2025年09月22日

社会保険料と「年収106万円の壁」

社会保険料と「年収106万円の壁」

💡この記事のポイント
 ☑社会保険料は医療費の軽減や老後の年金等のために納めるもの
 ☑「年収106万円の壁」とは社会保険への加入要件となる年収ラインのこと
 ☑2026年10月から「年収106万円の壁」の撤廃が予定されている

1.社会保険料とは

社会保険制度の理解を促す「社会保険合計」の文字が見える書類とペンの画像

(1) 広義の社会保険と狭義の社会保険の違い

 日本は「国民皆保険」制度、つまりすべての国民が何らかの公的医療保険に加入し、少ない負担で医療を受けられる制度を採用しています。また、日本では「国民皆年金」を採用しています。例えば20歳から59歳の人(自営業など)は国民年金(基礎年金)に加入することになっており、企業で働く従業員等は厚生年金保険に加入することになります。従業員等は、厚生年金に加入していることで、自動的に国民年金にも加入している扱いになっています。
 これらの制度を支えているのが「社会保険」です。社会保険とは、国民の生活を保障するための公的保険制度の総称で、広義の社会保険は以下の5つです。

■広義の社会保険とその概要

概要
健康保険 会社員やその家族が加入できる公的医療保険料です。医療機関を受診する際に健康保険証(マイナ保険証)を提示することで、医療費の自己負担分が1割~3割となります。加入者に扶養家族がいる場合、同じ保険料で家族も健康保険に加入できます。
厚生年金保険 厚生年金保険の適用を受ける事業所(企業)に勤務する会社員や公務員などが加入する公的年金制度です。加入者は「老齢厚生年金」「障害厚生年金」「遺族厚生年金」といった公的年金を受給することができます。通常、国民年金だけに加入している人よりも年金受給額が増えます。
介護保険 会社員等が40歳以上になると加入を義務づけられる介護保険です。要介護状態になった人または要支援状態になった人が、より少ない負担で訪問介護などの介護サービスを利用することができます。
雇用保険 失業した人の生活を保障するための給付や、就職のための教育訓練を受ける際の自己負担軽減、育児や介護のために休業した場合などの給付を行うための保険制度です。労働者を雇用する事業所に加入が義務づけられており、1週間に20時間以上働き、31日以上継続して雇用される会社員等が対象となります。
労災保険 業務上の事由または通勤による労働者の負傷・疾病・障害、死亡に対して、労働者やその遺族のために必要な給付を行う公的保険制度です。従業員が1人でもいれば加入義務があり、その費用は原則として事業主が負担することとなっています。

 一方、上記のうち、健康保険・厚生年金保険・介護保険の3つを「社会保険」と呼ぶこともあります(狭義の社会保険)。その場合、雇用保険・労災保険の2つは「労働保険」として区別されます。
 「社会保険」という言葉が使われているときは、どちらの意味で使われているか注意しましょう。


 ■広義の社会保険と狭義の社会保険

社会保険
(広義)
社会保険(狭義) 健康保険
厚生年金保険
介護保険
労働保険 雇用保険
労災保険

(2) 社会保険料の額は給与等によって異なる

 こうした社会保険に加入している人・企業が納めるのが社会保険料です。個人が納める金額は収入によって異なります。なお、労災保険料は原則として事業者が全額を負担するので、本人負担分はありません。


■例)月収30万円の会社員(40歳以上)の場合の一例(概算・地域による)

保険料率
(月収に対する比率)
本人負担分
月額(概算)
給与からの
控除対象
健康保険料 本人負担約5%(会社負担分との合計約10%) 約15,000円 控除される
厚生年金保険料 本人負担9.15%(会社負担分との合計約18.3%) 約27,450円 控除される
介護保険料 本人負担0.9%(会社負担分との合計約1.8%) 約2,700円 控除される(40歳以上)
雇用保険料 本人負担0.55%(会社負担分との合計1.45%) 約1,650円 控除される
合計 約15%前後 約46,800円程度

