2025年07月14日

災害時に診療を止めないための診療所の防災対策

災害時に診療を止めないための診療所の防災対策

💡この記事のポイント
 ☑近年の自然災害は頻発化・激甚化
 ☑早期の防災マニュアル作成は必須
 ☑BCPは被災しても早期に診療体制を復旧するための行動計画

1.多発する自然災害

 近年、自然災害が頻発し、その被害も激甚化しています。戦後最悪の被害をもたらした東日本大震災以降、最大震度7を記録した地震だけを見ても、熊本地震、北海道胆振東部地震、そして能登半島地震が発生しました。また、地球規模の気候変動に伴い、台風や豪雨による風水害、豪雪による雪害も増加しています。
 立地などの条件によっては対策が不要になる災害もありますが、複数のプレート境界が複雑に接しているわが国では、全国どこであっても地震への備えは必須です。
 南海トラフ地震や首都直下地震が現実味を帯びつつある中、国や自治体だけではなく、企業においても、より具体的な防災対策を講じることが求められています。特に医療機関は、発災直後における患者さんの安全確保や傷病者対応への強いニーズに加え、慢性疾患などを持つ患者さんへの診療の継続が重要になります。自らが被災しても被害を最小にとどめ、できる限り早期に診療体制を復旧するための対策が不可欠です。

<東日本大震災以降、最大震度7を記録した地震>

【人的被害】 【住家被害】
平成23年(2011年)
東日本大震災(津波 9.3m以上)
死者 19,782人
行方不明者 2,550人
負傷者 6,242人
全壊 122,050棟
半壊 283,988棟
令和7年3月10日現在
平成28年(2016年)
熊本地震
死者 273人
負傷者 2,809人
全壊 8,667棟
半壊 34,719棟
平成31年4月12日現在
平成30年(2018年)
北海道胆振東部地震
死者 43人
負傷者 782人
全壊 469棟
半壊 1,660棟
令和元年8月20日現在
令和6年(2024年)
能登半島地震(津波 80cm)
死者 592人
行方不明者 2人
負傷者 1,395人
全壊 6,520棟
半壊 23,600棟
令和7年5月13日現在

出典:総務省消防庁サイト「災害情報」より作成

<令和以降の主な大規模水害>

【人的被害】 【住家被害】
令和元年(2019年)
東日本台風
死者118人
行方不明者3人
負傷者388人
全壊3,263棟
半壊30,004棟
床上・床下浸水29,941棟
令和2年10月13日現在
令和2年(2020年)
7月豪雨
死者86人
行方不明者2人
負傷者82人
全壊1,627棟
半壊4,535棟
床上・床下浸水8,007棟
令和3年11月26日現在
令和3年(2021年)
7月大雨
死者28人
行方不明者1人
負傷者12人
全壊59棟
半壊118棟
床上・床下浸水2,970棟
令和5年2月15日現在
令和3年(2021年)
8月大雨
死者13人
負傷者17人
全壊45棟
半壊1,321棟
床上・床下浸水5,235棟
令和4年11月18日現在
令和6年(2024年)
9月大雨
死者17人
負傷者47人
全壊82棟
半壊597棟
床上・床下浸水1,043棟
令和7年1月28日現在

出典:総務省消防庁サイト「災害情報」より作成

2.大規模地震を想定した防災対策

手に持った携帯電話

(1) まずは建物や設備の耐震性の点検を

 建物は、柱や梁、床などの「構造体」と、天井材や外壁などの「非構造部材」に分けられます。
 「構造体」については、いつ建てられたかが重要で、建築基準法の大改正により耐震基準が大幅に見直された昭和56年(1981年)が大きな境目となります。
 昭和56年(1981年)6月以降の耐震基準は「新耐震基準」、それ以前のものは「旧耐震基準」とされており、阪神・淡路大震災における建物の倒壊被害は旧耐震基準による建物に集中し、新耐震基準による建物は倒壊に至るような大きな被害が少なかったことが分かっています。さらに、平成12年(2000年)には、木造住宅の耐震性を強化した現行の耐震基準となりました。
 旧耐震基準による建物は、現行の耐震基準に満たない可能性が高いため、まずは耐震診断を行い、必要に応じて耐震補強を検討しましょう。

東日本大震災による被災地の診療所被害状況

 「非構造部材」への対策も急がれています。非構造部材には、天井や外壁、窓ガラスなどのほか、設備機器やエレベーター、家具なども含まれます。建築された年代にかかわらず被害が発生する可能性があることが特徴で、過去の震災では新築の建物でも天井の落下などが起きています。
 まずは必要に応じて専門家の手を借りて点検を行い、リスクがあれば対策が必要です。

<非構造部材によって想定される被害>
●落下物や設備等の転倒などによる直接的な人的被害
●落下物や設備等の転倒が避難経路を塞ぐことによる二次災害
●配管や設備等からのガス・油等の漏れによる出火(火災の発生) など

