2025年10月06日

遺言がある場合とない場合の相続手続き

遺言がある場合とない場合の相続手続き

💡この記事のポイント
 ☑遺言がある場合には法定相続分に縛られることなく自由な遺産配分等を決められる
 ☑遺言がない場合には相続人全員の合意に基づく「遺産分割協議書」を作成する必要がある
 ☑遺言には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があり、争いを防止するという点では「公正証書遺言」がオススメ

1.はじめに

 遺言という言葉を目にしても「自分はまだ若いし元気だから、遺言を用意するのはもう少し先かな」「うちの子ども達は兄弟仲がいいから遺言なんて必要ない」などと考える方が多いのではないでしょうか。しかし、実際には、いくら親の生前に兄弟仲がよくても、相続が発生した際に遺言がないため遺産の分け方をめぐってトラブルが生じることは珍しくありません。
 このような事態を防ぐためにも、遺言を残しておくことは大きな意味を持ちます。きちんと作成された遺言があれば、相続争いを未然に防ぐとともに、残された家族の精神的・時間的な負担を軽減することができます。
 本記事では、遺言を作成することのメリットや、相続や遺言について知っておきたい基本的なポイントを整理した上で、「遺言がある場合」と「遺言がない場合」とで相続手続きがどのように異なるのかを解説していきます。遺言の重要性を認識し、遺言作成について考えるきっかけとなれば幸いです。

2.相続が起こったときの手続きの流れ

(1) 相続開始から相続税の申告・納付までのスケジュール

 人が亡くなったとき、その人の財産(遺産)は相続人、または遺言で指定された人に分配されるのが一般的です。相続税は、その分配された財産にかかる税金です。 相続人は、被相続人が死亡したことを知った日(通常、被相続人の死亡日)の翌日から10カ月以内に相続税の申告を行う必要があります。
 相続開始から相続税の申告・納付までの具体的なスケジュールは以下のとおりです。

相続開始から相続税の申告・納付までのスケジュールの画像

 上記が主な流れですが、実際には遺言の有無によって手続き内容は大きく変わってきます。続いて、遺言を作成しておくことのメリットについて、より具体的に確認していきましょう。

3.遺言作成のメリットとは

 全ての財産に対する遺言がある場合には、法定相続分に縛られることなく自由な遺産配分等を決めることができます。遺言を作成することのメリットをより詳しくご紹介します。

(1) 相続争いを未然に防ぐことができる

 遺言では「誰にどの財産を相続させるか」を明確に示すことができます。また、遺言に遺産の分割方法が指定されている場合は、それに従うことになり、相続人の間で遺産分割協議をする必要がなくなります。遺言は、相続争いを防止し、残された家族への愛情や感謝の気持ちを伝える大事な手段ともいえるのです。

(2) 相続人の状況等に応じた適切な遺産分割が可能になる

 相続人の状況や立場などを考慮して、相続人のどなたかに法定相続分よりも多く財産を相続させたいという方もいるでしょう。このような場合、正式な遺言があれば、その内容が優先されますから、法定相続分とは異なる割合での遺産分割を行うことが可能です。  例えば、相続人が妻と子2人のときの法定相続分は、妻が2分の1、子がそれぞれ4分の1ずつになりますが、子に妻の世話を頼むので、子に法定相続分よりも多く(例えば、それぞれ5分の2ずつなど)財産を残したいときは遺言が必要です。

遺言の有無で相続財産の配分が異なる様子を示した図

(3) 相続人以外への遺贈が可能となる

 「相続権のない法定相続人以外(世話になった親族や友人、内縁の妻、菩提寺等)にも遺産の一部を贈りたい」という場合や、「地域の社会福祉施設や学校、社団・財団法人などへ寄附したい」という場合にも、遺言によって指定する個人や法人・団体に財産を遺贈することが可能です(ただし遺贈には「特定遺贈」と「包括遺贈」の2種類があり、どちらを選択するかはよく検討する必要があります)。

(4) 遺産分割・財産処分以外の指定が可能となる

 遺産分割・財産処分以外に、以下のような事項も遺言書に書くことによって法的な効力をもたせることが可能です。

①推定相続人の廃除とその取消し(生前にできるが遺言でも可能)

 推定相続人(相続権を持つ者)に、著しい非行などの事実があるため、自分の財産を相続 させたくないという場合、遺言で、その推定相続人を廃除する旨(遺留分の権利を含む相続 権の剥奪)を意思表示すれば、その手続き(家庭裁判所への請求)を遺言執行者が行うこと になります(廃除の取消しについても同様)。

②子の認知(生前にできるが遺言でも可能)

 法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子(非嫡出子)の認知は、遺言によっても行うことができます。認知された非嫡出子は相続人となり、その相続分は嫡出子と同一の割合となります。

③未成年後見人・未成年後見監督人の指定(遺言のみで可能)