 上記表の社会保険料については、企業と従業員が負担しています。それぞれの保険料の計算方法は次の通りです。

①健康保険料

 健康保険料は、次の算式で計算されます。

健康保険料 = 標準報酬月額 × 健康保険料率

 「標準報酬月額」とは、健康保険や厚生年金保険などを計算する際に用いられる、給与を一定の幅で区分した金額のことです。実際の給与額とは異なり、保険料計算を簡便化するために設定されています。具体的には、毎年4月から6月までの3か月間の給与の平均額を、健康保険では50等級、厚生年金保険では32等級に区分します。
 対象となる報酬は、基本給のほか、役付手当、勤務地手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、残業手当等が該当します。年4回以上支給される賞与についても、標準報酬月額の対象となる報酬に含まれます。
 また、「健康保険料率」は、都道府県や各健康保険組合によって異なるため、最新の料率を確認する必要があります。例えば「協会けんぽ※」に加入している場合、東京都の健康保険料率は9.91%、全国平均では10%(介護保険第二号被保険者に該当しない場合)となります。
 上記の算式で求められた健康保険料を会社と従業員で折半し、従業員の自己負担分は給与や賞与から天引きされます。
※国が運営してきた健康保険事業(政府管掌健康保険)を引き継ぎ、平成20年10月に健康保険法に基づき設立された公法人。主に中小企業で働く従業員やその家族約4,000万人が加入している日本最大の医療保険者。

②厚生年金保険料

 厚生年金保険料の金額は、次の算式で計算されます。

厚生年金保険料額 = 標準報酬月額 × 厚生年金保険料率


 標準報酬月額については「①健康保険料」と同様です。令和7年度の厚生年金保険料率は、下表の通りです。


■令和2年9月分(10月納付分)からの厚生年金保険料額表(令和7年度版)

標準報酬 報酬月額 一般・坑内員・船員
(厚生年金基金加入員を除く)
全額 折半額
等級 月額 18.300% 9.150%
円以上 円未満
1 88,000 93,000 16,104.00 8,052.00
2 98,000 93,000 101,000 17,934.00 8,967.00
3 104,000 101,000 107,000 19,032.00 9,516.00
4 110,000 107,000 114,000 20,130.00 10,065.00
5 118,000 114,000 122,000 21,594.00 10,797.00
6 126,000 122,000 130,000 23,058.00 11,529.00
7 134,000 130,000 138,000 24,522.00 12,261.00
8 142,000 138,000 146,000 25,986.00 12,993.00
9 150,000 146,000 155,000 27,450.00 13,725.00
10 160,000 155,000 165,000 29,280.00 14,640.00
11 170,000 165,000 175,000 31,110.00 15,555.00
12 180,000 175,000 185,000 32,940.00 16,470.00
13 190,000 185,000 195,000 34,770.00 17,385.00
14 200,000 195,000 210,000 36,600.00 18,300.00
15 220,000 210,000 230,000 40,260.00 20,130.00
16 240,000 230,000 250,000 43,920.00 21,960.00
17 260,000 250,000 270,000 47,580.00 23,790.00
18 280,000 270,000 290,000 51,240.00 25,620.00
19 300,000 290,000 310,000 54,900.00 27,450.00
20 320,000 310,000 330,000 58,560.00 29,280.00
21 340,000 330,000 350,000 62,220.00 31,110.00
22 360,000 350,000 370,000 65,880.00 32,940.00
23 380,000 370,000 395,000 69,540.00 34,770.00
24 410,000 395,000 425,000 75,030.00 37,515.00
25 440,000 425,000 455,000 80,520.00 40,260.00
26 470,000 455,000 485,000 86,010.00 43,005.00
27 500,000 485,000 515,000 91,500.00 45,750.00
28 530,000 515,000 545,000 96,990.00 48,495.00
29 560,000 545,000 575,000 102,480.00 51,240.00
30 590,000 575,000 605,000 107,970.00 53,985.00
31 620,000 605,000 635,000 113,460.00 56,730.00
32 650,000 635,000 118,950.00 59,475.00
日本年金機構「厚生年金保険料率および協会けんぽ管掌の健康保険料率」より

