2025年07月28日

企業に義務化された熱中症対策とは

企業に義務化された熱中症対策とは

💡この記事のポイント
 ☑2025年(令和7年)6月から改正労働安全衛生規則が施行され、企業の熱中症対策が義務化。
 ☑熱中症による社内の死亡事故原因のほとんどが「初期症状の放置・対応の遅れ」。
 ☑熱中症は近年増加している死亡災害であり、重篤化させないための対策が急務。

1.企業における熱中症対策とは

 高温多湿な環境下で生じ、深刻な健康障害の総称である熱中症。最悪の場合、死に至るリスクもあります。
 近年、職場で熱中症による死傷者数が増加しています。特に炎天下での作業が多い建設業や、熱や火などを使う製造業では発生しやすいと思われがちです。しかし、熱中症は屋外・屋内を問わず、誰もがなり得る可能性があるので、他業種で働いている場合であっても注意が必要です。

(1) 2025年(令和7年)6月1日から改正労働安全衛生規則が施行

 厚生労働省が定めた、労働環境の安全や衛生などの確保を目的とした省令「労働安全衛生規則」。この規則が2025年(令和7年)6月1日に改正され、「改正労働安全衛生規則」が施行されました。

 本規則での改正で最も大きく変わった点が、職場における「熱中症対策」です。本規則では熱中症対策を企業の「義務」としていることが大きな特徴です。本規則が定める、企業の義務化対象は、「暑さ指数(WBGT)※28度以上または気温31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間以上の実施」が見込まれる作業です。


※暑さ指数(WBGT)とは

 暑さ指数(WBGT(湿球黒球温度):Wet Bulb Globe Temperature)とは、単位こそ気温と同じ摂氏度(℃)で示されるものの、その値は気温とは異なります。
 暑さ指数は人体と外気との熱のやりとりである熱収支※に着目した指標です。人体の熱収支に与える影響の大きい ①湿度、 ②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、 ③気温の3つを取り入れた指標になります。

※熱収支とは物体や場所における熱の出入り、つまり熱の受け取りと放出のバランスのことです。

参考:環境省「環境省熱中症予防情報サイト 暑さ指数とは?

 WBGT値について、下記が指標一覧です。表内の「厳重警戒」以上になる28以上が本規則での熱中症対策が義務化される基準です。

【WBGT値】 【注意すべき生活活動の目安】 【注意事項】
危険(31以上) すべての生活活動でおこる危険性 高齢者においては安静状態でも発生する危険性が大きい。
外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する。
厳重警戒(28以上31未満) 外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する。
警戒(25以上28未満) 中等度以上の生活
活動でおこる危険性
運動や激しい作業をする際は定期的に充分に休息を取り入れる。
注意(25未満) 強い生活活動で
おこる危険性
一般に危険性は少ないが激しい運動や重労働時には発生する危険性がある。
日常生活に関する指針出典:環境省「環境省熱中症予防情報サイト 暑さ指数とは?

(2) 改正労働安全衛生規則で義務づけられた内容

①報告体制の整備

 熱中症の自覚症状があったり、熱中症のおそれがある従業員を発見した人が、その旨を「誰に」「どのように」報告すればよいのかを明確にします。具体的には、報告する担当者名や連絡先のリストを作成し、報告先を明確にしておきましょう。

②実施手順の作成

 熱中症のおそれがある従業員を発見した場合は、すぐに日陰で風通しのよい場所に移動させ、水をかけるなどして、あらかじめ具体的な対策案を作成しておきましょう。
 また、発見した時点で熱中症患者が深刻な状態であり、医療機関への搬送が必要な場合もあるため、近隣の病院などの緊急連絡先をまとめておくことも重要です。

③関係者への周知

研修で関係者に周知するイメージ図

 「報告体制の整備」と「実施手順の作成」は、管理者のみでなく、現場の作業員にも周知する必要があります。緊急時の連絡網、報告体制・対応手順などを網羅したマニュアルなどを用意し従業員への周知もわかりやすく実施しましょう。
 また、これらは本社だけでなく事業所など「職場ごと」に定めておく必要があります。対策を怠った場合には、事業者に6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。

2.熱中症対策が義務化された背景

(1) 死傷者数の増加

 2024年(令和6年)の熱中症による職場における死傷者(休業4日以上)は確定値で1,257人。前年比では151人増加しました。過去5年間の推移は下記のようになっています。

2020年(令和2年) 2021年(令和3年) 2022年(令和4年) 2023年(令和5年) 2024年(令和6年)
959人 561人 827人 1,106人 1,257人
出典:厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)

 上表のとおり、2023年(令和5年)の死傷者は1,106人となり、2018年(平成30年)以来5年ぶりに1,000人を超えました。翌年の2024年(令和6年)は1,200人を超え、死傷者数が1,000人を2年連続で超過しています。また、多い業種別では製造業235人、建設業228人となっており、この2業種だけで全体の3割以上を占めています。

