💡この記事のポイント
☑診療所医師の高齢化とともに、後継者不足から診療所不在となる懸念が広がっている状況であることを理解する
☑医療法人の「持分あり・なし」によって承継にかかる税負担が大きく違うことを知る
☑後継者不足から第三者承継が増加傾向にあるが、特に税務問題が絡むことに留意する
☑税負担の大きい持分あり法人でも「持分なし」に移行してから承継できることを知る
☑認定医療法人制度を活用することを検討する
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- 1.医療機関の事業承継が注目される背景
- 2.医療法人の事業承継の特徴
- (1) 承継の種類と留意点
- (2) 持分あり医療法人における承継の留意点
- (3) 持分なし医療法人における承継の留意点
- 3.増加傾向にある第三者承継(M&A)
- (1) 合併による承継
- (2) 持分の譲渡による承継
- 4.税務リスク回避のための持分なし医療法人への移行
- 5.認定医療法人制度の活用を検討
1.医療機関の事業承継が注目される背景
(1) 診療所医師の高齢化が進行している
少子高齢化の進展は、医療機関の従事者にとっても同様で、大きな問題となっています。特に診療所医師の高齢化が進行し、病院(医育機関附属の病院を除く)に従事する医師の平均年齢が47.6歳のところ、診療所に従事する医師の平均年齢は60.4歳。さらに、施設・業務の種別にみた年齢層では診療所の開設者又は法人の代表者は、60-69歳が39.5%、70歳以上が42.8%を占めています(厚生労働省「令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」)。多くの診療所において引退してそのまま廃院とするか、事業承継によって他者に引き継ぐかというタイミングとなっていることがわかります。
(2) 市区町村に診療所不在となれば生活そのものが成り立たなくなる
このようななか、厚生労働省によると、診療所医師が80歳で引退し、承継がなく、その市区町村において新規開業がないと仮定すると、2040年には診療所がない市区町村数は170程度増加し、244市区町村になると見込まれています。診療所医師の引退年齢を75歳と仮定した場合では、270程度増加し、342市区町村において診療所のない地域となることが見込まれています(厚生労働省「令和6年11月8日第11回新たな地域医療構想等に関する検討会」資料)。
市区町村における診療所の不在という事態は、単に承継問題としてだけでなく、地域の医療サービス確保の観点から大変重要な問題であり、もし、診療所不在となった場合は地域住民の生活インフラの危機となって、市区町村自体の消滅にまで及ぶことも想定されます。
(3) 医師偏在是正として医師少数区域の「承継」や「開業」を支援
国は、持続可能な医療提供体制の構築に向け、医師偏在の是正を総合的に実施する施策(医師偏在の是正に向けた総合的なパッケージ)に取り組んでいます。令和6年度補正予算、令和7年度予算において、「重点医師偏在対策支援区域(仮称)における診療所の承継・開業支援事業」や「医師偏在是正に向けた広域マッチング事業」等を実施し、医師少数区域における後継者不足等の支援を行っています。
・重点医師偏在対策支援区域(仮称)における診療所の承継・開業支援事業
→診療所医師が高齢化するなかで、支援区域内で診療所を承継又は開業する場合に、①施設整備、②設備整備、③一定期間の定着支援を行う。
・医師偏在是正に向けた広域マッチング事業
→医師不足地域での医療に関心・希望を有する医師の掘り起こしや、医師少数地域の医療機関とのマッチング、その後の定着支援等の財政支援を行う。
現在の診療数は、令和4(2022)年の105,182施設に比べ、令和5年は288施設減少し、104,894施設。開設者別にみると、個人は39,208施設(対前年△856施設)、医療法人は46,717施設(対前年+750施設)です。近年は、診療所の廃止・休止施設数が減少傾向にあるものの、開設数を上回っています。開設数は、令和3年の9,546施設をピークに減少傾向にあり、令和5年は5,437施設です(令和5(2023)年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況)。