 上記の算式で求められた厚生年金保険料を会社と従業員で折半し、従業員の自己負担分は給与や賞与から天引きされます。


③介護保険料

 介護保険料は、次の算式で計算されます。

介護保険料 = 標準報酬月額 × 介護保険料率


 標準報酬月額については「①健康保険料」と同様です。
 介護保険料率は健康保険組合によって異なります。例えば前述の「協会けんぽ」の場合、【一般被保険者】【任意継続被保険者、日雇特例被保険者】ともに、次のように定められています。

令和7年3月分(4月30日納付期限分)から 1.59%

 上記の算式で求められた介護保険料を会社と従業員で折半し、従業員の自己負担分は給与や賞与から天引きされます。

④雇用保険料

 雇用保険料の料率は業種により異なります。また、2025年4月(令和7年4月)から、会社負担分、従業員負担分それぞれ0.05%(失業等給付・育児休業給付)ずつ引き下げられています。
 その結果、令和7年度の雇用保険料率は下表の通りとなっています。


■令和7年度の雇用保険料率

①労働者負担(失業等給付・育児休業給付の保険料率のみ) ②事業主負担
(「失業等給付・育児休業給付の保険料率」と「雇用保険二事業の保険料率」の合計
①+②
雇用保険料率
一般の事業 5.5/1,000 9/1,000 14.5/1,000
農林水産・清酒酒造の事業 6.5/1,000 10/1,000 16.5/1,000
建設の事業 6.5/1,000 11.5/1,000 17.5/1,000

※ 園芸サービス、牛馬の育成、酪農、養鶏、養豚、内水面養殖および特定の船員を雇用する事業については一般の事業の率が適用されます。

厚生労働省「雇用保険料率について」資料を基に作成

 なお、上記表の通り、雇用保険料は会社と従業員の折半ではなく、従業員負担分よりも会社負担分の方が多くなるように設定されています。

2.「年収106万円の壁」とその撤廃

年収106万円の壁の撤廃を象徴する「撤廃」の文字が印刷された紙のクローズアップ画像

(1) 「年収106万円の壁」とは社会保険への加入要件の1つ

 前提として、現行の社会保険加入の要件には下記の5つがあります。
 ・勤務先企業の従業員数が51人以上
 ・週に20時間以上働いている
 ・月額8.8万円(年収106万円)以上の賃金をもらっている
 ・雇用期間が2か月以上見込まれる
 ・学生ではない
 つまり「年収106万円の壁」とは、社会保険の加入要件の1つである年収のラインのことです。つまり、年収106万円というラインを超えると社会保険の加入義務が生じ、毎月の給料や賞与から社会保険料が天引きされることになります。
 パート・アルバイト等は、上記の要件を満たすと配偶者等の扶養から外れ、自ら社会保険に加入することになります。その結果、より多く働いたにもかかわらず、社会保険に加入しない場合と比べ手取り額が少なくなってしまうという逆転現象が生じています。それを避けるため、年収106万円が「壁」となり、そこを超えないように働き方を調整しているのです。
 なお、上記5つの要件は一般的なものであり、会社の規模によってはこのラインが130万円となる場合もあります。

(2) 2026年10月から「壁」が撤廃される

 こうした状態を解消するため、2025年5月16日に「年収106万円の壁」の撤廃を含む年金制度改正法案が国会に提出され、衆議院で修正のうえ、6月13日に成立しました。本改正法案では、「年収106万円の壁」は2026年10月から撤廃される予定となっています。
 なお、正社員として働いている人の場合、一般的には年収106万円を超えることがほとんどであるため、この撤廃による影響はほとんどないと考えられます。ただし、配偶者や子供がパート・アルバイト等として働いている場合には、家計全体に影響が生じます。

(3) 「壁」撤廃の概要と中小企業への影響

 法改正による「壁」の撤廃の概要と、中小企業への影響は次の通りです。

①年収要件の撤廃

 下表の通り、年収106万円は月額にすると8.8万円相当です。改正後の2026年10月からは、このラインが撤廃されます。

改正前 改正後
月額8.8万円(年収106万円相当) 撤廃(2026年10月から)

※残業代、賞与、通勤手当等は含まない

厚生労働省Webサイト「年金制度改正法案の概要」を基に作成

②企業規模は段階的に撤廃

 社会保険の加入要件の1つである企業規模(常勤の従業員数)についても、2027年10月以降、段階的に撤廃される予定です。この企業規模要件の撤廃により、特に中小企業において、新たに社会保険加入の対象となるパート・アルバイト等が増えることが見込まれます。


