💡この記事のポイント
☑社会保険診療が「非課税」であることから医療機関は課題を抱えていることを知る
☑消費税の基本的なしくみを理解する
☑「控除対象外消費税」が発生するも診療報酬等で補塡されていることを知る
☑物価高騰、設備投資などにより消費税負担が増すことを知る
☑消費税負担の大きい病院は軽減税率に課税取引とすることを要望している
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消費税は、医療や福祉といった社会保障制度の充実を図るための財源として重要ですが、社会保険診療が非課税取引となっていることから、医療機関等においては大きな課題を抱えています。
病気になったときなど、医療機関を受診した際に消費税を支払わず、しかも国民皆保険のもと、その多くの診療については保険が適用され、個人の負担を少なくしているわが国の社会保障制度は国民にとって安心を与えるものです。しかし、この「非課税」ということが、なぜ医療機関にとって課題となっているのでしょうか。
消費税のしくみに、その要因があります。
※本稿においては、消費税(国税)と地方消費税(地方税)を合わせて「消費税」と表記します。
1.消費税はだれが負担するものか
(1) 消費税の基本的なしくみ
消費税は、消費一般に対して広く公平に課される税です。そのため、原則としてすべての財貨・サービスの国内における販売、提供などが課税対象であり、事業者を納税義務者として、その売上げに対して課税されます。事業者に課される消費税相当額は、コストとして販売価格に織り込まれ、最終的にその商品を買った、あるいはサービスを受けた消費者が負担をしています。その一方で納税義務者となるのは消費者ではなく、事業者となります(間接税)。
また、多段階課税方式を採用しており、たとえば衣料品などの商品において生産・流通・販売の過程(原材料製造業者→完成品製造業者→卸業者→小売業者)を経て商品が消費者の手に渡りますが、消費者が購入するまでのいずれの段階の事業者も納税義務者です。次々に消費税が価格に転嫁されていきますが、各段階で二重・三重に税が課されないように、それぞれの事業者が売上げにかかる消費税額から仕入れにかかる消費税額を控除することで税の累積を排除しています。そして、控除した差額を納付することとされています。各段階の事業者が納付する消費税額の合計額と、最終的に消費者が購入に際し支払った消費税額とが一致することになります。つまり、消費者が負担した消費税を、各事業者が代わって納付しているといえます。
〈参考〉消費税の基本的な事項
(1)課税される取引
消費税においては、①国内において②事業者が事業として③対価を得て行う④資産の譲渡等を満たす取引は課税の対象となります。輸入取引も課税対象です。
(2)非課税とされる取引
消費税の性格や社会政策的な配慮などから次のような取引は非課税となっています。
| 税の性格から非課税としているもの | 社会政策的配慮から非課税としているもの |
| ・土地の譲渡及び貸付け ・有価証券、支払手段の譲渡 ・貸付金等の利子、保険料等 ・郵便切手類、印紙、物品切手等の譲渡 ・行政手数料、外国為替取引 |
・医療保険各法等の医療 ・介護保険法に基づく居宅サービス、施設サービス等 ・社会福祉法に規定する社会福祉事業及び社会福祉事業に類する事業等 ・助産 ・埋葬料、火葬料 ・身体障害者用物品の譲渡、貸付け等 ・一定の学校の授業料、入学金、施設設備費、学籍証明等手数料 ・教科用図書の譲渡 ・住宅の貸付け |
(3)課税の仕組み
消費税は、事業者に負担を求めるものではなく、消費者が負担しています。
課税期間中の課税売上げにかかる消費税額から課税仕入れにかかる消費税額を控除して、差額が納付すべき消費税額となります。消費税の税率は標準税率(10%)と軽減税率(8%)の複数税率なので、売上げと仕入れを税率ごとに区分して税額計算を行います。
具体的な計算方法については割愛しますが、消費税額を正しく計算するためには、個々の取引の課否区分についても正しく行う必要があります。
(4)インボイス制度
複数税率に対応し、事業者が消費税を正確に納めるために必要な制度がインボイス制度です。そのため、売手が、買手に対して正確な適用税率や消費税額などの一定事項を、請求書、納品書、領収書等(書類の名称は問わず一定の事項が記載された書類)によって伝えます。
(5)課税事業者
その課税期間における基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が1,000万円を超える事業者は、消費税の納税義務者(課税事業者)となります。また、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても、特定期間(個人事業者は前年の1月1日~6月30日までの期間、法人は、原則として前事業年度開始の日以後6か月の期間)の課税売上高が1,000万円を超えている場合には課税事業者となります。