(2) 死亡者数の増加

 死亡者数も増加傾向にあります。2024年(令和6年)は31人が亡くなっており、前年と同数になっています。この死亡事例は1989年の死亡災害における統計開始以降、2010年(平成22年)の47人に次いで多い数字です。過去5年間における死亡事故数の推移は下記のとおりです。

2020年(令和2年) 2021年(令和3年) 2022年(令和4年) 2023年(令和5年) 2024年(令和6年)
22人 20人 30人 31人 31人
出典:厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)

 死亡者数は2022年(令和4年)から2024年(令和6年)の3年連続で30人以上になっています。2024年(令和6年)の死亡者数が多い業種は建設業10人、製造業5人で、死傷者同様にこの2業種が多くを占めています。

3.職場で熱中症にならないための対策

熱中症対策のイメージ図

 社内における熱中症対策として、厚生労働省は「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」「労働衛生教育」の4つを対策に掲げています。具体的な内容は下記のとおりです。

(1) 作業環境管理

①WBGT値の低減等
 屋内の高温多湿作業場所においては、直射日光並びに周囲の壁面及び地面からの照り返しを遮ることができる屋根等を設けること。
②休憩場所の整備
 高温多湿作業場所の近隣に冷房を備えた休憩場所又は日陰等の涼しい休憩場所を設けること。

出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について

(2) 作業管理

①作業時間の短縮等
②暑熱順化
 高温多湿作業場所において労働者を作業に従事させる場合には、暑熱順化(熱に慣れ当該環境に適応すること)の有無が、熱中症の発症リスクに大きく影響することを踏まえ、計画的に暑熱順化期間を設けることが望ましいこと
③水分及び塩分の摂取
 自覚症状の有無にかかわらず、水分及び塩分の作業前後の摂取及び作業中の定期的な摂取を指導すること。
④服装等
 熱を吸収し、又は保熱しやすい服装は避け、透湿性及び通気性の良い服装を着用させること。
⑤作業中の巡視

出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について

(3) 健康管理

①健康診断結果に基づく対応等
②日常の健康管理等
 睡眠不足、体調不良、前日等の飲酒、朝食の未摂取等が熱中症の発症に影響を与えるおそれがあることに留意の上、日常の健康管理について指導を行うとともに、必要に応じ健康診断を行うこと。
③労働者の健康状態の確認
④身体の状況の確認

出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について

(4) 労働衛生教育

 労働者を高温多湿作業場所において作業に従事させる場合には、適切な作業管理、労働者自身による健康管理等が重要であることから、作業を管理する者及び労働者に対して、あらかじめ次の事項について労働衛生教育を行うこと。
①熱中症の症状
②熱中症の予防方法
③緊急時の救急処置
④熱中症の事例

出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について

 上記のように、企業は従業員が熱中症を起こさないように職場づくりを積極的に進めていくことが重要です。
 そして、企業だけでなく従業員1人ひとりがそれぞれ熱中症にかからないように日頃から対策しておくと、より熱中症予防につながります。また、熱中症のサインも事前に知っておくと自覚症状を把握することができ、重篤化を防ぐことにもなります。

(5) 熱中症のサイン

①顔がほてる、赤くなる
 体温が急激に上昇すると体に熱がこもり、血流がよくなるため、皮膚が赤くなることがあります。しかし、ただの赤みであるため、日焼けなどと見分けがつきにくく気づきにくい特徴があります。
②やたらと足がつる
 汗を多くかくと体の水分とミネラルが失われ脱水症状を起こし、筋肉などが痙攣を起こしやすくなります。
③炎天下なのに汗が出ない
 体温の調整機能が低下し、汗が出にくくなることもあります。この場合は自覚症状がなく突然重症化することも。特に風邪や疲労などによる体調不良である場合は体温の調整機能が低下しやすいです。また、二日酔いや下痢は軽い脱水症状を起こしている場合があるため、水分補給をこまめに行い、汗をしっかり出すようにしましょう。
④作業に集中できなくなる
 脳の温度が上がることで意識障害を起こすことがあります。従業員の言動がおかしい、名前を呼んでも応じないなどの症状がある場合は救急車をすぐに呼びましょう。

(6) 個人でできる熱中症対策

 職場が室内でも、屋外でも、のどの渇きを感じなくても、こまめに水分・塩分、スポーツドリンク等を補給することが大切になります。

①室内
 職場内のエアコンでは暑さによって適切な温度・湿度を保つようにしましょう。
②屋外
 こまめな休憩が重要です。水分補給も含めて休憩を随時入れましょう。
③室内、屋外共通
 室内でも屋外でも通気性がよく、吸水性・速乾性の優れた衣服を着用しましょう。また、特に暑い日には保冷剤、氷、冷たいタオル等で体を冷やすことも効果があります。「蓄熱」を避けることが重要です。また、こまめな水分補給はもちろん、食事からも水分は摂取しています。出勤前の朝食や昼食時は、食事をしっかりと取るようにしましょう。