このように診療所数の減少とともに、廃止・休止施設の増加は、医師の地域偏在が一層進むことの現われといえるのではないでしょうか。また、前述(1)の診療医師の高齢化との兼ね合いでみると、診療所の事業承継が進んでいないこともその要因の一つといえるでしょう。その一方で事業承継が進まないために、診療所医師が高齢化しているという側面もあり、医業承継が大事になっているといえるでしょう。以下、医療法人の事業承継について留意点等を見ていくことにしましょう。
2.医療法人の事業承継の特徴
(1) 承継の種類と留意点
まず、事業承継において「だれに引き継ぐか」という視点からみると、子や親族に引き継ぐ「親族内承継」、従業員や外部の医師に引き継ぐ「親族外承継」と、「第三者承継」(他の医療法人との合併や持分の第三者譲渡等)があります。それぞれ承継上の特徴や税務上の課題、留意点があります。問題点等を考慮したうえで計画的に進めることが必要です。
① 親族内承継:いかに財産の承継を円滑に行うかという視点がポイント。親子間・親族間であってもコミュニケーションをしっかりとり、承継についての意思確認を明確にしておく必要がある。理事長が借入金の個人保証をしている場合は、それも引き継ぐことになる。
② 親族外承継:医療機関に従事する医師等へ引き継ぐ場合、地域や当該医療機関の状況をあらかじめ知っているため、まったくの第三者に引き継ぐよりもスムーズ。その一方で、借入が多い場合はその債務の引継ぎ、持分あり医療法人の評価が高い場合は承継する医師の個人資産の資力が問われる。事前によく打ち合わせ検討する必要がある。
③ 第三者承継:事業譲渡や出資持分の譲渡、合併など方法はさまざま。譲り受ける側の意向もあり時間を要することに留意。
特に医療法人の場合は、持分あり医療法人か、持分なし医療法人かによって承継にかかる税負担が大きく違ってきます。承継方法にも影響しますので、さまざまな事業承継について理解しておくことが大事になります。
(2) 持分あり医療法人における承継の留意点
承継の方法としては、持分の譲渡、相続、贈与等により行いますが、持分の評価が高くなる傾向にあります。すると、出資者(社員)の退社に伴う持分の払戻し、医療法人の解散に伴う残余財産の分配が生じることとなり、法人における資金流出や、相続税・贈与税の負担が大きくなるのが特徴です。社員の退社に伴う持分の払戻しによる資金の流出は法人財務に影響を及ぼすことになりますので留意すべき点となります。また、他の相続人との分配をめぐる争いにならないようにすることも注意すべき点です。
対応策としては、事前の資産評価と相続対策をしっかり行うこと、遺言書の作成と合意形成を得ておくことも重要となります。
また、持分あり医療法人の事業承継に関する検討だけでなく、持分なし医療法人へ移行(認定医療法人制度の活用を含む)してから承継した場合にどのようなリスクがあるのかも、併せて検討しておきましょう。そのまま持分あり医療法人で事業承継するというときは、持分評価を引き下げる対策が必要となる場合もあります。
〈承継の主な流れ〉
① 方向性の検討:関係者で承継のスキームについて十分な打ち合わせを行う。
② 法人形態の意思決定:持分ありを継続するのか、持分なしに移行するのか、認定医療人制度を活用するのか等を意思決定する。
③ (持分なしへ移行の場合)持分放棄等の合意:特別利益の供与の確認、出資者との持分の処理に関しての合意を取り付ける。
〈参考〉
・持分あり医療法人
社団医療法人で、定款において出資持分に関する定め(①社員の退社に伴う出資持分の払戻し、及び②医療法人の解散に伴う残余財産の分配に関する定め)を設けている法人です。
平成19年施行の第5次医療法改正により、出資持分のある医療法人の新規設立はできなくなりましたが、既存の出資持分のある医療法人については、当分の間存続する旨の経過措置が取られています(経過措置型医療法人)。令和7年3月31日現在、医療法人数は59,419法人、うち社団医療法人は59,034法人、うち持分あり医療法人は35,766法人です。
・出資額限度法人