(6)免税事業者
基準期間の課税売上高及び特定期間の課税売上高等が1,000万円以下の事業者は、免税事業者として、その年(事業年度)は納税義務が免除されます。
免税事業者でも課税事業者となることを選択することができます。
(7)簡易課税制度
基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者は、課税売上高から納付する消費税額を計算する簡易課税制度を選択できます。具体的には、課税売上げにかかる消費税額に、事業の種類の区分に応じて定められたみなし仕入れ率を乗じて算出した金額を仕入れにかかる消費税額とすることができます。
(2) 仕入税額控除とは
前述のように、事業者が納付する消費税額は、課税売上げにかかる消費税額(売上税額)から課税仕入れ等にかかる消費税額(仕入税額)を差し引いて計算します。この差し引く計算を「仕入税額控除」といいます。
インボイス制度が開始されてからは、売手側は、買手である課税事業者から求められたときはインボイス(適格請求書)を交付しなければなりません。また、交付したインボイスの写しまたは電磁的記録を保存しておく必要もあります。買手側は、原則としてインボイス(または簡易インボイス)の保存が仕入税額控除の要件とされ、免税事業者等から仕入れた場合は、インボイスを交付されませんので、仕入税額控除ができなくなります。
仕入税額控除を受けるためには、インボイス(適格請求書)だけでなく法定事項が記載された帳簿の保存も必要とされています。
たとえば、企業から従業員の健康診断を請け負った場合、仮に当該医療機関が免税事業者だとしたら、インボイスを交付できませんので、企業側にとっては仕入税額控除ができなくなります。「課税事業者となることの検討」なども必要になってくると思われます。
〈帳簿の記載事項と保存義務のあるインボイス〉
| 帳簿の記載事項 | 保存義務のあるインボイス等 |
| ①仕入先の氏名又は名称 ②取引年月日 ③取引内容(軽減税率対象品目である旨) ④取引金額 |
①インボイス ②簡易インボイス ③事業者が課税仕入れにつき作成する仕入明細書等で、インボイスの記載事項が記載されているもの ④媒介又は取次にかかる業務を行う者が委託を受けて行う農林水産品の譲渡について作成する書類 ⑤上記①~④の記載事項にかかる電磁的記録 |
TKC全国会医業・会計システム研究会「医療・介護のための消費税課税区分基準書」より
2.医療機関の仕入れ税額控除は限定的
国内取引に広く課税される消費税ですが、「消費税」という性格から課税をすることになじまないものや、政策的な配慮によって非課税としているものがあり、公的医療保険制度によってカバーされている医療(社会保険診療)等も非課税取引とされています。したがって、医療機関等が社会保険診療を提供(非課税売上げに該当)した際に患者から消費税を受け取ることはありません。
その一方で社会保険診療を行うための医薬品や材料、設備、外部委託などにかかる仕入れに関しては消費税を支払っています。このとき、仕入れ(非課税売上げにかかる仕入れ)の際に支払った消費税は仕入税額控除の対象外となって、医療機関等のコストになっています。たとえば、医療機器の購入や建物の建て替え等において、仕入税額控除ができず負担となっています。
このように控除することができない、非課税取引のための仕入れにかかる消費税負担のことを「控除対象外消費税」と呼んでいます。
それでは、医療機関等において消費税が課税される取引にはどのようなもの(課税売上げ)があるのでしょうか。
医療機関等における課税取引には、自由診療収入や各種健康診断、予防接種(インフルエンザ予防接種など)、各種文書料などがあります。そのほかに、不動産収入(非課税取引を除く)や事業用車両の売却収入、資産の貸付け・譲渡(従業員寮・社宅の貸付けは非課税取引)などが該当します。
なお、助産にかかる医療等は自由診療ですが特別に非課税取引とされています。
〈医療機関における主な課税取引〉
-標準税率10%-
・予防接種(保険給付対象外のインフルエンザ予防接種など)、・健康診断(人間ドック)、・美容整形、・入院時食事療養費(保険算定額を超える特別メニュー料金等)、・入院時生活療養費(保険算定額を超える特別な料金部分)、・差額ベッド代(保険算定額を超える特別の療養環境)、・予約診療・時間外診療(保険算定額を超える部分)、・初診又は再診にかかる特別の料金、・歯科自由診療(歯科差額部分、金属床総義歯の保険外併用療養費、インプラントなど)、・診断書他文書料(非課税のものを除く)、・医療法人が受領する産業医報酬、特別養護老人ホーム嘱託医報酬(個人開業医が事業者から受ける産業医としての報酬は給与所得に該当し、不課税取引)
-軽減税率8%-
・自販機での飲食料品の販売、・売店での飲食料品(医薬品・医薬部外品以外)の販売(飲食設備、サービスの提供を伴うものは除く)、・治療食の販売
3.控除対象外消費税と診療報酬における補塡