<対策の例>
●外壁(外装部材)
 年数が経過すると老朽化し、外壁の落下等による事故が発生するおそれがあります。点検方法として、テストハンマーによる打診などがあります。
●窓ガラス
 窓ガラスは中規模地震でも被害が発生する可能性があります。
 「はめ殺しの窓」は、パテや硬化性シーリングが硬化していると地震の揺れで割れやすいため触診などで確認しておきましょう。危険性の高いガラスは、網入りガラスや合わせガラスへの交換や、飛散防止用フィルムを貼る等の対策が有効です。

出典:福島市ホームページ「非構造部材の安全対策(建築物の減災化を促進する施策)」より一部抜粋・編集

 また、医療機関には重量機器やキャスター付きの機材などさまざまな形態の設備があり、それぞれの仕様に応じた対策が求められます。
 例えば、床に固定される重量機器は、耐震性が考慮されていないアンカーボルトでは地震の揺れで抜けてしまう可能性があります。必ず耐震性を考慮した固定がなされているかを確認しましょう。キャスター付きの機材も、移動や転倒により人を傷つけるだけでなく避難路を塞いでしまう恐れがありますので、固定ベルトやストッパーの点検、配置の検討等の対策が必要です。

(2) 防災マニュアルは必要最小限の項目で

 災害規模や被災状況は予測不可能なため、防災マニュアルに「誰が何をする」など細部まで規定すると、いざというときにかえって混乱をもたらすおそれがあります。防災マニュアルは、自院の防災対策方針や発災時の行動基準を示すことで全職員の意識を統一し、各々の裁量で的確に行動できるようにすることを目的とします。
 災害はいつ起こるか分かりません。時間をかけて立派なものを作ろうとするよりも、必要最小限の項目で早期に作成し、全職員に周知することが重要です。ただし、作成に当たっては、全部門・全職種から参加してもらうようにしましょう。小規模の診療所であれば、全職員が参加することで意識の統一をしやすくなります。

 マニュアルには、まず、自院の防災対応方針として、次のようなことを明文化します。
・指揮命令系統図(役割の明確化)
・緊急連絡網
・初期対応、避難方法
・防災対策(備蓄、点検など)
・防災教育・訓練。
 そして、発災時の患者対応などの行動基準を示し、職員が迅速かつ的確に具体的な行動をとることをサポートします。

 防災マニュアルは定期的に内容を確認し、必要に応じて見直していく必要があります。また、防災訓練などで得た情報をもとに、より機能的なものへとブラッシュアップしていくことが望まれます。防災マニュアル作成のポイントは、「見やすく、理解しやすい」「災害時の実態に即している」ことが挙げられます。また、小冊子やカード型にして、全職員が携帯できるようにすることも効果的です。さらに、PDFファイルにして普段から職員が誰でもPCで閲覧できるようにしておくほか、最新版を必ず紙ベースのマニュアルとして保管しておくことも大切です。

3.診療所のBCP(事業継続計画)策定

BCP対策のイメージ

(1) BCPは早期に診療体制を復旧するための行動計画

 BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、「企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画」(中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」)です。
 阪神淡路大震災後、国は、医療機関が自ら被災することを想定した「防災マニュアル」の作成を求めました。しかし、東日本大震災において、防災マニュアルでは不十分であることが分かり、新たに、「医療機関は自ら被災することを想定して災害対策マニュアルを作成するとともに業務継続計画の作成に努められたいこと。」との通達を発しました。
 これにより、医療機関においてもBCPの策定が努力義務となりました。なお、災害拠点病院については平成30年度末で義務化されています。

 つまり、従来の防災対策に加え、早期復旧のための対策を含めた考え方がBCPであり、「防災マニュアル」はBCPの一部に位置付けられます。

医療機関のBCP対策の範囲

出典:厚生労働省HP:医療施設の災害対応のための事業継続計画(BCP)「BCP策定研修事業研修資料」

(2) BCP策定の流れ

①基本方針を立てる

 基本方針は、職員が、緊急事態に対応する際の判断基準となるものです。できるだけわかりやすい言葉で、箇条書きなどで簡潔に表現します。

②想定する

 まずは地域防災計画などから、地域や自院が最も被害を受ける災害を特定します。被害規模などを設定して、事業継続にどのような影響を及ぼすか、現場の職員を交えて意見を出し合い、現場の潜在リスクまで掘り起こします。
 さらに、地域防災計画などを元に設定した地域のライフライン等の停止日数をもとに、自院の現状の設備や備蓄、公共交通機関が止まっても出勤可能な職員数などにより、被災による自院の機能停止期間をまとめます。

③計画する

 地域から求められる役割などから最低限行うべき診療業務や目標復旧時間を設定し、いつから、どのような行動、何の業務を、どの程度のレベルで実施するかなど、機能停止の状態から最低限行うべき診療業務を開始し、通常の診療体制が復旧するまでの段階的な行動計画を作ります。
 ②で想定した自院の機能停止期間と、目標復旧時間とのギャップを分析し、計画を進める上でのボトルネックを抽出します。