■企業規模要件の撤廃時期

企業規模 撤廃時期
51人以上 改正前
36人以上 2027年10月 段階的に撤廃
21人以上 2029年10月
11人以上 2032年10月
10人以上 2035年10月
厚生労働省Webサイト「年金制度改正法案の概要」を基に作成

③中小企業への影響

 前述の通り、社会保険料は労使折半(企業と従業員が半分ずつ負担)が基本です。そのため、新たに社会保険に加入するパート・アルバイト等が増えると、企業にも社会保険料の負担が発生することになります。
 そのため、年収106万円の壁の撤廃後、どのくらいのパート・アルバイト等が社会保険に加入するかを確認し、その資金を手当てしておく必要があるでしょう。

④雇用保険への影響

 年収106万円の壁に関わる「社会保険」とは、健康保険、厚生年金保険、介護保険の3つ、つまり「狭義の社会保険」であり、雇用保険は含まれていません。従業員の雇用保険の加入要件は下記の3つです。
 ・1週間の所定労働時間が20時間以上であること
 ・31日以上の雇用見込みがあること
 ・学生ではないこと

 上記要件を満たしていれば、年収106万円未満であっても雇用保険への加入義務が生じます。ただし、所定労働時間の算定方法や、学生であっても通信制である場合など、要件を満たしているのか判断が難しい場合もあるため注意が必要です。
 また、年収の壁が撤廃され、雇っているパート・アルバイト等が労働時間を増やした結果、上記の雇用保険への加入要件を満たす可能性も高まります。

(4) 企業が活用できる「キャリアアップ助成金」とは

助成金申請や処遇改善の取り組みを連想させる「助成金」の木製ブロックと電卓・ノートの画像

 上記の通り、社会保険に加入するパート・アルバイト等が増えると、企業の負担も増えます。そこで厚生労働省では、従業員を新たに社会保険に加入させるとともに、収入増加の取り組みを行った企業に助成する「キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)」を設けています。
 具体的には、①従業員への手当の支給、②従業員の労働時間の延長を行った場合、企業には対応した従業員1人あたり最大50万円が助成されるという制度です。詳細は次の通りです。

①手当等支給メニュー

 従業員が負担する社会保険料に相当する額を、手当(社会保険適用推進手当)の支給等で補填する場合、以下の金額が助成されます。


要件 1人あたりの助成額
1年目 ①賃金(標準報酬月額・標準賞与額)の15%以上分を従業員に追加支給すること(社会保険適用推進手当) 6か月ごとに10万円×2回(20万円)
2年目 ②賃金(標準報酬月額・標準賞与額)の15%以上分を従業員に追加支給するとともに、3年目以降、以下③の取組を行うこと 6か月ごとに10万円×2回(20万円)
3年目 ③賃金(基本給)の18%以上分を増額させていること 6か月で10万円

②労働時間延長メニュー

 従業員の所定労働時間を延長して社会保険に加入させ、さらに賃金の増額も行った場合、条件に応じて以下の金額が助成されます。

所定労働時間の延長 賃金の増額 1人あたりの助成額
①4時間以上 + 6か月で30万円
②3時間以上4時間未満 5%以上
③2時間以上3時間未満 10%以上
④1時間以上2時間未満 15%以上

 手当等の支給と労働時間の延長を組み合わせて実施した場合、2年間で1人あたり50万円が助成される「併用メニュー」もあります。
 自社の従業員がどのメニューの対象となるのかは条件によって異なることに注意しましょう。また、同助成金を活用するためには、具体的な取り組みを始める前に、管轄の労働局に「キャリアアップ計画書」を提出することが必要です。詳細は、政府広報オンラインや厚生労働省のWebサイト等からご確認ください。

【参考資料】

日本年金機構「厚生年金保険料率および協会けんぽ管掌の健康保険料率」
厚生労働省「雇用保険料率について」
厚生労働省Webサイト「年金制度改正法案の概要」
事務所通信デジタル版「年金制度改正で「年収106万円の壁」撤廃へ 気になる企業への影響は?」

株式会社TKC出版

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