2025年11月10日

2025年(令和7年)10月から開始の「教育訓練休暇給付金」-中小企業におけるメリットとはー

2025年(令和7年)10月から開始の「教育訓練休暇給付金」-中小企業におけるメリットとはー

💡この記事のポイント
 ☑失業保険と同額の日額で給付金をもらいながら教育訓練の休暇を取得できる
 ☑中小企業においては「社内教育環境の整備」「離職率の低下」なども期待できる
 ☑教育訓練休暇制度がない場合は本制度利用のために整備しておきましょう

1.教育訓練休暇給付金の概要

 2025年(令和7年)10月から従業員のスキルを高める教育訓練休暇給付金が始まります。これは厚生労働省が行う施策で、働く人々の能力開発やキャリア形成支援、雇用の安定や就職の促進を図ることを目的とした「教育訓練給付金」の新しい制度です。
 教育訓練休暇給付金の主な概要は下記の通りです。

対象者 ・雇用保険被保険者(在職中の方)
支給要件 ・教育訓練のための休暇(無給)を取得すること。
・被保険者期間が5年以上あること。
給付内容 ・離職した場合に支給される基本手当の額と同じ。
・給付日数は、被保険者期間に応じて90日、120日、150日のいずれか。
【参考】厚生労働省「教育訓練休暇給付金について」

 本制度を利用可能な従業員の支給要件の詳細については下記のように設定されています。

・休暇開始前2年間に12か月以上の被保険者期間があること
(原則、11日以上の賃金支払いの基礎となった日数がある月が算定の対象となります)
・休暇開始前に5年以上、雇用保険に加入していた期間があること
(離職期間等がある場合であっても、一定の要件に合致すれば加入期間を通算できます)
・業務命令によらず、就業規則等に基づき教育訓練を受けるための無給の休暇を取得していること

(1) 教育訓練休暇給付金の支給金額

 給付金支給のタイミングは「教育訓練休暇の開始日から起算して30日ごとにハローワークで認定を受けた後に支給」となります。また、本給付金制度を利用した場合、次回以降に雇用保険に基づく制度を利用する場合には被保険者期間がリセットされるので注意が必要です。

 なお、給付日数は下記の通り、雇用保険の加入期間によって異なります。

加入期間 5年以上10年未満 10年以上20年未満 20年以上
所定給付日数 90日 120日 150日
【出典】厚生労働省「教育訓練休暇給付金 |厚生労働省」

 給付日額は原則、休暇の開始前6か月の賃金日額に応じて算定されます。これは離職した場合に支給される基本手当と同じ算定方法になります。雇用保険では受給できる1日当たりの金額を「基本手当日額」といい、下記の手順で計算します。

 賞与を除いた直近6か月に毎月支払われた賃金÷180×45~80%(年齢や賃金により異なる)

【参考】ハローワークインターネットサービス - 基本手当について

 上記の計算方法で求めた基本手当日額に所定給付日数をかけた金額が支給される形です。ただし、基本手当日額には上限額が設定されており、今後変更される場合もあるので、ハローワークのホームページで最新情報を確認しておきましょう。

ハローワークインターネットサービス - 基本手当について

(2) 本給付金制度における申請の流れ

教育訓練休暇給付金の申請をイメージした、書類確認と署名の様子

 従業員から本制度の利用申請があったら、場合によっては申請前に準備すべきことがあります。順を追ってその方法について解説します。

①事業主が教育訓練休暇に関する就業規則等を整備し、労使間で教育訓練休暇の取得について合意
 →事業主は自社の就業規則等に休暇制度(教育訓練のための休暇(無給)を取得が可能な制度)があるかどうかを確認し、ない場合は新たに整備する必要があります。本制度は、従業員本人の意思により業務命令によらず就業規則等に基づき、教育訓練を受けるための無給の休暇を取得することが支給要件になっているためです。


②本制度利用を希望する従業員が事業主に教育訓練休暇取得確認票を提出後、教育訓練休暇開始  →教育訓練休暇取得確認票とは、教育訓練給付金及び教育訓練支援給付金の給付に必要な受給資格の確認を行うためのものです。

③休暇開始日から起算して10日以内にハローワークに賃金月額証明書等を提出  →賃金月額証明書とは、「休業を開始した日前の賃金支払状況等」などを証明するためのものです。

④ハローワークが事業主に賃金月額証明票・教育訓練休暇給付金支給申請書等を交付後、事業主が同書類を従業員本人に対して交付

⑤従業員が事業主から交付された書類に必要事項を記入し、全てハローワークへ提出

⑥ハローワークが受給資格決定通知の交付、初回認定の日程等を案内

⑦従業員がハローワークへ認定申告書を提出(初回)※

⑧ハローワークが審査・支給決定

⑨従業員がハローワークへ認定申告書を提出※

⑩審査・支給決定

(給付日数終了まで⑨、⑩繰り返し)