<災害時における病院の役割分担(東京都)>

種 別 役 割
災害拠点病院 主に重症者の収容・治療を行う都が指定する病院
災害拠点連携病院 主に中等症者又は容態の安定した重症者の収容・治療を行う都が指定する病院
災害医療支援病院 主に専門医療、慢性疾患への対応、区市町村地域防災計画に定める医療救護活動を行う病院(災害拠点病院及び災害拠点連携病院を除く全ての病院)
専門的医療を行う診療所 原則として、診療を継続する診療所(救急告示医療機関、透析医療機関、産科及び有床診療所)
診療所 区市町村地域防災計画に定める医療救護活動又は診療を継続する診療所等(上記以外の診療所、歯科診療所及び薬局)
歯科診療所

出典:東京都保健医療局「医療機関の事業継続計画(BCP)策定ガイドライン(令和2年度版)」

④対策する

 ③で明らかになったボトルネックに対し、事前対策・代替策等を平常時に準備・実施します。また、有事を念頭に職員への教育・訓練を実施します。
 まずは、目標復旧時間内に優先業務を復旧するために必要な経営資源を洗い出します。

医療機関の最も重要な資源です。いざというときの連絡手段を確保し、自院の近隣に居住する職員を把握します。
建物・施設への対策は、2(1)で紹介しています。
医薬品・消耗品等への対策は、一定の備蓄を行う、地域の備蓄体制を把握しておくなどが必要です。また、ライフラインの断絶に備え、発電機などの準備の検討も必要です。
資金 盗難リスクを念頭に置いて、必要最小限の額を分散管理しておきます。
情報 ・患者情報などの保全:紙カルテで運用している場合は、地震による損傷や火災、水害による水没などが想定されるのであれば、レセコンを活用した一部電子化や、電子カルテへの移行を検討します。
・災害状況や国や自治体の施策を収集するツールの確保:発災直後から復旧まで、正確な情報の収集は必須です。PCやスマホだけではなく、電池式のラジオも備えておきましょう。

<TKC医業会計データベース(MX2クラウド)>
 医療法人、個人病院・診療所向けの「TKC医業会計データベース(MX2クラウド)」は、最高度のセキュリティ体制を備えたTKCのデータセンター(TISC)を利用して提供しています。
 TISCでは、地震や雷等の災害やそれに伴う停電のほか、コンピュータウイルス、情報漏えいなど、情報システムに対するさまざまなリスクに対して最高度の情報セキュリティ体制を備え、24時間365日有人による常駐監視等を実施し、厳格な管理基準に則って、大切なデータをお預かりしています。
http://tkc.jp/cc/system/mx/

(3) BCMの実践

 BCPを策定するだけで終わりではありません。策定したBCPをいざというときに機能させるためには、BCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)の実践が重要です。BCMとは、自然災害などが起きたときに被害を最小に抑え、事業活動を継続するための包括的なマネジメントプロセスをいい、その一環として策定される計画がBCPなのです。

<BCMのプロセス>

BCMのプロセス

出典:内閣府「事業継続ガイドライン(令和5年3月)」を元に作成

4.医療・福祉分野のBCP策定状況

 災害拠点病院は、BCPの策定がすでに義務化されています。それ以外の医療機関は努力義務となっていますが、令和6年(2024年)4月にはすべての介護施設でBCPの策定が義務化されており、今後、医療機関においても義務化の範囲が広げられていく可能性もあります。
 内閣府による調査では、医療・福祉の分野でBCPを策定済みであると回答したのは41.3%、策定中であるが36.1%でした。また、BCPの対象とする災害の種類については、2~3種類が71.9%で最も多く、4種類以上は28.1%、1種類は0%で、具体的な対象災害は、地震100%、感染症91.8%、洪水(津波以外)69.9%、津波45.3%などとなっています(内閣府「令和5年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」令和6年3月)。
 BCPの対象とする災害は自然災害だけではありません。令和元年(2019年)に発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、日本でも翌年4月には緊急事態宣言が発令されました。医療機関においては、罹患する職員も出るなかで、最前線で対応する役割が求められました。さらには、大規模な火災や事故、国内外のテロ・紛争なども含めると、想定される災害は数多くあり、地域や立地、標榜科など個々の医療機関の事情によって対策も異なります。厚生労働省や各自治体などが提供する、手引きやチェックリスト、ひな形などを元に、自院に合った実効性のあるBCPを策定することが重要です。

参考

厚生労働省HP:医療施設の災害対応のための事業継続計画(BCP)「BCP策定研修事業研修資料」
東京都保健医療局HP:医療機関における事業継続計画(BCP)の策定について
社団法人日本経済団体連合会「企業の地震対策の手引き」2003年
TKC出版「Q&A 必ず知っておきたい 病医院の防災対策のポイント」2012年

株式会社TKC出版

記事提供

株式会社TKC出版

 1万名超の税理士および公認会計士が組織するわが国最大級の職業会計人集団であるTKC全国会と、そこに加盟するTKC会員事務所をシステム開発や導入支援で支える株式会社TKC等によるTKCグループの出版社です。
 税理士の4大業務(税務・会計・保証・経営助言)の完遂を支援するため、月刊誌や映像、デジタル・コンテンツ等を制作・提供しています。