 親権者がいない未成年者に対する監護、教育、財産の管理等を行う「未成年後見人」の指 定は、遺言によってのみ行うことができます。また、未成年後見人を指定することができる者は、その後見人の事務の監督等を行う「未成年後見監督人」を、遺言で指定することができます。

④遺言執行者の指定(遺言のみで可能)

 遺言の内容を確実に履行させることを目的として、相続財産の管理をはじめ、遺言の執行 に必要な手続きを相続人の代理人として行う「遺言執行者」を、遺言で指定することができ ます(詳しくは「4.遺言書の種類と注意点」で後述)

 このように、遺言を作成することのメリットは多岐にわたります。続いて、遺言書の種類や注意点等について確認していきましょう。

4.遺言書の種類と注意点

(1) 遺言書の種類

 遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります。それぞれの特長と注意点は以下のとおりです。

①自筆証書による遺言書

 遺言者が自筆で書く遺言書です。本文自体は手書きする必要がありますが、財産目録等は印字した紙面の1枚ずつに署名・押印をすれば有効です。執行に当たっては家庭裁判所の検認の手続きが必要となります。自筆証書遺言は自宅で手軽に作成できる一方、原本の保管や管理において紛失の可能性などの問題がありました。そこで、自筆証書遺言を法務局で保管する制度があります。法務局で保管された自筆証書遺言について家庭裁判所での検認手続きは必要ありません。
 自筆証書遺言保管制度の詳細については、法務省のウェブサイトをご参照ください。

<参考>法務省ウェブサイト

 なお、自筆証書遺言書の本文の記載例は次のとおりです。

自筆証書遺言書の本文の記載例の画像

②公正証書による遺言書

 遺言者の口述にもとづき、公証人が遺言書を作成します。公証人が筆記した遺言を2人以上の証人に読み聞かせ、または閲覧させ、その筆記が正確なことを承認したあと、遺言者・証人が自署・押印し、さらにどのように遺言書がつくられたのかを公証人が付記します。遺言書の原本は公証人役場に保管されます。争いを防止するという点では、公正証書がよいでしょう

③秘密証書による遺言書

 遺言の存在を明らかにしながら、その内容を秘密にして作成します。遺言者が署名・押印した遺言を封じ、封印(遺言と同一の印章で)します。公証人1人、証人2人以上の前に提出して、自己の遺言である旨、氏名と住所を申述し、さらに公証人が日付と遺言者の申述を封書に記載したあと、遺言者と証人とともに署名・押印します。執行に当たっては家庭裁判所の検認の手続きが必要となります。

 なお、遺言書は何回も書き直すことができますが、自筆証書や公正証書等の形式にかかわらず日付の一番新しいものが有効となります。例えば、遺言書を作成した後に不動産を売却するなどして所有財産に変動があった場合には、遺言書も更新することを忘れないようにしましょう。

(2) 遺言書の検認とは

 遺言書(公正証書遺言及び法務局に保管されている自筆証書遺言は除く)を保管している者、あるいは遺言書を発見した者は、相続の開始(被相続人の死亡)を知った後、遅滞なく、その遺言書を家庭裁判所に提出して、「検認」を受けることとされています(検認の申立ては、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、遺言書の写しその他所定の書類を提出して行います)。
 「検認」は、遺言の内容を確認し、遺言書の偽造や変造を防止するための手続きです。また、相続人等に遺言の存在及びその内容を知らせる目的もあります。検認は、遺言書の有効・無効を審査するためのものではありません。
 検認手続きが終了すると、遺言書は、検認済であることの証明書を付して申立人に返還されます。
(注)家庭裁判所への遺言の提出を怠り、その検認を経ないで遺言を執行した者、あるいは封印されている遺言書を家庭裁判所外において開封した者は、5万円以下の過料に処する、と定められています(民法1005条)

(3) 遺言は誰が執行するのか

 遺言の内容の実現(遺言執行)は、①相続人全員で行うか、②遺言執行者が行うかの2種類の方法があります。 民法は、「遺言で、1 人または数人の遺言執行者を指定(またはその指定を第三者に委託)することができる」と定めており、遺言執行者を選任するかどうかは、あくまで遺言者の自由です。しかし、遺言内容を確実に履行し名義変更等をスムーズに行うためには、遺言執行者を選任しておいたほうがよいと思われます。
 民法では、「未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない」と定められているだけであり、遺言執行者に特に専門的な資格は求められていません。しかし、遺言執行者は、遺言の内容を確実に履行する責任を負い、そのために大きな権限が与えられるのですから、誰でもよいというわけにはいきません。
 次のような点も考慮して、遺言執行者の選任は慎重に行う必要があります。
   1)財産の名義変更登記等については、専門家でなければ代理申請が困難である。
   2)遺言で遺言執行者に指定された者が、それを引き受けなければならない法的義務はない(引き受けるか否かは本人の自由)。
 仮に、確実に引き受けてもらえるとしても、遺言執行者に指定した者が、遺言者よりも先に亡くなることもあり得ます。その場合、遺言を変更しなければ結果的に遺言執行者は存在しないことになってしまいます。そこで、場合によっては、専門家を含めて、複数の遺言執行者を選んでおくことも必要です。また、相続人の1人を遺言執行者とし、その執行者本人が必要と認めれば、補助者を選任することができる旨を遺言に明記しておくことも効果的です。

