券の売買その他の取引の総額が、1千万円以上であり、かつ当該医療法人の当該会計年度の末日における総資産の1パーセント以上を占める取引
⑥ 事業の譲受又は譲渡の場合、資産又は負債の総額のいずれか大きい額が、1千万円以上であり、かつ当該医療法人の当該会計年度の末日における総資産の1パーセント以上を占める取引
これらの取引を行う会社の役員等に医療法人の役員等がいる場合等(理事会等の議決権の過半数は占める等の場合ほか)は、関係事業者ということになり、その関係の透明化・適正化が必要かつ重要であることから、都道府県知事に毎年度報告することになります。
なお、関係事業者は法人だけでなく個人も含まれます。
報告は次に掲げる事項を関係事業者ごとに記載しなければなりません。
〈報告内容〉(同通知より)
① 当該関係事業者が法人の場合には、その名称、所在地、直近の会計期末における総資産額及び事業の内容
② 当該関係事業者が個人の場合には、その氏名及び職業
③ 当該医療法人と関係事業者との関係
④ 取引の内容
⑤ 取引の種類別の取引金額
⑥ 取引条件及び取引条件の決定方針
⑦ 取引により発生した債権債務に係る主な科目別の期末残高
⑧ 取引条件の変更があった場合には、その旨、変更の内容及び当該変更が計算書類に与えている影響の内容
ただし、関係事業者との間の取引のうち、次に定める取引については、報告を要しない。
イ 一般競争入札による取引並びに預金利息及び配当金の受取りその他取引の性格からみて取引条件が一般の取引と同様であることが明白な取引
ロ 役員に対する報酬、賞与及び退職慰労金の支払い
〈関係事業者との取引の状況に関する報告書(様式)〉
3.MS法人活用の留意点
MS法人活用のメリットとしては、医療法人では実施できない事業が実施できること、経営リスクを分散できること、病院・診療所等以外の不動産が取得可能なことなどがありますが、非営利である医療機関との関係性から留意すべき事項があります。
(1) MS法人としての実体を備える
形式だけでなく、実際に人材や資産を移し、業務をMS法人が主体的に遂行していることが必要です。きちんと事業所を設置することはもちろん、MS法人の従業員も必要になります。たとえば、税務調査によってMS法人に実体がないと判断された場合は、医療機関からMS法人への業務委託等の業務自体が否認される可能性があります。
(2) 契約関係・許認可関係の整備
医療機関との取引においては契約のもと行うこと(共通費の負担方法や取引のルールを明確化する)。多額の取引の場合は医療法人等の理事会・社員総会等で承認されているか確認します。また、MS法人が行う業務によっては、介護事業、労働者派遣事業など許認可が必要な場合もありますので、注意してください。
(3) 取引価格の妥当性
たとえば、MS法人が不動産管理業務に携わる場合、賃料の設定においては近隣の賃貸事業の状況と、対象不動産の賃貸契約とを比較して、金額の妥当性を確保しておく必要があります。また、根拠資料として賃料を設定した資料を保存しておくようにしましょう。
(4) 透明性のある会計処理
医療機関との取引について、適時に、正確に記帳し、証憑を適切に保管します。また、税理士等の専門家に会計処理等のチェックをしてもらい、透明性を確保するようにします。
(5) ガバナンス体制の整備
取締役会・株主総会・社員総会を形式的にせず、議事録を適正に作成し、経営上の重要事項について、その決定プロセスを残しておきましょう。
(6) MS法人設立のメリットを十分に吟味する
MS法人を設立する場合、当然のことですがコストも発生しますし、その運営においては新たな業務も発生するので負担も大きくなります。それを上回るメリットがあるかどうか、専門家に相談するとともに十分に吟味しましょう。
MS法人の活用においては、高額な医療機器や不動産をMS法人に保有させることで、医療法人本体の財務リスクを抑制できます。また、MS法人が一般の株式会社等と同じであるという点を活かし、実施事業についてはMS法人単独で利益が出るなどの事業を検討してみてはいかがでしょうか。それによって医療機関にも相乗効果を及ぼすことも可能であると思われます。MS法人の設立前には、税理士や弁護士等の専門家と一緒に、事業スキームと法的適合性、収益性をしっかり検討し、設立後は顧問税理士による取引価格の妥当性チェックなど定期的にチェックしてもらう体制の整備が不可欠となります。 法令遵守や透明な会計処理といた基本的なことを欠いた経営となっては、リスクが高くなることにご留意ください。
【参考文献】
・「医療法人の業務の範囲」厚生労働省
・「医療法の一部を改正する法律の施行に関する件」(昭和25年8月2日発医第98号厚生事務次官通知)
・「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」(平成5年2月3日総第5号・指第9号厚生省健康政策局総務課長・指導課長通知)
・「医療法人の計算に関する事項について」(平成28年4月20日医政発0420第7号厚生労働省医政局長通知)
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