4.熱中症による事故事例

熱中症の事故事例を伝える記事のイメージ図

 熱中症を発症する原因は、熱中症患者の状態や労働環境、社内の管理体制などによって異なります。実際に発生した事例として3例紹介します。

(1) 炎天下の草刈り中に発症

①発生状況
 25歳の土木作業員のAさんは現場事務所建て方準備のため、朝から予定地周辺の草を刈払機で刈り取っていました。
 午前10時頃、体調に違和感を覚えましたが、そのまま作業を続行。しかし、11時半頃には立っているのもやっとの状態になったため、職長に申告後に病院へ行くと熱中症と診断されました。

②主な原因
1)人的
a.小まめな給水などの休息を取らないまま作業を行いました。
b.体調不良を自覚していましたが、作業を継続しました。

2)設備的
a.日よけや給水場所等が備え付けられていませんでした。
b.暑さ指数を測れるWBGT値測定器を設置していませんでした。

3)作業的
a.作業当日は最高気温32℃に達し、朝から暑くなる予報でしたが誰も注意をしませんでした。

4)管理的
a.作業計画や作業手順書に、WBGT値などを活用した熱中症予防対策を講じていませんでした。
b.熱中症に対する労働衛生教育を実施していませんでした。

参考:建設業労働災害防止協会「災害事例一覧|熱中症予防対策|各種労働災害防止運動の展開|建災防

(2) 休憩を取っていたが発症

①発生状況
 40歳の型枠大工であったBさんは、木造住宅建築現場で基礎型枠の加工・組立作業に朝から従事していました。
 作業中は1時間に10分の休憩を取っていましたが、夕方の休憩時にふらふらし始め、次第にろれつが回らなくなり痙攣を起こしました。その後、Bさんは救急車で病院に搬送されましたが、亡くなりました。

②主な原因
1)人的
a.Bさんは、午後には暑さで体調が悪くなっていましたが作業を続けました。

2)設備的
a.現場は仮設トイレのみで、遮光設備のある休憩場所がありませんでした。
b.WBGT値が測定されていませんでした。

3)作業的
a.水分・塩分の補給について社内でルールはなく、個人に任されていました。

4)管理的
a.元請監督者の現場巡視が3日に1回であったため、当日の現場環境が把握できていませんでした。

参考:建設業労働災害防止協会「災害事例一覧|熱中症予防対策|各種労働災害防止運動の展開|建災防

(3) 帰宅中に発症

①発生状況
 55歳の土木作業員のCさんは、同僚数人と一緒に横断歩道の橋脚深礎工事のために矢板を入れる作業に従事していました。
 作業が終了した後、Cさんは同僚とともに帰宅しましたが、その途中で体調不良を訴え病院に搬送されました。

②主な原因
1)人的
a.作業当日は夏季休暇明けであったため、体が暑さに対応できていませんでした。

2)設備的
a.WBGT値を図るための器機が設置されていませんでした。

3)作業的
a.前日の天気予報よりも気温が高く、午後から急上昇しました。

4)管理的
a.朝礼では一般的な熱中症対策の指示をしていましたが、終業後の体調は確認していませんでした。

参考:建設業労働災害防止協会「災害事例一覧|熱中症予防対策|各種労働災害防止運動の展開|建災防

5.まとめ

 職場での熱中症は屋外での作業が多い建設業や製造業だけでなく、職場に炉や厨房等がある飲食業など、屋内で作業を行う業種でもリスクがあります。特に夏の時期には、運輸業などの規則的な休憩をとるのが難しい業種でも、同じく注意が必要になります。
 熱中症は誰もがなり得る病気であり、企業においては従業員が熱中症にならないようあらかじめ適切な労働環境を用意することが重要です。従業員に熱中症の疑いがある場合は初動の対応を社内であらかじめ共有しておきましょう。それこそが、現在職場における熱中症増加の原因になっている「初期症状の放置・対応の遅れ」の解消になり、快適な労働環境づくりにもつながります。


【参考文献】

・『事務所通信』2019年8月号
・『事務所通信』2024年8月号
・『事務所通信』2025年7月号
・『事務所通信』デジタル版2024年8月号
・『事務所通信』デジタル版2025年5月号
・『TKC BUSINESS ONE POINT NEWS』2024年8月号
・『TKC BUSINESS ONE POINT NEWS』2025年7月号
・厚生労働省「令和6年「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(確定値)を公表します|厚生労働省
・厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について
・厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)
・環境省「環境省熱中症予防情報サイト 暑さ指数とは?
・建設業労働災害防止協会「災害事例一覧|熱中症予防対策|各種労働災害防止運動の展開|建災防

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