 それでは「遺言がある場合」と「遺言がない場合」で相続手続きがどのように異なるのかを見ていきましょう。

5.遺言がある場合の相続手続き

(1) 原則として遺言の内容に従う

 遺言がある場合は「誰が何をどれだけ相続するか」が遺言で定められているため、相続手続きは原則として遺言の内容に従って行われます。したがって、相続人全員で行う遺産分割協議は原則不要となります。
 まずは遺言書の存在を確認し、遺言書が自筆証書の場合には必要に応じて検認を行ってから、遺言の執行を行います。遺言執行者の指定がない場合には、相続人全員で手続きを進めていくことになります。

(2) 遺留分に注意が必要

 ただし、遺言によって特定の相続人に多額の財産が遺贈された場合、他の相続人は遺留分を主張することができます。遺留分とは、遺言の内容にかかわらず、相続人が相続により期待できる最小限度の相続分です。相続人の利益を保護する観点から、一定の遺留分が定められています(ただし、兄弟姉妹には遺留分はありません)。
 したがって、ある相続人が遺贈によって財産の大部分を取得しようとしても、他の相続人が遺留分の権利を主張すれば、遺留分に相当する部分の遺贈は認められません。遺留分の額は、法定相続分の2分の1〔親(直系尊属)のみの場合は3分の1〕となっています。例えば、相続人の態様に応じて下記の表のようになります。

■遺留分の割合

遺留分の割合を示した表

 上記の遺留分を侵害しないように、遺言者が遺言を作成する際には十分に配慮しておくことが重要です。

(3) 遺言の内容とは異なる遺産分割も可能

 なお、遺言があっても、受遺者・相続人の全員が「遺言とは異なる内容の遺産分割協議」を行うことに同意すれば、遺言とは異なる内容の遺産分割が可能になります。
 また、形式要件を満たしていない遺言や、遺言者が生前認知症等で遺言能力がなかったと判断された場合などには遺言が無効になることもあります。遺言が無効となった場合には、相続人全員による遺産分割協議が必要となります。

6.遺言がない場合の相続手続き

(1) 法定相続分に基づいて「法定相続」が行われる

 遺言のない相続の場合、民法の規定どおりの「法定相続」が行われます。民法では、全ての相続人において公平な相続割合(法定相続分)が定められています。まずは被相続人の戸籍をたどり法定相続人を確定し、法定相続分を前提にした上で、実際に誰が何を取得するのかを決めるための遺産分割の手続きが必要になります。法定相続分の割合は下表のとおりです。

法定相続分の割合を示した図
※人数で分けます

(2) 遺産分割協議を行い「遺産分割協議書」を作成する

 遺言がない場合、遺産はいったん法定相続人全員の共有となり、その上で、遺産をどのように分割するかを相続人の間で協議することになります。
 そして、相続人全員の合意に基づく「遺産分割協議書」を作成しなければなりません
 この遺産分割協議がスムーズにまとまればよいのですが、相続人それぞれの思惑や欲が衝突し、遺産分割を家庭裁判所にゆだねるケースが少なくありません。
 相続税の申告期限までに遺産分割が確定していない場合には、相続税に関する一部の特例(配偶者の相続税額軽減や小規模宅地等の特例など)が適用されないため、早期の分割協議成立を心がけましょう。
 遺産の配分が相続人間で確定したら、遺産分割が成立した証として遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書は、預貯金や不動産などの相続財産の名義変更や相続税の申告の際に必要となります。遺産分割協議書には、誰がどの財産を取得したのか等を正確に明記し、各相続人が自署と実印(市区町村長の印鑑証明を受けた印章)の押印をします。

■遺産分割協議書の例

遺産分割協議書のサンプル画像

7.まとめ

 以上のように、遺言がなければ遺産分割協議書を作成する必要がありますが、遺言があれば遺産分割協議の手間や相続争いのリスクを大幅に減らすことができます。
 遺言は「自分の意思を伝える最後の手段」であると同時に、残された家族への思いやりでもあります。相続がいつ開始するかは誰にもわからないこそ、有効な遺言を作成して備えておくことが、ご自身と家族の安心につながるでしょう。

参考文献

・『Q&A相続税のきほん―申告までの10カ月でしなければならないこと―』(監修:TKC全国会 資産対策研究会、TKC出版)
・『Q&A 遺言のきほん―改正民法対応版―』(TKC出版)

株式会社TKC出版

記事提供

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 1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
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