⑪訓練終了

※休暇開始日から起算して30日を経過するごとに認定申告書を提出

【参考】厚生労働省「教育訓練休暇給付金 |厚生労働省」

2.中小企業における利用のメリット

『中小企業』と書かれた木製ブロックと背景の本と時計、中小企業の制度利用を象徴

 中小企業において本制度を利用した場合、どのようなメリットがあるのでしょうか。本項で解説します。

(1) 社内の教育環境を変え、社内制度化できる

 これまで研修制度が充実していなかった会社であっても、本制度を社内規定などで明文化することで技術の属人化を防ぐことができます。特定の従業員にしか持ち得なかった技術力を社内に広げることができれば、業務の効率化・生産性が上がります。

(2) 返済不要で経済的恩恵を受けられる

 本制度を利用することで、社内で研修を開いたり、外部の民間企業等に研修を依頼する必要もありません。そのため、研修費などがかかることなく、専門的な学びを従業員に提供することが可能です。
 給付金をもらいながら、技術・技能系、IT系、医療・介護系、ビジネス・事務系等から技能を学ぶことができます。詳細は下記Webサイトから厚生労働省が指定している対象講座を検索可能です。

厚生労働省「教育訓練給付制度 検索システム|厚生労働省」

(3) 離職率の低下や従業員満足度の向上につながる

 従業員自身が技術力向上によるモチベーションアップを感じられると、社外や社内に対して好影響をもたらします。
 社外に対しては、求人票や会社説明の場で「スキルアップ支援あり」「資格取得休暇制度あり」などとアピールすることができます。特に求職者に対して他社との差別化ポイントとして映ります。大企業に比べると人材確保が難しい中小企業にとって、これは大きな強みです。
 社内に対しては、「会社が自分の成長を応援してくれている」「成長の機会を活かしたい」などと従業員自身が感じることで、会社に対して愛着や信頼を抱くようになります。従業員満足度の高まりは離職率の低下にもつながります。こうした、技術力向上以外の副次的効果も期待できるといえるでしょう。

3.教育訓練休暇制度の企業の導入状況

 教育訓練休暇制度について、企業の意識が課題になっています。
 厚生労働省が2024年度(令和6年度)に実施した「能力開発基本調査」では、教育訓練休暇制度の導入状況として、「導入していないし、導入する予定はない」とする企業が83.4%で最多となっています。一方「導入している」とする企業は7.5%、「導入していないが、導入を予定している」とする企業は9.1%であり、これらを合わせても全体の2割も満たない状況です。

教育訓練休暇制度の導入状況:導入約10%、導入予定約5%、導入予定なし約85%
【参考】厚生労働省「令和6年度「能力開発基本調査」の結果を公表します|厚生労働省」

 なお、同調査では、「企業の発展にとって最も重要と考える労働者の能力・スキル」についても企業から回答を得ていますが、「チームワーク、協調性・周囲との協働力」(58.6%)に次いで、「職種に特有の実践的スキル」(36.9%)の順で実践的なスキル獲得を望む企業が多くなっています。

4.従業員の学びにより変化を起こした企業事例

従業員の学びによる企業変革を象徴する、グラフや資料を見ながら会議する5人のビジネスパーソン

 教育訓練給付金制度は個人の能力開発が目的の制度ですが、社内に学びや学び直しが醸成されたことで会社に変革をもたらした企業があります。本項ではその企業事例を3社紹介します。

 醤油や味噌、日本酒に焼酎といった醸造食品をつくるのに欠かせない機械やプラントにおいて、業界でも欠かせない存在であるA社。

 同社は2000年代に醸造機械の分野で国内シェア8割を持つほどに成長しましたが、経営環境が安定していることから新たな目標をなかなか見出せず、技術革新などに必要な学び・学び直しも生じにくい状況でした。一品ごとのフルオーダーメイドでものづくりをすることが多い同社では、社員それぞれが「個人商店」のように働いていたといいます。

 時代の変化に対応するには、個々の従業員の能力を向上させながら、組織的にものづくりを担える体制を整えなければならなかったのです。しかし、同社では従業員間の知識や技術の共有がうまく進んでおらず、「自分が知っていればいい、 聞かれたら教える、といったスタンスの社員が多かった」といいます。また、現場の仕事を大切にするあまり、管理職になりたいという人材も少ない状況でした。

 そうした状況に変化を起こすため、同社は社内におけるビジョンを一新。部門ごとのあるべき姿も明確にしたうえで個々の従業員の学び・学び直しにまで落とし込みました。
 また、一人ひとりが担うべき役割と、それに必要な学び・学び直しなどを言語化し、従業員個別の「5か年ビジョン」としてまとめました。5か年ビジョンの内容は、社員それぞれがWill・Can・Must(やりたいこと、できること、すべきこと)を記入したシートをもとに、本人と上長が話し合って決めます。