個々の医療機関によって保険診療(非課税取引)と自由診療(課税取引)の構成割合はさまざまでしょうが、一般的には多くの収入が社会保険診療によっています。そのため、「控除対象外消費税」が多く発生するしくみになっています。
厚生労働省では、消費税は事業者(医療機関等)が負担すべきものではないことから、診療報酬や薬価等において、点数を上乗せ対応して補塡するようにしてきました(個々の診療にかかる診療報酬で同額を補塡するしくみではなく、初診料や再診料、入院料、調剤基本料を中心に上乗せ措置を講じている)。
ちなみに、令和6年度診療報酬改定における消費税負担の補塡に関する審議では、中央社会医療協議会・診療報酬調査専門組織(医療機関等における消費税負担に関する分科会)において、控除対象外消費税の補塡についての実態把握を行い、上乗せ措置の見直しを行うかどうかについて審議しました。補塡率の実態状況としては、病院・診療所・歯科診療所・保険薬局、法人・個人別等に細かく分類して集計した検証では過不足が生じているという報告が同分科会にされています。しかし、現状の医療機関等の消費税対応としては、見直しをしないこととなりました。また、令和6年度以降の診療報酬改定においても引き続き、消費税負担額と診療報酬の補塡状況を継続的に調査するとともに、その結果を踏まえて、必要に応じて診療報酬の配点方法の見直しなど対応していくことになっています。
4.「非課税」がもたらす医療機関の課題
これまで見てきたように、医療機関等が抱える課題というのは、社会保険診療等が非課税取引のため、控除対象外消費税が発生していること。その補塡として診療報酬や薬価等で上乗せ措置を実施しているものの、細かくてみると消費税を負担している医療機関等があることです。また、医療の充実のための設備投資においても消費税の負担が増す構造となっています。とくに建物、設備、高額な医療機器を取得すると控除対象外消費税は拡大します。さらに物価高騰等の影響を受けることになるので、負担も大きくなります。当然のことですが、消費税の税率がアップしても診療報酬等への上乗せで補塡している限り、配点や上乗せ点数の見直しが必要となります。
その一方で、診療報酬等に消費税分を上乗せしているということは、一部を消費者が負担していることとなり、実態として医療は非課税ではないともいえます。
5.日本医師会、四病院団体協議会の税制改正要望
四病院団体協議会の消費税に関する令和8年度税制改正の重点事項では、「画一的な補塡方式には個々の医療機関の仕入税額が考慮されていないことから、どれほど補塡方法を精緻化しようとも、税負担の不公平性は解消し得ない。そもそも消費税非課税制度と診療報酬等の公定価格制度は、その目的を異にする以上、消費税問題を診療報酬によって補塡する方法はおのずと限界がある」として、社会保険診療報酬等の非課税に伴う控除対象外消費税問題の抜本的な解決を要望しています。
具体的には「控除対象外消費税問題の解消のため、医療および介護に係る消費税について、社会保険診療報酬および介護報酬の非課税を見直し、診療所においては非課税制度のまま診療報酬上の補てんを継続しつつ、病院においては軽減税率による課税取引に改められたい」としています。
日本医師会においても、個々の医療機関の消費税負担解消は課題として残されているという認識のもと、「個々の医療機関の消費税負担解消のためには(社会保険診療の)課税取引への転換が有力な選択肢として考えられる一方で、小規模医療機関等のへの影響も配慮して慎重に検討する必要」があるとして、「診療所においては非課税のまま診療報酬上の補てんを継続しつつ、病院においては軽減税率による課税取引に改めること」を要望しています。併せて、高額な投資の際のキャッシュフローの悪化は喫緊の課題であるため、要望の実現までの間、「高額な投資に対応する何らかの手当てを別途検討することも必要」としています。
現在、医療機関の経営は大変厳しく危機的状況にあるといいます。ここ数年の物価・賃金の高騰や医療の高度化により経費が急増し、とくに病院では医業利益で約7割、経常利益で約6割が赤字(2025年9月10日、6病院団体による緊急要望)ということです。物価高騰や経費の増加が要因となれば、消費税負担の影響について否定することはできません。今後の医療機関等の消費税対応はどのようになるのか、動向を注視する必要があります。
【参考文献】
・厚生労働省「消費税と診療報酬について」
・国税庁「消費税のあらまし(令和7年6月)」
・日本医師会「今こそ考えよう医療における消費税問題―第2版―」(2013年11月)
・日本医師会「令和8年度医療に関する税制要望」
・四病院団体協議会「令和8年度税制改正要望の重点事項について」
・TKC税務研究所『消費税課税区分表(九訂板)」
・TKC全国会医業・会計システム研究会「医療・介護のための消費税課税区分基準書」
記事提供
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