持分あり医療法人で、社員の退社に伴う出資持分の払戻しや医療法人の解散に伴う残余財産分配の範囲について、払込み出資額を限度とする旨を定款で定める法人です。出資額限度法人は、持分あり医療法人の一類型ですが、医療法人の財産評価額や社員の出資割合にかかわらず、出資持分の払戻請求権及び残余財産分配請求権のおよぶ範囲が、当該社員が実際に出資した額そのものに限定される点に特徴があります。
(3) 持分なし医療法人における承継の留意点
出資者に持分がないので、理事長の交代のみで承継できます。税務上の問題も発生しにくく、スムーズな承継が可能です。基金拠出型法人も持分なし医療法人の一類型となります。基金は返還義務がありますので、その点を考慮しておく必要があります。
なお、持分あり医療法人が持分なし医療法人に移行する場合、役員等における親族割合などの一定の要件をクリアすることで贈与税の課税がなく移行する方法があります。医療法人の経営上、社員総会や理事会をコントロール下におきたい場合は、一定の要件にとらわれずに、贈与税を支払って持分なし医療法人に移行することもできます。いずれにしても、その後の事業承継においては、手続き面等の負担は軽減されます。
後継者が不在の場合は、事業譲渡(資産・営業権の譲渡)や合併という承継手段が考えられますが、その仲介業者の選定と後継者が見つかるかどうかが課題となります。
事業譲渡や合併については後述します。
〈参考〉
・持分なし医療法人
社団医療法人で、その定款に出資持分に関する定めを設けていないものをいいます。
現在、社団医療法人を新規設立する場合は、出資持分のない医療法人しか認められていません。
・基金拠出型法人
持分なし医療法人の一類型であり、法人の活動原資となる資金の調達手段として、定款の定めるところにより、基金の制度を採用しているものをいいます。
なお、基金とは、社団医療法人に拠出された金銭その他の財産であって、当該医療法人が拠出者に対して医療法施行規則第30条の37及び第30条の38並びに当該医療法人と当該拠出者の間の合意の定めるところに従い返還義務を負うものをいいます。
・社会医療法人、特定医療法人
社会医療法人や特定医療法人も持分なし医療法人の一類型といえます。
社会医療法人は、高い公益を持つ法人として、医療法第42条の2第1項各号に掲げる要件に該当するものとして、都道府県知事の認定を受けたものをいいます。
特定医療法人は、租税特別措置法第67条の2第1項に規定する特定の医療法人をいいます。
参考:医療法人の類型まとめ
| 医療法人 | 社団医療法人 | 持分あり医療法人 (新規の設立は不可) |
出資額限度法人 |
| その他の出資持分あり医療法人 | |||
| 持分なし医療法人 | 基金拠出型法人 | ||
| 社会医療法人 | |||
| 特定医療法人 | |||
| その他の持分なし社団医療法人 | |||
| 財団医療法人 | 社会医療法人 | ||
| 特定医療法人 | |||
| その他の財団医療法人 | |||
3.増加傾向にある第三者承継(M&A)
医療法人のM&Aは、従来、医療機関の財務内容の悪化・業績不振からの脱却や、病院グループ拡大・既存許可病床の獲得といった側面が主因でした。しかし近年では後継者難、相続・事業承継対策といった観点から取り上げられるようになっています。①2つの法人相互間の契約により1つの法人として存続(新設)する合併、②社員・理事の入れ替えを伴う持分譲渡による経営権の移動、③事業・資産の一部を売買取引により譲渡する、3つの手法が考えられます。
(1) 合併による承継
合併は組織再編の手法として一般的ですが、後継者不在という医療法人の事業承継のために合併が行われています。ただし、医療法人同士の合併だけが認められています。
合併とは、2以上の医療法人が法定の手続によって行われる医療法人相互間の契約によって1の医療法人となることです。消滅する医療法人の全資産が包括的に存続する医療法人(または新設する医療法人)に移転すると同時に、その社員が、存続する医療法人(または新設の医療法人)の社員となる効果を伴うものであることと規定されています。
原則として、移転した資産の時価により譲渡損益が発生します。一定の要件を満たす場合は「適格合併」として、譲渡損益が繰り延べられます。