 こうした社内変革をしたところ、社員個々の学び・学び直しの土壌が整い、個人商店的だった頃には見られなかった知識・技術の共有や学び合いも進みました。それに伴い個々の従業員の意識やスキルも高まり、また学んだ内容を活かせる挑戦の場があることで、やりがいや満足度、エンゲージメントの向上につながったのです。

【参考】厚生労働省「学び・学び直しに取り組む企業の事例のご紹介」

 岡山県で、大型配管、ダクト、架台、コンベア、プラント設備といった大型鋼構造物の設計、製作から組み立て、運搬、据付工事までを手がけるB社。

 同社では、社歴の浅い従業員や転職者など、多様な立場の方が働いており、個々のスキルに対応した形で、溶接などの基本的な知識や技術を全員が身につけるためには、研修をはじめとする学びの機会を設けることが欠かせませんでした。その一方で、ベテランの従業員や現場のリーダーにも、社内での学びや学び直しの担い手となるような働きかけが必要だったのです。しかし、同社の従業員のなかには、社会人になってからの学び直しの経験が少ない従業員が多い状況でした。

 人材開発を進めるために、従業員一人ひとりが、技術の習得や資格の取得といった目標を定める個別年間計画を立て、業務で必要とされる技術を「スキル表」という形で段階別に整理し、個々の従業員の習熟度にあわせて目標を設定しやすくしました。また、研修や講習を実施する際には、地域の経済団体との連携が助けになり、公的な支援も役立ったといいます。

 その意欲的な姿勢に引っ張られるような形で、社内に学び・学び直しの機運が醸成され、やがて社歴等に関わらず早期に戦力化できるようになり、リーダーとして大きな成果をあげる従業員も現れたといいます。

 広島県で和菓子店として創業したC社は、焼き立てパンの店もオープンし、県内だけで13店舗を運営するまで事業を拡大。しかし、強力な競合他社や、コンビニエンスストアの出店など環境が変化し、一時は経営に困窮することも。店舗を任せられる人材を育成しないまま事業を拡大したことも経営危機の要因だったといいます。

 商品を広く展開する同社にとって、その品質や接客のレベルを高く保つことは重要な課題です。そのため、人にしかできないことの良い点は追求しつつ、社員・スタッフの能力やスキルの水準をいかに高めるかが人材開発のポイントでした。
 パンづくりや接客は同社の事業において核となる業務でしたが、DXを担う人材を育てることも急務だったといいます。そこで、スペシャリスト人材のコア・コンピタンス(中核となる能力)として、「パンづくり」「接客」「DXなどを用いた改善」を設定。3つのコア・コンピタンスそれぞれに、どんな学び・学び直しが必要なのかを検討しました。

 この課題を解決するために人材開発の仕組みを役職や業務上の役割ごとに体系立てて「人材育成マップ」として整理し、個々の社員・スタッフが適切なタイミングで必要な研修を受けられるように。また、これまでマイスター制度といった社内資格が中心だった資格取得制度にも手を入れ、社外の資格にも広く挑戦できるように改めました。その結果、パン製造技能士といったパンづくりにかかわる資格のみならず、キャリアコンサルタントをはじめ業務の幅を広げる資格を取得する社員・スタッフも現れました。

 また、同社では「検定受験料の補助」や「研修参加時の時間補償」といった主体的な学びに対する支援を積極的に行い、さらに資格取得を活性化するべく、人事考課において評価することを社内に周知しました。人事考課においては、公平性を担保するために、社員・スタッフの成長を数字であらわす仕組みも取り入れることで効果がより出るようになったといいます。

 従業員が教育訓練給付金制度を利用して能力開発を最大化させるためには、上記事例で紹介したように従業員一人ひとりが能力を活かせる企業風土や仕組みづくりの醸成が重要になります。教育訓練給付金制度はあくまでも個人能力開発の場を提供してくれる制度であり、その後どのように自身の担当業務や会社に還元していけるかが、制度を利用した価値を高める大きなポイントです。

5.まとめ

 教育訓練休暇給付金制度は、従業員が仕事を休みながらスキルアップを目指せる制度です。企業側のメリットとして、従業員の定着やスキルアップによる業績貢献などが考えられます。人手不足の現在、従業員に長期休暇を取ってもらうのは難しいかもしれません。しかし人材不足だからこそ、今いる人材のこうした制度の活用を検討してはいかがでしょうか。

【参考文献】

・厚生労働省「教育訓練休暇給付金 |厚生労働省」
・厚生労働省「令和6年度「能力開発基本調査」の結果を公表します|厚生労働省」
・厚生労働省「教育訓練給付金|厚生労働省」
・厚生労働省「教育訓練給付制度 検索システム|厚生労働省」
・厚生労働省「教育訓練給付金及び教育訓練支援給付金受給資格確認票」
・厚生労働省「学び・学び直しに取り組む企業の事例のご紹介」
・ハローワーク「ハローワークインターネットサービス - 基本手当について」

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