合併においては、医療審議会の承認や都道府県知事の認可など、さまざまな行政等の手続が煩雑で時間を要します。また、税務の問題が絡むので専門家への相談が不可欠です。
(2) 持分の譲渡による承継
出資持分を第三者に譲渡する流れは、親族内承継と基本的に同じです。ただし、親族の場合は贈与として行われるのが一般的ですが、第三者の場合には有償譲渡(売買取引)が用いられます。この持分譲渡は、議決権を行使できる社員たる地位も譲渡します。また、経営権としては、社員から賛同を得られなければならない点に留意が必要です。そのため社員(理事)の入れ替えを伴うものとし、経営権を移動します。社員の入れ替えは、出資持分の譲渡や払戻し等で行います。最初から払戻しによる承継も可能です。税務リスクがありますので、専門家に相談するようにします。
4.税務リスク回避のための持分なし医療法人への移行
(1) 持分なし医療法人への移行の留意点
持分あり医療法人が持分なし医療法人に移行するためには、持分の放棄や払戻しによって、持分すべてを消滅させることに加えて、定款の変更が不可欠です。社員総会の決議が必要です。厚生労働省のWebページに社団医療法人定款例・財団医療法人寄付行為例が掲載されています(社団・財団医療法人定款・寄附行為例)。
持分を消滅させる方法には出資者が持分を放棄する、持分の払戻しをする等があります。持分なし医療法人に定款変更したからといって、持分がなくなるわけではありません。持分の放棄に際しては、事後の紛争等を防止するため、出資者による持分放棄の意思表示を的確に証する書面を適切な方法で作成しておく必要があります(参考・厚生労働省「出資持分の放棄申出書」)。払戻しにおいても、持分払戻請求権が全部消滅することの確認等を的確に証する書面を適切な方法で作成しておく必要があります。
また、定款変更を行って贈与税を支払って移行する方法と、一定の要件を満たし贈与税の課税なく移行する方法があります。その要件をしっかり確認・検討しましょう。
(2) 基金拠出型法人への移行では定款に基金の定めを
また、基金拠出型法人へ移行する場合も、持分なし医療法人への移行と同様の方法があります。それに加えて、基金制度について新たに定款に定める必要があります。
5.認定医療法人制度の活用について検討
医療法人の経営者の死亡により相続が発生することがあっても、相続税支払いのための持分の払戻しなどにより医業継続が困難になるようなことなく、当該医療法人が引き続き地域医療の担い手として、住民に対し医療を継続して安定的に提供していけるようにすることを目的に法制度化されました。
持分あり医療法人を、相続税や贈与税の負担なく持分なし医療法人へ移行するための制度といえます。ただし、期限があり、令和8年12月31日までに認定を受ける必要があります。
事業承継においては、医業と税務の両方の専門的な知識が必要となります。理事長・院長や医療法人スタッフだけでは対応に限界があると思われます。信頼できる専門家に相談しながら進めることが重要です。また、早期に着手して計画的に進めることも大事になります。
【参考文献】
・「令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」厚生労働省
・厚生労働省「新たな地域医療構想等に関する検討会」(令和6年11月8日資料及びとりまとめ)
・「医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ」厚生労働省、令和6年度補正予算及び令和7年度予算
・「令和5(2023)年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」厚生労働省
・令和元年度医療施設経営安定化推進事業「医療施設の合併、事業譲渡に係る調査研究」
・「Q&Aクリニックの事業承継(第3版)」TKC出版
記事提供
株式会社TKC出版 1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
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